実践+発信

文系と理系はなぜ分かれたのか

2019.12.7

著者:隠岐 さやか
出版社:講談社
刊行年月日:2018/08/26
定価:1058円(税込)


「文系と理系はなぜ分かれたのか」

この題名が目に留まった人の多くは、文理選択を経験したことがあるのではないでしょうか。高校時代、獣医になりたかった私は理系を選択しましたが、理系科目が苦手なのに理系に行くと苦労すると言われて当時は非常に悩んだ記憶があります。文系科目と理系科目、その違いは肌で感じているものの、実際にどう違うのかと問われると答えるのは難しいものです。文系と理系の差とは何なのか?一体何故このような区分が生まれたのか?本書では、歴史的な背景からこの問いの答えを探っていきます。

第一章で紹介されているのは、西洋における学問の方向性の二分化の歴史です。十六~十八世紀、西洋では学問が政治や宗教から自律し、純粋に真理を追究するものへと向かう流れが起こりました。それに伴って、諸分野は人間の主観を離れてありのまま自然を捉えようとする方向性と、人間を中心に世界について考える方向性とに分かれていったのです。

西洋の歴史から、学問分野の二分化は自然に生ずるものであることと、これらの全く異なる方向性の融合は難しく、各分野を二分する違いは完全には消えないであろうことが示唆されています。また、学問分野の枠組みは不変のものではなく、時代に応じて変化していたことも歴史的変遷からわかります。

二~四章は、日本の大学の歴史や、日本における産業界と大学の関わりなど多くの人にとって身近で理解しやすい話題になります。

本書にも述べられていますが、文系廃止論を唱える政治家が現れるなど、日本では文系が学問的に軽視される傾向にあります。これは日本の大学の成り立ちに原因があるということを、西洋の学問の歴史と日本の大学の歴史との比較によって理解できます。学問の追求を目的として作られた西洋の近代的な大学と違い、日本の大学の目的は法と工学の実務家育成でした。そもそもの目的が国家のためだったので実学が重視されていたことに加え、人文科学系は政治権力にとって不利になりかねない内容も扱っており、風当たりが強くなりやすかったのです。多くの人が歴史的な背景を知らないままに、その構造だけが現在も残り続け、文系と理系の間の溝をより深めているのが現在の日本です。しかし、これが文系と理系の正しい在り方なのでしょうか。

理系と文系の区分を無くそうという声もありますが、学問分野が分かれていくのは本質的に避けられません。各分野の求める方向が違うからです。文系と理系という区分は消えるかもしれませんが、また次の枠組みが生まれます。そして、この枠組みがこの先完全に融合することはおそらく無いと著者は述べています。そうした中で私たちは、お互いの違いにどう折り合いをつけていくべきなのかを考えていかなくてはなりません。

最終章で著者は「うまくいっている学際研究では、全く違う性質の専門分野を持つ人が集まり、それぞれの強みを活かしている」と述べています。この先の時代に必要なのは、分野の廃止でも無理な融合でもなく、両者の強みを如何にして活かすかということです。

その一例としてトランス・サイエンスの問題が挙げられます。トランス・サイエンス問題とは「一見科学的だが科学だけでは解決できない問題」のことです。科学技術を扱うリスクについて考えるとき、専門家は科学的な視点に基づいて定量的な評価を行いますが、市民は政治的・社会的文脈に結び付いた、より広い視点で評価します。こうした違いから、科学技術に関する意思決定を専門家だけで下すことには問題があることが示唆されています。そして、そうした問題に答えるのが人文科学です。人文科学には科学技術の外側から科学技術の限界を見極め、政治的・社会的文脈における科学技術の意味を明らかにするという役割を果たすことが期待されます。このような自然科学と人文科学の協働は、科学技術の発展に伴い、今後多くの場面で必要とされることになるでしょう。

科学の対象と扱う情報は現在進行形で複雑化しています。遺伝的多様性を失った種が環境の変化に弱いのと同様に、学問も多様性を失えば状況の大きな変化に対応できなくなるかもしれません。未来に何が起こるのか、将来的に何が活きてくるのかはわからないのですから、できる限り多くの可能性を残しておいたほうがいいでしょう。多様性を保ち、個性を認め合って各分野が協働することが、日本の学問、延いては社会全体を一歩前進させ、未知なる未来の世界で戦う力になるのだと、私はこの本を通して感じさせられました。

参考文献:

1) 小林傳司「トランス・サイエンスの時代 科学技術と社会をつなぐ」 NTT出版(2007)
2) 北海道大学  科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)編著「はじめよう!科学コミュニケーション」ナカニシヤ出版(2007)


関連図書

  • 『トランス・サイエンスの時代 科学技術と社会をつなぐ』小林 傳司(NTT出版 2007)

一見科学的だが科学では解決できない問題である「トランス・サイエンス」が顕在化している時代において、人文科学系の研究者が果たす大きな役割とは?一人の市民として私たちは科学技術とどう向き合うべきなのか?それらの問いに示唆を与えてくれる一冊です。

  • 『はじめよう!科学コミュニケーション』北海道大学 科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)編著(ナカニシヤ出版 2007)

本書では、科学技術が大きな発展を遂げている現代社会において、リスクをどう評価していくのかを、専門家と一般市民との科学技術に関するリスクの捉え方から議論していきます。これからの時代、私たちは科学技術に関する意思決定をどのような形で行っていくべきか、そのために何ができるのかを考えさせられます。

  • 『科学技術政策 日本史リブレット』鈴木 淳 (山川出版社 2010)

江戸時代から現代まで、科学技術に対して政府がどのような姿勢で取り組んできたのかがわかる本となっています。現在の日本における「学問的には軽視されながらも行政では高い地位に就き、理系を動かす文系」と「学問的にも政策的にも重要とされながら、行政においてはなかなか高い地位に就けない理系」という歪な対立構造がなぜ生じたのか、この本を読めばきっと理解できるはずです。


張替 若菜(CoSTEP15期本科ライティング・編集実習)