実践+発信

上田哲男先生からサイエンスカフェでの質問に回答をいただきました 〜56サイエンスカフェ

2011.3.18

2月26日に行われた第56回サイエンスカフェ札幌では、観客の方より、当日には答えられないほど多くの質問をいただきました。

ゲストの上田哲男先生(北海道大学 電子科学研究所 教授)から、カフェ当日答えられなかった質問に対しての回答をいただきましたので、公開します。

一つ一つの回答に丁寧にこたえてくださった上田哲男先生に感謝致します。

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質問票に対するQ&A

2月26日のサイエンスカフェの後、たくさんの多岐にわたる質問票をいただきました。今になって、お話を聴いて下さった方々の興味の広さ、深さに驚いております。全部にお答えするスペースがありませんが、いくつかの質問にお答えすることで、皆様の粘菌理解がさらに深まれば幸いです。

Q:自己組織化を起こすものは、アリのような小さなものから、大きなものでは雲のもようまであるのに、何故先生は粘菌に魅力を感じ研究対象にしたのですか。

A: 研究方向の決定は、人生の大きな分岐点になります。わたしの場合、自己組織化というものがあり、その中から粘菌を研究対象に選んだというのは、後付けの説明で、研究テーマを選ぶ動機としては正確ではありません。あれやこれやいろいろな偶然が良いように重なり、粘菌研究を進めることになっていったと思います。

わたしは理学部化学科の学生でした。教養部では、夏休み、春休みは担任の加藤先生の研究室に入り浸り、実験をさせてもらっていました。生物学教室の清水研究室にも出入りしアメーバと遊んでいました。それでも、学部で神谷教授の細胞運動の講義を聴いていなければ、7年後に粘菌と出会うこともなかったでしょう。大学院生の時、味覚研究の栗原先生が薬学部にこられなければ、細胞行動の研究はなかったでしょう。そもそも非平衡系での自己組織化という小畠教授の研究の流れがなければ、わたしは生物の世界へ飛び込めなかったでしょう。さらに粘菌が最初の研究で面白い答えをしてくれなければ、とても粘菌研究を続けられなかったでしょう。自分がやったつもりになっていても、意図せぬいろいろな動きも重なり、わたしは粘菌研究に導かれていったのです。それでも若い人たちが、その後も粘菌から、面白い答えを次から次へと引き出してくれなかったら、粘菌研究を続けることはできなかったでしょう。

おかげで粘菌の魅力はどんどん増していきました。研究は、魅力的な何かがあるからするのではなく、何かを魅力的にすることだと思います。わたしは若い頃、「人のやれないことをやれ、人のやらないことをやれ、人よりはやくやれ」と自分と学生さんを激励していました。

Q:粘菌を採取する方法(森林の中で探すには)。きのこや地衣類の菌類と同じか?

A: 思わず20年前を思い出しています。この頃、他大学の一年生に生物学を教えていました。夏休みの宿題は粘菌採集(ちなみに、冬休みの宿題は酵母によるアルコール発酵)でした。粘菌は何を食べているか、どういう生活をしているかを説明したうえで、森の中で落ち葉や朽木があり、湿り気があるところには必ずいる、太鼓判をおします。すると学生たちは、これで単位がとれたと大喜びです。

しばらくすると研究室に枯れ枝を持って、これは粘菌ですか、とやってきます。惜しい、似ているけれど違うね。先生、粘菌だとわかるためには、地衣類や、菌類や他の生物のことも知らないといけないのですね。そうだよ。よくわかったね。知るというのは、そのものだけではなく、他のものとどういう関係にあるかがわかることだね。

自ら学ぶことを知り・体験し、どんどん逞しく育っていきました。現在、カリキュラムのなかで、このように長時間にわたり自分で取り組むことは、できなくなっています。夏休み前に試験を行い、成績を出してしまうからです。

Q:市内で見られる所。太陽光は無意味(必要ない?)特定の植物、あるいは環境との結びつきが深い種はありますか?冬はどうしているんですか。種名と自然での生態について。

赤外線と可視光とでは、粘菌の反応は異なるのか?粘菌の色は、全部黄色ですか?粘菌を使って、抗生物質をつくることはできるか?どのようにして、次世代をつくるのか?

A: さて粘菌は、札幌ではどこらあたりに生息しているでしょう。北大キャンパス内でも、10種類くらい見つけています。低温研へつづく白樺並木は、落ち葉が豊富。雨あがりにアスファルトの上を30〜40cmくらいに広がった粘菌変形体がおりました。円山、手稲山などには確実にいます。倒木、切り株に注目です。たいていは(餌のあるうちにすばやく増えて、後は耐久型の細胞―子実体に変身して、乾燥や低温といったきびしい状況をやり過ごすので)子実体の状態で見つかります。1mm程度の大きさのものが多いですから、慣れるまでちょっと時間がかかるでしょう。粘菌は、お腹が減って、光にあたると、子実体へ移行できるので、明るい所で子実体が見られることになります。紫外線(UVA), 青色光、遠赤色光が形態形成に有効です。同じような光に対し、粘菌は逃避行動を起こします。黄色い色素は、光を受け取る色素ではなく、有害な紫外線を遮断する役割だと思われます。白色の突然変異株でも、まったく同じように光から逃げ、子実体をつくるからです。真正粘菌では、現在1000種ほど知られていますが、多くの粘菌は植物の種類を選んでいないようです。この中には、赤色や青色の変形体も知られています。子実体の色はもっと多彩です。このなかから、抗生物質のような薬理作用を持つ化合物を見つけようという研究者もいます。

Q: キノコを食べつくす映像には驚きました。全身どこでも口になれるのでしょうか。キノコを消化するには、消化液などを出しているのでしょうか。雑菌に弱いのに、なんで山であんなに元気なんですか?粘菌は、無限に大きくなると言っていましたが、そのように大きくなる利点は何ですか。またいつか大きくなりすぎて成長が止まることはないんですか。縮小することはないか?単為生殖ですか?粘菌にとって"快適"な湿度はどのくらいか?粘菌の粘(ねば)っている意味はあるのですか?ねばって何かをくっつけたりするのですか?アデノシン三燐酸を生成しているのか。光合成のような機能はあるのか。

A:  粘菌は、わたしたちと同じ真核生物です。核があり、染色体があり、ミトコンドリアがあり、・・・。葉緑体はありませんので、光合成はできません。生き物は、水がなければ命を保てません。その工夫が粘です。粘液は水を含み、乾燥から身を守ります。それでいて柔らかいので、変形して細胞は動くことができます。

細胞の食事の取り方には2種類あります。1つは朽木から出る栄養を含んだ水溶液(スープですね)として、もう一つは固形物です。後者の場合、巨体を利して包み込んだ上で、消化酵素を分泌して分解して、細胞内へ吸収します。わたしたちの身体をバイキンから防衛してくれている白血球などもこの様にして、細菌を攻撃しています。

(真正)粘菌は、いくつかの生きざまを変遷して、生命を全うします。子実体は、胞子の集合です。胞子は水に浮かぶなど適切な状況で発芽して、1つのアメーバ(粘菌アメーバ)になります。バクテリアなどを食べて、増殖します。この時期では、われわれの細胞と同じで、核が分裂すると引き続いて細胞質も分裂して、2つの、それぞれ1個の核をもつ細胞になります。餌がなくなると、見た目の区別はないのですが、オスとメスの区別があって、異なる性の2個の細胞が合体します。核も合体して複相の1つの細胞(接合子)になります。これが一番小さい変形体です。すると、餌が十分あると増殖するのですが、核が分裂しても、細胞質の分裂が起きません。だいたい10時間毎に核の数は、倍々になっていきますが、細胞質は量が増えても1つのままです。このようにして、沢山の核をもつ、1つの巨大な細胞=変形体となっていきます。

モジホコリでは、変形体の大きさに制限は無いようです。粘菌の中には、核が8個とか16個になると、細胞質が分裂してしまうものもいます。当然、この粘菌の変形体は、顕微鏡で見ないと見えないほどに小さいものです。真正粘菌は、細胞質分裂を止める仕組みを組み込むことで、大きくなる方向に進化していったのでしょう。ある条件にすると、モジホコリの変形体も、8個くらいの核を持つ小さな変形体に分裂します。細胞質分裂の能力は維持していることになります。

飢餓状態になり、光が当たると、子実体へと分化します。この途中で、減数分裂が起こり、核相は単相へと移行します。このように、生きざまを環のごとく変えるので、全体として、生活環と呼ばれています。微生物の多様な生きざまを生物学的に理解する良い視点です。ここで、宿題。ヒトの生活環は考えておくこと。ごめんなさい、ついつい癖がでてしまいました。

Q: 同じシャーレにおいておくと、粘菌は合体するとのことですが、粘菌には自己・非自己はないのですか?異なる個体間の遺伝子のちがいとかは?複数の粘菌が一個体になる時、ゲノムはどのような挙動をとりますか?粘菌の遺伝子は、同じ種なら全く一緒なんでしょうか?隣とくっついても大丈夫とい・・・集合体を1つの細胞とみるべきなのか?本当にしきりがないのだろうか。多くのアメーバが集合して結合しているだけなのか。光や熱に強い粘菌をどうやって作るのか?(品種改良的アプローチは有効か?)ヒ素やカドミウム等を好む粘菌は見つかっているか(bio-remediationの点より)?どうやって、粘菌に薬剤耐性をもたせるか?粘菌は、無限に大きくなると言っていましたが、そのように大きくなる利点は何ですか。またいつか大きくなりすぎて成長が止まることはないんですか。異種の粘菌が出会ったらどうするのですか?ケンカする、別々に動く、合体する?動く時、膜を新しく作る必要があると思います。その時はどうするのですか?

A: 30年ほど前、わたしはロンドンのインペリアルカレッジでカーライル博士と粘菌の化学受容の感受性に関する遺伝学を研究していました。あるとき、「これを見ろ、テツオ」と言う。顕微鏡を覗くと、変形体の周辺に透明なものが丸いものが散らばっている。核だという。2つの変形体を融合させると、一方が他方の核を細胞外へ放り出したのだった。

彼は、原形質のコンパチ(お互いに相性がいいかどうか)を調べていた。合体するかどうかは、同じ遺伝子を持ったもの同士は融合するが、異なると融合しないことを見出していた。さらに、2つの変形体が融合すると、2つとも死んでしまう、一方が他方を殺してします、うまくやっていく、など免疫系の自己―非自己のような現象を見つけていた。

1つの大きな変形体の中には、核が優に百万個以上はあるでしょう。自然な突然変異率を考えると、すべての遺伝子が同じというわけにはいかないでしょうね。でも、これが全体の性質として現れることは、まずないでしょう。子実体をつくると、核がほぼ1個の胞子に分かれますから、ここから突然変異体を分離していくことが可能になります。何百万個の中から、1つを選び出すなんて!相当な根性がいりますね。

Q: ガン化との関連 ES細胞でのガン化(ky化)が課題になっているようですが、粘菌では同一体もしくは同種体でのky化、反乱はあるのでしょうか。粘菌とiPS細胞との共通点?

A:  粘菌の分子生物学は、ガン研究と密接に関連していました。当時アメリカのガン学会副会長だったラッシュ教授は、ガン化を理解するには細胞分化の仕組みを理解しなければならないと考え、粘菌をモデル生物としてガン研究を創めました。60年ほど前、1950年代の初頭です。とはいえ、この生物の培養方法もわかっていません。すべての化学組成がわかった栄養培地を見出すことから研究が始まりました。ポスドクのダニエル博士は、10年を費やして、合成培地を見つけました。1つの論文を書くことも、グラントをとることもない10年でした。しかし、その結果、アメリカのウィスコンシン大学マクアードル研究所は、粘菌の分子生物学研究のメッカになりました。

ラッシュ教授には、ポーランドのクラコフでの粘菌会議の折、お会いしました。この地で、天動説をとなえたコペルニクスが学んだという教室に座ると、気がひきしまります。このころヨーロッパは東西に分裂していました。肉屋さん、紅茶屋さんの棚には、品物は1つもありませんでした。それなのに、ある日、品物が入荷するらしく、100mにもおよぶ行列ができていました。社会の仕組みの在り方を考えてしまいました。

Q:粘菌は死んだら、どうなりますか?仮眠する時、粘菌は年をとるのですか?粘菌の寿命について教えて下さい。病気になる?ひとつの細胞のままで生き続けるのは不可能では?

A: 老化や寿命は生物における時間の問題として、重要です。粘菌も変形体の状態で長く飼っていると(わたしは、30年くらいです)、なんとなく成長が悪くなった、なんとなく動く速度が遅くなった、なんとなく子実体をつくりにくくなった、といった老化現象がみられるようになります。この現象が速く進む株も見出されています。このとき核が大きくなっており(倍数体)、これをろ過して、通常の大きさの核だけにすると、元気さを回復したという報告があります。生活環を廻して新たに変形体をつくると、とても元気な変形体が得られます。粘菌の死は、熱湯を浴びる、紫外線を浴びる、干からびる、他の生物に食われる、・・・容易に訪れます。生きるのが、ありふれているのに、奇蹟。

Q:物理の様な相転移現象ですか。フラクタルなんですか?迷路を解くと言われていますが、距離(最短経路)をみつけているのですか、それとも最大勾配で判断しているのでしょうか?動く方向をどのように決め、どのように動くのか?何らかしかの制御機構がある?or 自然にできる秩序?記憶していることをどのように確認するのか?

A:粘菌はどこでも周期的に収縮弛緩を繰り返していますので、振動要素が結びあってネットワークを作っていると考えられます。このような動的な体系では、パターンの遷移といった相転移に似た急にあるいは不連続的に状態が変わることがあります。管のネットワークを解析して、重み付きの正則グラフであることが最近わかりました。後半の質問は、まさに研究テーマです。今後に期待しましょう

上田哲男

終わり

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