JJSCでは外部のご意見を頂き、編集方針等を改善していくため、アドバイザー制度を設けています。第27号に掲載の論考についてアドバイザーから、コメントをいただきました。公開の許可を頂いたコメントについて公開いたします。
加納 圭 滋賀大学 教育学部 教授
1. 緊急小特集へのさらなる投稿の期待
本号では「新型コロナウイルス感染症の世界的大流行と科学技術コミュニケーション」の緊急小特集が組まれたことが何よりも大きなトピックだろう。川本による序文ではPCR検査、オーバーシュート、戦争メタファー、エビデンス、情報の拡散と変化、越境する専門性、信頼・責任・発信、トリアージ、ポストコロナなどがそのテーマとして例示され、ノート(査読有)が募集された。その結果、4報が迅速に出版された。 一つのテーマだけに絞りきれるわけではないが、あえて各ノートの主テーマをあげるとしたら、『「新型コロナウイルスを考える」を考える(内村直之)』は「情報の拡散と変化」、『システム思考による新型コロナウイルス感染症対策の可視化:政府・専門家会議が検査を増やすことができなかった「理由」(調麻佐志、鳥谷真佐子、小泉周)』は「越境する専門性」、『見えざる王冠 ~ノルウェーにおける新型コロナウイルスをめぐるパブリック・コミュニケーション~(吉澤剛)』は「信頼・責任・発信」、『新型コロナウイルス感染症抑制のために個人の行動を追跡することの是非 ~コンタクト・トレーシングアプリの社会実装に関する対話の場のための覚書~(種村剛)』は「ポストコロナ」となるだろうか。 川本によって例示されていたテーマの全てがカバーされているわけではなく、より多くの論考の投稿が期待されるだろう。
2. 緊急小特集の位置づけと論文特集への期待
緊急小特集では、規定通りノートにも査読がなされたようである。しかしながら、受付から受理までの期間が極端に短かったノートもあり、査読が十分になされたのかについて疑問が残る結果となった。前号でのアドバイザーからの指摘にもあったように、ノートの査読に関してはその必要性があるのかについて見直しても良いだろう。 また、本号でも「論文」が掲載されていない。緊急小特集のノートをブラッシュアップした「論文」の投稿を促すなど、「新型コロナウイルス感染症の世界的大流行と科学技術コミュニケーション」に関する「論文特集」を組んでも良いのではないかと思う。
(2020/9/2)
竹田宜人 北海道大学 大学院工学研究院 客員教授
1)掲載原稿の内容について
本誌は、「緊急小特集:新型コロナウィルス感染症の世界的大流行と科学技術コミュニケーション」として、コロナ禍の2020年4~8月に発行されました。初めての取組みでもありますので、緊急小特集を中心にコメントします。 新型コロナウィルスを原因とする感染症は、我が国がその対策として社会活動の制限に至った初めてのケースであり、様々な学会が情報発信に取り組んでいます。この感染症は、ワクチンや特効薬もなく、ウイルス本体や疾病の学術的な解明と対策を同時に行う必要があった点で、突如発生して社会に大きなインパクトを与えるエマージングリスクと言えるでしょう。川本は「感染症の世界的流行は,単にウィルスによってヒトの身体にひきおこされる自然現象としてだけではなく,政治・経済・文化・安全保障等,人間社会全体に影響を及ぼす社会的な現象として捉えなければならない.まさに科学技術コミュニケーションが扱うべき問題である」と述べ、本誌が緊急に扱うべきテーマとして位置付けたことは評価できます。この小特集により、エマージングリスクを科学技術コミュニケーションでどのように扱うべきか、新たな問題提起が為されたと考えています。 新規感染症対策は、新たな知見の発見と対策への応用において緊急事態としての迅速性が求められるため、社会で流通する科学的に正しいとされる情報と適切とされる対応は急速に書き換わっていきます。(例えば、マスクに関する議論)情報の正確性よりも提供の即時性や迅速性に価値を持つマスメディアやSNSはこのような変化への対応は可能ですが、学術的に明確な根拠や論理性が求められ、その担保のための査読システムを持つ学術誌に同じ機能を期待することは難しく、異なった役割があると考えます。 川本が「COVID-19 は様々な科学技術コミュニケーションの課題や疑問を我々に突きつけている.ここで,その一部をキーワードで列挙してみよう。~起きている実際は異なるかもしれない。まさに本誌が求めるのはそういった事を記録,共有し,科学技術コミュニケーションの観点で明らかにしていこうとするきっかけをつくる論考である.」としているのが、現段階での回答と言えるかもしれません。 さらに、科学技術コミュニケーションのあり方について、それぞれの著者が違った視点で述べていることにも興味深いところがあります。内村は「科学技術コミュニケーションというのは、サイエンスとポリティクスの間の会話、相互理解も促す役割、いや義務を持っていると考えるべきである」とし、種村は「コンタクト・トレーシングアプリの社会実装を,その導入に先立って検討することは科学技術コミュニケーションの役割である。~そして、これらについて議論する際に、科学技術コミュニケーターは、生活者の立場を代弁することが求められる」と述べています。前者は、科学と政治、後者は科学と生活者の関係に着目していると解釈できますが、政治とは中立性、生活者とは寄り添う姿勢を科学技術コミュニケーターに求めています。政府のワーキンググループに所属していた研究者がSNSを用いて、積極的に情報発信を行いましたが、リスク評価者とリスク管理者は独立すべきか否か、国民への説明の主体はだれか等について、改めて議論がなされていることは記憶に新しいところと思います。科学技術コミュニケーションには様々なステークホルダーが係わり、多様な立場や生活の背景に基づく価値観のもと対話が為されます。社会的な課題を取り扱う場合、リスク情報の提供とはだれがどのような目的ですべきなのか、多様性を踏まえる重要性に改めて気づきました。 エマージングリスクを科学技術コミュニケーションとして、あるいは、それを論ずる学術誌としてどう扱うべきか、本誌でもテスト的な試行としているように、ある時点でこの取り組みを振り返る必要があると思いますが、本誌の迅速な対応は高く評価したいと思います。小特集における投稿の本誌における取り扱いを、ノートとしたことについては、2節で述べたいと思います。
2)掲載原稿のカテゴリー(論文、報告、ノート)について
投稿規程によれば、ノートとは「科学技術コミュニケーションに関する実践事例や考察について,その内容を述べたものを言う。相対性や新規性よりも、様々な実践事例や考察を、社会情勢の変化に目を配りつつ、速やかに記録・公開することを重視する.「ノート」は学術的な背景を持たない投稿者にも広く投稿を呼び掛けるために設けた、エッセイや記事といった性格をもつ原稿種類である」と定義づけされています。吉澤の報告は、ノルウェー政府の新型コロナウィルスへの対応を纏めたもので、筆者が当国に滞在中であることからも記録、公開的な性格を持ちます。内村の報告は、マスメディアにおいて一般向けの記事をどう作るかを記者の視点から記述したもので、記事の読み解き方の参考となる内容でした。種村の報告は、著者の考察に基づく問題提起を世に問うたものであり、それぞれノートの目的に沿って書かれていると思います。また、調らの報告は、システム思考の技法(因果ループ図)を使って新型コロナウィルス感染症に関係する状況を可視化し,政治問題ともなっているCPR検査数について、その原因を論じたもので、論文としても評価できるものと考えています。今後、政府等の記録の公開などを踏まえ、再評価を行うことも重要ではないでしょうか。以上のことから、小特集の原稿をノートとして募集を行ったのは適切ではないかと考ます。
3)掲載原稿の著者について(分布等)
今回は、本誌の性格上、エポックメイキングである小特集を中心にコメントをさせて戴きました。それ以外の報告やノートについては、林の「BSL-4 実験室を巡るコミュニケーション : 日本における国立感染症研究所の事例」について、コメント致します。 東村山市に所在する、国立感染症研究所のBSL-4施設に関する、地域住民と当該研究所の対話について、議事録やインタビューにより整理し、課題を明らかにした内容です。当方の専門分野でもあり、興味深く拝読しました。結論として、決定過程の公共性や熟議の充実ではなくむしろそれらの欠如によって科学技術研究が可能になり推進されていることへの疑問を呈していることは、廃棄物処理施設や原子力関連施設の立地など、繰り返し指摘されていることで、行政や研究者側の意識改革が求められる課題でもあります。その中で、協議会のあり方について、その活動が一般住民の意識と分離していくことに課題があることに着目されたことは、地域対話が公開型ではなく、地域の代表者による組織との対話に偏りがちな現状への警鐘とも言え、その点で、本稿は論文としての価値があるものと考えます。
(2020/9/8)
2020年9月14日