著者:森先一 貴、近江 俊秀
出版社:朝日新聞出版
刊行年月日:2019年4月25日
定価:1,600円(税別)
自然環境と制度が重なって形づくられる、足元の歴史
日本のなかの方言や文化がこうも違うのはなぜだろうと思うことがある。「地域性の違いはどのように生まれたのか」という疑問だ。日本の歴史を理解したうえで、民俗学の本を読めばその理由がわかるかもしれない。そんなことを思いながら、まずは歴史の本を選ぼうとすると、教科書や漫画、小説や陰謀論、ネットで話題の刺激的な歴史観の本が目に飛び込んでくる。さて、どれを読めば答えにたどり着けるのか。そんな迷いのなか、歴史と地域性の両方を視野に入れた本書に出会った。総合科学の側面を持つ、現在の考古学の視点から記された日本史である。
文化庁の文化財調査官で先史考古学と日本古代交通史の専門家であるふたりの著者は、地域と地域を隔てる「境界」に着目し、どのように地域性が生まれたのかを通して日本列島の歴史を記述する。対象とする時代は、主に旧石器時代から鎌倉時代の始め頃までだ。彼らは、自然環境の制約を受けたものを「越え難き境界」と呼び、土地所有の概念が重なり制度化されていったものを「越えるべからざる境界」と呼ぶ。
まずは、アフリカから世界各地へと生息域を広げたホモ・サピエンスまで遡る。その一群が日本列島へ到来したのは約3万8000年前。そして約3万年前、現在の鹿児島湾付近にあった姶良(あいら)火山の巨大噴火が起こる。この影響で広範囲に動植物相が激変し、狩猟採集生活を送っていた人々は各地に定着し生活を営むようになる。各地の集団を隔てるのは、山、川、海などの自然環境だ。時折互いに交流していただろう各地の集団は、その地域性にあわせて必要な技術の特性を持つようになる。著者は、旧石器時代から縄文時代にかけての地域性を、年代と石刃(せきじん)・石器・土器の技術による層にして重ね合わせ、「越え難き境界」を描く。それは驚くほど現在の都道府県境に近い。現代にもつながる地域性が旧石器時代から形づくられた可能性があるのだ。
弥生時代には稲作が導入されるが、稲作の広がりと特定の縄文土器の分布等を重ねると、稲作を積極的に導入した西日本と、当初導入を拒んだ形跡のある東日本との境界があらわれる。それは現代にも通じる東西の見えざる壁につながるという。稲作には栽培に適した土地と安定した水の確保が必要となるため土地所有の概念が強くなる。そして、集団間で土地や水をめぐる争いが起きれば、最終的な解決は暴力に委ねられる。争いを重ねるうちに集団が統合され、「越えるべからざる境界」があらわれる。「越え難き境界」が制度的にも「越えるべからざる境界」となる過程に、律令国家の成り立ちが重なる。ここからは、『古事記』『日本書紀』『先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)』をはじめとする史料にもとづいて、各地の領域や交通網からの考察がなされる。
日本の文化の成り立ちについては明治以来、当時の民俗学の成果も取り入れながら、大陸からの伝播説や、さまざまな説が展開された。しかし、これらの説では、近年の大規模な土地開発に伴って発掘調査され、膨大に蓄積されてきた考古資料を説明できないという。対する本書では、豊富な考古資料をもとに、自然科学である人類学や環境学などの成果も取り入れながら論が進められていく。どこかで覚えてそのままの知識やイメージを本書で一度刷新し、足元の歴史を見つめ直してみてほしい。
関連図書
- 『日本人はどこから来たのか?(文庫版)』海部 陽介(文藝春秋 2019年)
約3万8000年前に日本列島へたどり着いた人類。日本人の祖先たちは、対馬、沖縄、北海道の3ルートから別々に列島に足を踏み入れたと考えられている。著者は3ルートのうち台湾から与那国島へ渡る航海を再現し、謎の解明に挑む。この壮大なプロジェクトは2019年7月に航海を成功させた。
- 『道が語る日本古代史』近江 俊秀(朝日新聞出版 2012年)
日本最古の幹線道路網「駅路」。その総延長は北海道をのぞく現代の高速道路にほぼ匹敵すると言われる。古代国家の体制変化と道路のあり方を、文献資料、発掘調査の成果から読み解き、時代の転換期に大きく変化する道路の姿を描く。第1回古代歴史文化賞なら賞受賞。
岩野 知子(CoSTEP15期本科ライティング・編集実習)