実践+発信

119サイエンスカフェ札幌「心って何だろう?ヒヨコ行動から考える〜」を開催しました

2021.10.27

2021年9月25日、動物行動学者の松島俊也さん(北海道大学大学院 理学研究院教授)をお招きし、第119回サイエンス・カフェ札幌「心って何だろう? ~ヒヨコの行動から考える~」をZoomウェビナーで開催しました。松島さんは、「心とは何か?」という問いに対して、動物行動学という学問から解き明かそうとしています。今回のカフェでは、コーヒーを片手にゆったりとした雰囲気の中で、135名の参加者と心について考えました。本記事では当日の内容について簡単にご報告します。

波田和人(2021年度 本科/学生)

(当日のサイエンスカフェの内容はこちらからご覧になれます)

動物に心はある?

「動物に心ってあるのかな~?」とある喫茶店で、マスターとバイトが話しています。産卵の時に涙を流すウミガメは、子を思う切ない気持ちになっているのでしょうか。カフェのお客さんにアンケートをとってみたところ、「動物に心はある」と思う人は94%もいました。具体的には「犬と暮らしていて、心があると感じる」「植物にもあるのではないか」といった意見が寄せられました。動物行動学者の松島さんはどのように考えているのでしょうか。

((下)松島俊也(まつしま としや)さん。北海道大学 大学院理学研究院 教授。東京都生まれ。東京大学卒業後、ブレーメン大学(ドイツ)、カロリンスカ医科大学(スウェーデン)、上智大学、名古屋大学を経て、2007年から現職。鳥、特にヒヨコを主な対象として、認知脳科学と行動生態学の2つの分野を結びつける研究をしている。好きなことは電子工作、数学、そして空手。聞き手はCoSTEP受講生の逢坂はるの(右)と波田和人(左)が務めた。)
「心」を「科学」で捉えるには

「心」とは「科学」で取り扱うには厄介なモノです。それは心臓にある、と考える人もいれば、脳にあると考える人もいます。どちらにせよ、誰もが心は存在すると考えているのに、心自体は手に取ることも、目で見ることもできないのです。松島さんは、このあやふやな「心」を解き明かすために、生態学と進化学という2つの科学を使うことにしました。動物の目から何が見えているのか、動物の行動原理は何かという観点から、「動物の心」を科学できると考えたのです。

可愛いだけじゃない、ヒヨコの現実

ヒヨコ、と聞くと小さくてフワフワしていて可愛い、というイメージを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、動物行動学者の目には、まったく違う面が見えています。それは、とても過酷な環境を生き抜かなければならない生物だということです。多くのヒヨコは、羽毛が生えそろうまでの短い間に死んでしまいます。捕食者、餓死、寄生虫といった様々な脅威にさらされているからです。そのため、ヒヨコは一刻も早く成長し、この危険な幼少期から逃げ出していかなければならないのです。

((図)ヒヨコの生存曲線。ヒトは寿命を迎えて死ぬまで生き残る割合が多いが、ヒヨコの場合は生まれてすぐに死んでしまう割合が多い。そのため一刻も早く成長しなければならない。)
ヒヨコの選択 ~本能的、されど合理的~

より早く成長するために、ヒヨコは効率よく餌を食べなければなりません。松島さんは、ヒヨコが餌を食べる効率を調べる実験を行いました。まず、餌の自動販売機のような装置を作りました。この自動販売機ではボタンの色によって、出てくる餌の量と、餌が出てくるまでの時間が変わります。赤色のボタンでは6粒の餌がすぐに、黄色のボタンでは1粒の餌がすぐに、緑色のボタンでは6粒の餌が約2.5秒遅れて出てきます。この自動販売機を使って、ヒヨコがどの餌を選ぶのか調べると、ヒヨコの本能に隠された秘密が見えてきました。

(二者択一実験の様子。ビーズの色と餌の量、餌が出てくるまでの時間を記憶させた後、2つのビーズを見せ、どちらのビーズを選ぶか調べる。)

ヒヨコは、赤(すぐに6粒)と黄(すぐに1粒)の二択では赤を選び、赤(すぐに6粒)と緑(遅れて6粒)の二択でも赤を選びました。ヒヨコは自動販売機の仕組みを理解し、効率よく餌を手に入れることができています。しかし、緑(遅れて6粒)と黄(すぐに1粒)の二択では黄を選択してしまいました。ヒヨコは遅れて出てくる大きな餌を待つことができず、すぐに得られる少ない餌に飛びついてしまったのです。

しかし、一見本能的で理性的でないように見えるこの行動が、実はとても合理的であるということが、計算分析によって分かったのです。ヒヨコが餌を食べる時には、餌を見つけて食べるのにかかる時間や体力といった「コスト」と、餌によって得られる「利益」が生じます。この「コスト」に対する「利益」のことを「利潤率」といいます。利潤率を計算し、餌の条件と比較してグラフにすると、驚くべきことが分かりました。実験でヒヨコが示した行動が、このグラフと一致していたのです。つまりヒヨコは「本能的」に利潤率を計算し、最も「合理的」な選択をしていたということです。

((右)計算によって示された利潤率と、餌の条件を比較したグラフ。大きい餌であっても、餌が出てくるまでの時間が2秒を超えると、すぐに出てくる小さい餌を選択するようになる。(左)ヒヨコの実験によって得られたグラフ。右の計算によって得られたグラフと一致する。)

ヒヨコは本能によって、私たちの予想を超える合理的な選択をしています。15,000円と5,000円、2つの報酬があるとき、あなたならどちらを選びますか?私たち人間は誰もが15,000円を選ぶ一方で、ヒヨコは3回に1回5,000円を選びます。実は、この背景にはヒヨコの社会性が隠れています。つまり、15,000円を選ぶのは自分だけではないということです。4匹のヒヨコがいるとき、全員が15,000円を選んでしまうと、取り分は3,750円に減ってしまいます。3匹が15,000円を選び、1匹が5,000円を選ぶことで全員が5,000円を手に入れることができるのです。ヒヨコの本能には、ヒヨコが集団の中で効率的に餌を得るための選択が刻まれていたのです。

(3回に1回は5,000円の報酬を選択するヒヨコ。実は社会の中で効率よく生き抜くための選択であり、本能的かつ合理的な選択をしている。)
社会の中で苦労するヒヨコ

5,000円を選ぶ本能からも分かるように、ヒヨコは社会の中で暮らしています。集団でいることで捕食されるリスクは減る一方、餌を奪い合わなくてはなりません。松島さんはこの奪い合いに着目し、ヒヨコの社会性を調べる実験を行いました。自動販売機の実験に、競争の条件を加えたのです。
先ほどの実験はすべて一匹だけの環境で行っていましたが、今度は自動販売機の仕組みを覚えるトレーニングを3匹で行いました。すると、集団でトレーニングしたヒヨコは、一匹だけでトレーニングしたヒヨコよりも遅くて大きい餌を選ぶ割合が減り、衝動性が増しました。

(ビーズの色と餌の条件を覚えさせるトレーニングで、3匹のヒヨコを一緒にトレーニングした。二者択一の実験時は1匹だけで実験しているにも関わらず、集団トレーニングをしたヒヨコの方が、個別でトレーニングをしたヒヨコよりも衝動性が増した。)

次に、2匹のヒヨコを間が区切られた実験装置の中に入れ、その様子を観察しました。ヒヨコの間を白い紙で区切り、互いに見えない状態にすると、2匹のヒヨコは餌を探してバラバラに歩いていました。ここで、ヒヨコの間を白い紙ではなく透明なアクリル板で区切り、互いに見えるようにすると、2匹のヒヨコは互いに追いかけ合いながら同調し、走り回る様子が観察されました。

((上)装置の端に餌箱があり、ランダムに餌が与えられる。ヒヨコは餌を得るために装置の中を往来しなければならない。この時、2匹のヒヨコと餌箱はアクリル板で仕切られており、相手の餌を奪うことはできない。相手が見えるだけという状況にも関わらず、2匹のヒヨコは互いに同調し、装置の中を走り回った。
(下)上の装置のアクリル板を白い紙に変えた。互いに見えなくなったヒヨコは、バラバラに行動し、ゆっくりと歩き回った。)

これらの実験から分かることは、ヒヨコは社会の中でより衝動性が高まっているということです。ヒヨコの社会には「生産者」と「略奪者」という2つの生き方があります。「生産者」は餌を見つけ、「略奪者」はその餌を奪います。ヒヨコの衝動性はこの2つの生き方に大きく関係しています。「奪われる前に食え!」「食われる前に奪え!」という生き方が同時に発生し、まるで人間社会の軍拡競争のように、ヒヨコ社会はますます衝動的になっていくのです。

ヒヨコとヒト、その共通点とは

食べるべき餌の選択、捕食者の存在、ライバルとの競争という様々な条件の中で、ヒヨコは生きています。ヒヨコは厳しい現実を生き抜くために、限られた範囲の過去/未来しか気にすることができません。これは我々ヒトにも共通することかもしれません。生きる条件に多少の差はあれど、私たちも社会の中で日々苦労しているからです。だからこそ、私たちはヒヨコに同じ心を感じることができるのです。

松島さんのお話を聞いて

今回のカフェでは、グラフィックレコーディングによる記録を行いました。絵と文字で記録し、Zoom画面に共有することで、いつでも簡単に振り返ることができました。

(今回のグラフィックレコーディング。制作者はCoSTEP受講生の阿部悠)

今回のお話を通して、心について深く考えるとともに、科学の面白さについて改めて認識するきっかけとなりました。参加者の皆さんからもたくさんの質問やコメントをいただき、活発な対話の場を提供することができたと感じています。

最後に松島さんは「動物の心」について、「虹」のようなものだと仰っていました。雨と太陽、観測者、どれが欠けても虹は見えなくなってしまうように、ヒヨコ、そのライバル、餌を得る苦労、どれが欠けても心は見えなくなってしまいます。近づいても離れてしまう「心」をひたすらに追いかける、松島さんの科学者としての姿勢がとても印象的なカフェでした。

松島さん、当日ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!

(当日の司会進行はCoSTEP受講生の水上千春、テクニカルアシスタントは千葉泰史が務めた)

対話の場の創造実習:阿部悠、逢坂はるの、千葉泰史、波田和人、水上千春

当日答えられなかった質問について、松島さんに答えていただきました。

Q1 心の定義について改めて教えてください。生体反応の対極と捉えていいのでしょうか。

同じ刺激があっても、どのような状況で受け取ったか、に応じて反応は違ったものになりますよね。その意味では、対極にある、と言っても良いのかもしれません。
伸展反射という現象があります。膝の下を軽くたたくと足がぴくっと飛び上がるという反射です。膝蓋腱反射とも言います。これは刺激(を与える位置と大きさ)が同じならば、同じような大きさの反射が起こります。刺激が反応を決定しているわけです。
ところが、動物のほとんどの行動は反射とはちがいます。そのような意味で、「心」の働きを反射とは対極にあるものと考えるのは、一つ正しい方向だと思います。

 

Q2 別のヒヨコがいると行動が変わるのは大変興味深かったです。餌場を共有するヒヨコの体格や年齢が異なると、行動にも差が出てくるのでしょうか?(人間でいうと、一人っ子か?双子や年の離れた兄弟と共に育ったか?という部分にも対応するかと考えました)

ヒヨコではしっかりと調べていないので、きちんとお答えできないのです。しかし行動には差が出てくると想像できます。同じような行動が適応的だったり、そうでなかったりすれば、それは進化の選択圧を受けて選ばれていくことでしょう。
似通った遺伝的な背景を持ったきょうだい、さらには一卵性双生児を対象にした行動研究、心理学研究はたくさんあります。これらの研究結果は、行動が遺伝性をもち、遺伝子に支配されている部分があることを示しています。同時に、違いもたくさん見つかります。このことはまた、遺伝ではなく、発生・発達の過程で作りこまれていく部分があることを意味しています。後生(エピジェネシス)といいます。
遺伝(氏)と後生(育ち)はまた、複雑に絡み合っていて単純ではありません。同じDNA分子が、受精卵から発生が進むにつれて、違うパターンでメッセンジャーRNAを作り出すようになる、いわゆるエピジェネシスは現在の生物学の大きく大事な課題です。生体に加わった様々な信号がホルモンや神経伝達物質の形を取って細胞に作用し、細胞が発現する遺伝子の組を替えていくことです。行動科学でも同様の課題です。

 

Q3 ひよこの競争は生き残るために必要なこと、生存本能のように感じられますが、心と生存本能は同じもの、もしくはどちらかに起因しているものだということでしょうか。

ヒヨコを見ていると、「心」と「生存のための適応」はしっかりと結びついていて、切り離せないと感じることが多いのは事実です。かわいらしい羽毛は、ごく小さな資源で有効な保温効果を実現する装置です。同じようにヒヨコは生存のための装置として「心」を進化させてきた、という考えができるからです。雄鶏は足に蹴爪という武器を発達させますが、これはオス同士の繁殖をめぐる闘争行動の道具として進化したものです。同じように、行動にも生存のために作りこまれた道具としての側面はあるはずだ、と考えています。
ところがそれだけでは掬い上げられない課題があります。「あそび」という行動です。ヒヨコは「遊び」をしませんが、カラスは大変に遊び好きです。見かけ上、何らその個体の生存や繁殖に寄与することのない、無駄に見える行動をカラスは良く致します。私が前に見た例ですが、雪に埋もれた自転車のペダルにカラスが乗っかって遊んでいました。乗っかればペダルがくるりと回ってカラスは落ちます。それを延々と続けているのです。また木の枝を拾っては落とす遊び、電線をつかって体操の鉄棒競技のようにくるくる回る遊びなど、物を使ったひとり遊びがあります。さらに、避雷針のてっぺんを競い合う「お山の大将ごっこ」と呼んでいる社会的遊び(物、自分、他個体の3者がかかわる)など、カラスの遊びは実に多様です。
遊びは一見、生存に結び付きません。これが進化した理由はまだ全く分かっていません。

 

Q4 人間もなんでも競争が好きですが、それは自然の必然なのでしょうか。また、人間社会にもいるように、競争から一歩距離を置くようなヒヨコに、松島さんは出会ったことがありますか?

人間が競争を好む理由は、いくつか想像することは可能です。ヒヨコのように競争が採餌行動に結びついている可能性が一つですが、それだけではないでしょう。アフリカのキリンはオス同士激しい闘争行動をしますが、これは性的に成熟した時に、受胎可能なメスを競って行われる闘争です。

https://www.facebook.com/bbc/videos/4599724710047911

この行動は幼若個体のころから現れますが、成体では相手を殺してしまうほど激しいものになることがあるそうです。このような闘争による負傷や死は適応的ではありませんので、動物は儀式化された闘争を進化させる場合が多くみられます。

https://www.youtube.com/watch?v=BF19aR6mwfI

オスが美しい羽根や歌声・ダンスを通してメスをめぐる闘争を戦っているわけです。この状況に落ち込むと、もはや別の闘争をえらぶことはなく、オスの儀式化された闘争は極相まで進化を遂げて行きます。
人間の場合も、競争を通して異性に選ばれやすい形質をアピールしているのかもしれません。オス同士、またメス同士での戦いです。闘争はコストが大きい行動ですから、それを乗り越えるための「心のてこ」が進化したのかもしれません。「競うことは楽しい」という「てこ」を使って、コストのかかる闘争を起こしやすくしているのかもしれません。

もう一つの質問は個体差に関する物です。個体ごとに体のつくりにばらつきがあるように、行動にもばらつきがあります。これは遺伝的背景の違いがある場合もあるし、ヒヨコであれば親鳥が卵に仕込んでくれる栄養分の量、それが多いか少ないか、を反映している場合もあるでしょう。運が良ければ(母鳥の状態が良ければ)、同じ遺伝子の受精卵がたくさんの卵黄で育つし、運が悪ければ卵黄が小さい。また、母鳥のホルモン状態がそのまま卵の中に反映している場合もあります。母鳥の血中のテストステロン(雄性ホルモン)が高ければ、卵には高いホルモンが移行して、ひな鳥は雄的に振る舞いやすくなる(proactive, 具体的には、新奇物体を怖がらないなど)、と信じられています。
競争から一歩引くヒヨコをはっきりと見たことはありません。ただ、同じように競争にさらしても、強く影響されるヒヨコも要れば弱い場合もありました。この個体差が何を意味するのか、どうして起こるのかも含めて、私はまだ理解していません。

 

Q5 心とは生き延びることを目指すことによって生じている働きと考えていらっしゃるという理解でよいでしょうか?

その側面は大変に大きいと考えています。しかし、上に書いたように、「あそび」のように生存だけでは説明のできない行動もあって、簡単ではないのです。

 

Q6 そこで思ったのですが、このグラフの略奪者を消費者に置き換えれば企業の新製品開発戦略に応用できるのではないでしょうか。

その通りですね。行動生態学とミクロ経済学はかなり近いものだと、私も考えています。人間社会を生態学的にとらえて研究している社会心理学者がおられます。

http://www.tatsuyakameda.com/index.html

また、霊長類の行動生態学から神経経済学へ世界を広げていった研究者もおられます。

https://psychology.sas.upenn.edu/people/michael-l-platt

https://scholar.google.com/citations?user=U9Hu2rcAAAAJ&hl=en

ただし、これは人間をどこまで生態学的に正しく理解できるか、に依存します。まだまだ理解は不完全で、そのためマーケティングにどこまで応用できるか、は慎重であるべきでしょう。

 

Q7 心って本能に近いですか? それとも知性に近いのでしょうか?

本能と知性が対立する両極端にある、とは我々は考えません。知的に見える行動の中に非常に「本能的」な側面もあるし、本能に従って起こる行動の中に「知的」な側面もあります。この二つは入り交ざって動物の行動を作っているので、両極端にあるとは思わないのです。例えば、人間の言語です。赤ん坊の時に聞いて覚えた音から言語を学びます。日本人でもスウェーデン人の過程で育てば、母音が13種類もあるスウェーデン語を聞き分けるようになります。(ちなみに日本語は母音が5つしかありません。)言語のように知的な行動であっても、「言語を学ぶ本能」がその発達を支えているわけです。

 

Q8 自動販売機学習をさせないヒヨコだとアクリル板と紙板の実験はどうなるのでしょうか?

結果は同じです。
ビーズが出現しても、それがエサと結びついていることを学ばなかったヒヨコは、何も行動を起こさないでしょう。ただ、新奇な物体があるとヒヨコは無条件に啄みます。これは生得的な行動ですが、その直後に餌が出れば、すぐに連合の学習が起こります。啄む行動と餌の出現の関係を「理解」していくからです。
他方、アクリル板と紙版の実験では、ヒヨコには何も学習させていません。まず通路があること、左右の端には餌があることを経験すると、それだけでヒヨコは左右の餌箱の間をシャトル運動し始めます。その際、1羽にするか、アクリル板越しに別のヒヨコが現れるか、その時の条件に応じて行動は速やかに(10秒以内に)切り替えてしまいます。

 

Q9 アクリル板を使った実験、非常に興味深かったです。ひよこ以外にも他の生物種(鳥類、哺乳類など)、人間の乳児や幼児では同様の研究は他の研究室などで行われているのでしょうか?また、その場合には各生物種の生存曲線の違いで行動に違いに出るのでしょうか?

ヒヨコは卵から孵ったばかりで、生後の経験を一切持ちません。そのような幼若で未経験な状態の動物でこれらの実験を行いました。早生性というのですが、生まれてすぐに独立して行動する動物なわけです。
これに対し囀る小鳥や人間は、育てるのに大変手間をかけ時間をかけています。親の投資もとても大きく、成長もゆっくりしています。その分、幼若期の生存は確保されているわけです。小鳥については囀り(ソング)学習が広く深く研究されていますが、彼らがさえずりを学ぶ時期は、ニワトリのヒヨコの刷り込みの臨界期よりはるかに遅いものです。ただ、その機構には共通性があるようですが。
さて、乳幼児を用いた採餌行動の研究はありません。ただ、動物らしい動きを感じ取る能力(生物的運動の知覚; perception of biological motion)については面白い研究があります。ニワトリのヒヨコがこの知覚を示すのですが、人間の新生児も同様の刺激に向かって目をうごかすというのです。ただ、人間の場合この知覚は一過的で消えてしまい、5-6才の幼児になるまではっきりとしません。
行動発達をいろいろな種の動物で比較することは、まだ始まったばかりの分野です。楽しい発見があると思います。