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124サイエンスカフェ札幌「こちら、ウミガメ研究チーム細胞×毒性×AI ラボから救え!小笠原の希少種」を開催しました

2022.9.6

2022年8月7日(日)15:00~16:30、サイエンス・カフェ札幌「こちら、ウミガメ研究チーム 〜細胞×毒性×AI ラボから救え!小笠原の希少種」を開催しました。札幌、つくば、小笠原から4名の話し手をzoomでつなぎYouTubeLiveで配信しました。日本各地から、高校生以上の約80名の市民が視聴しました。

話し手:
片山雅史(かたやま まさふみ)さん/国立環境研究所 生物多様性領域 研究員/写真上段右
中山翔太(なかやま しょうた)さん/北海道大学 大学院 獣医学研究院 准教授/写真下段右
武田一貴(たけだ かずき)さん/北里大学 獣医学部 助教/写真上段中央
近藤理美(こんどう さとみ)さん/認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャー(ELNA) 調査研究員/写真下段左

聞き手:
池田貴子(いけだ たかこ)/北海道大学 CoSTEP 特任講師/写真上段左

外来種対策とウミガメ保全の両立をめざして

小笠原では今、国内外来種であるクマネズミが在来生態系を脅かしており、環境省はその対策として殺鼠剤(さっそざい)を散布しクマネズミの駆除を行なっています。殺鼠剤は、継続的に摂取することで徐々に動物を殺す薬剤であり、小笠原では定期的に散布されています。ひとくち食べてただちに死ぬような劇物ではありません。

(クマネズミ <写真提供:片山雅史さん>)
(小笠原で散布されている殺鼠剤「スローパック」 <写真提供:片山雅史さん>)

すでに世界的に問題になっているとおり、ウミガメはプラスチックゴミを海藻と間違って食べてしまう習性があるため、殺鼠剤パックも誤食してしまうのではないかと心配されているのです。実は、この殺鼠剤がウミガメの体にどのぐらいの量でどれぐらい悪影響を及ぼすのか明らかになっていません。そこで、細胞博士、毒性評価の博士、AI博士、そしてウミガメレスキューのプロ、という4名の異なる専門家が協力して、殺鼠剤がウミガメの体に与える影響を予測する方法を開発しようと、研究チームを立ち上げました。

(研究プロジェクトの流れ。以下に詳述)
ウミガメってどんな動物?

今回の主役は、世界自然遺産・小笠原諸島にすむ絶滅危惧種のアオウミガメです。まずは小笠原海洋センターで保全活動に取り組む近藤理美さん(認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャー(ELNA) 調査研究員)に、ウミガメとはどんな動物なのか、飼育の様子を交えてお話しいただきました。

アオウミガメは繁殖年齢に達するまでに30~50年かかると言われています。つまり、それまで元気に生きることができなければ、次の世代は産まれません。ウミガメは大航海時代から人間に獲られており、世代交代のスパンの長さも手伝って次第に個体数が減少していきました。現代ではさらに、生息地の開発やプラスチックゴミ、船の衝突、さらには光害(ふ化した子ガメが自動販売機の光などに向かって移動するため海に帰れず死亡すること)といった様々な危険にさらされているといいます。

(世界にいるウミガメ7種のうち、6種が絶滅危惧種。小笠原はアオウミガメの産卵地になっている <写真提供:近藤理美さん>)

(小笠原海洋センターで飼育されているアオウミガメの幼体。シーフードミックスを採餌中。何にでも食いつく習性があるため、プラスチックゴミや殺鼠剤パックの誤食が心配 <写真提供:近藤理美さん>)
(プラスチックゴミは、誤食されるだけでなくウミガメの体に絡まることもある <写真提供:近藤理美さん>)

小笠原での殺鼠剤の誤食はこれまでまだ確認されていませんが、備えとしてウミガメの健康への影響の程度を把握しておく必要があります。それだけでなく、このデータを使えば、散布する殺鼠剤の量や場所、頻度などを工夫できるようになります。

殺鼠剤ってどうやって効くの?

ウミガメの健康にどのような悪影響が出る可能性があるのか、まずは基本情報をおさえる必要があります。毒性学を専門とする中山翔太さん(北海道大学 大学院 獣医学研究院 准教授)に解説していただきました。

小笠原で使用されている殺鼠剤の主成分は「ダイファシノン」という血液凝固抑制効果のある化学物質です。継続的に摂取すると、ケガをしても次第に血液が凝固しなくなり、やがて失血死します。このため、ウミガメが殺鼠剤パックを1つ食べてしまってもすぐに死に至ることはありません。どのぐらいの量を食べると悪影響がでるのかを知る必要があるため、小笠原から北大に送ってもらったアオウミガメの血液を使って、血液凝固抑制に至る殺鼠剤の量と時間を試験管内で測定し、指標となるデータをとる実験を中山さんが行なっている最中です。

生きたウミガメではなく、自然死した個体の「細胞」を使って実験

血液凝固に関するデータ集積と並行して、研究チームは細胞を使って生体が殺鼠剤に対して起こす反応を再現し、将来的には野生のウミガメに起こりうる影響を予測するシステムを作ろうとしています。死後であっても、一定期間内に新鮮な体細胞を採取できれば培養は可能です。さらに、「不死化」という処理をすれば、長いこと実験に耐えうる老化しない細胞を創り出すこともできるというから驚きです。細胞工学の専門家である片山雅史さん(国立環境研究所 生物多様性領域 研究員)に解説していただきました。

死亡個体がでたら、小笠原からウミガメのヒレの細胞をつくばに送ってもらいます。その細胞に、不死化に必要な遺伝子を導入して「不死化細胞」を樹立します。これで、ウミガメの細胞で起こる殺鼠剤への反応を試験管内で再現する用意ができました。

(実験の様子は、カフェの記録動画内で観ることができます <動画提供:片山雅史さん>)

細胞と生体では、化学物質への反応にずいぶん違いがありそうに思いますが、細胞は生物を構成する最小単位であり、うまく分子レベルの応答が捉えられれば、細胞を使って個体の化合物質の影響が解析できる可能性がある、と片山さんは言います。つまり、生きたウミガメで実験しなくても、死亡個体の細胞を使って生物多様性の保全にも貢献できる可能性があるのです。

AIとシミュレーションで殺鼠剤の効き方を計算する

このチームにはさらにもうひとつ、必殺技があります。殺鼠剤がウミガメにどう作用するのか、AIとコンピューターシミュレーションで計算させるのです。武田一貴さん(北里大学 獣医学部 助教)に解説していただきました。

殺鼠剤は、動物体内の、血液を凝固させるタンパク質「VKOR」に結合して作用します。このVKORは、働きは同じでも動物種によって形が少しずつ異なります。この微妙な形の違いのために、殺鼠剤の効きやすさが動物種によって変わるのだそうです。VKORのどこに殺鼠剤が結合しやすいのか、つまり結合エネルギーの最も低い安定な結合部位はどこなのかをコンピューターシミュレーションによってさがしだすのが武田さんの役割です。このデータを、生きたウミガメ体内での反応を予測するために利用するのです。

(分子シミュレーションのやり方については、カフェの記録動画内で観ることができます <動画提供:武田一貴さん>)
ウミガメ研究チームがめざす「オールインワンアプローチ」とさらなる展望

絶滅危惧種の保全には、野生の生息環境での保全と飼育施設での保全の両輪が重要となります。野生環境下、つまり「生息域内保全」と、飼育環境下、つまり「生息域外保全」を一体として取り組む「オールインワンアプローチ」という考え方です。飼育施設でだいじにウミガメを飼育して、野生に返す流れを補強する位置づけとして、この一連の研究があります。

さらに、今回のカフェでご紹介したように、殺鼠剤のウミガメへの影響評価を、生きたウミガメでの動物実験ではなく「細胞」を使ってできるようになると、ひいては、ウミガメと殺鼠剤、だけでなく、ほかの野生動物とほかの環境汚染物質の場合にも応用できるようになります。そのデータの蓄積によって、例えばどんな種類の汚染物質が、どのぐらいの量、環境中に広がってしまうと、どの動物がどのぐらい健康被害を受けるか、という予測ができるようになる、ところまでもっていくのがこの研究プロジェクトの大きな目的だ、と研究チームの皆さんは言います。

今回はオンライン開催のため、札幌だけでなく日本各地から80名程度の方が参加してくださいました。小笠原、というと遠い楽園のイメージですが、この研究プロジェクトがすすんでいけば、みなさんのお住いの地域の、身近な動物の健康や生息環境を守ることができるようになるかもしれません。

ウミガメ研究チームのみなさん、ありがとうございました。

(出張で北大に来られていた武田一貴さん(中央)とCoSTEPスタッフ)

※このイベントは、環境研究総合推進費【4RF-2102】「野生動物への環境汚染物質の影響評価を実現する培養細胞を用いた新規評価技術の構築」の一環として開催されました。CoSTEPが運営するサイエンス・カフェ札幌と、独立行政法人環境再生保全機構の委託研究「環境研究総合推進費」の公開シンポジウムとの共同開催となりました。