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135サイエンスカフェ札幌「おしゃべりな細胞と謎の言葉がんからコロナまで、サイトカイン研究の最前線~」を開催しました

2024.6.26

2024年6月16日(日)、松田正さん(北海道大学 大学院薬学研究院 教授)をゲストにお招きした、第135回サイエンス・カフェ札幌「雷おしゃべりな細胞と謎の言葉~がんからコロナまで、サイトカイン研究の最前線~」を開催しました。サイエンス・カフェ札幌の開催日はあいにくの雨でしたが36名の方が来ていただきました。松田さんと聞き手の奥本とふたりでおしゃべりしながらサイトカインという謎の言葉を読み解いていきました。

以下のリンクにてこの模様を動画で公開しておりますので、ご興味ある方はぜひご視聴ください。

謎の言葉、サイトカインを追え!

サイトカインとは何でしょう。じつは細胞同士のひそひそ言葉と松田さんは表現します。私たちの体の中には、自然免疫と獲得免疫という2種類の免疫が働いて、病気や異物に対応してくれています。

自然免疫は最初に異物や異変を感知し、すばやく対処します。マクロファージや好中球、NK細胞は異物を攻撃したり食べたりします。そして樹状細胞は異物の一部をヘルパーT細胞のところまで持っていき、異常の内容について報告します。

ここからが獲得免疫の働きです。抗原と呼ばれる異常の内容を理解したヘルパーT細胞は、キラーT細胞に抗原を攻撃するよう指示、そしてB細胞には抗原にあった抗体という武器をつくらせます。抗原を理解したうえでの的確な攻撃、この遅れて発動する強力な攻撃が獲得免疫です。

免疫システムとサイトカインの図
免疫細胞の間のコミュニケーションに使われるサイトカイン

この見事な、しかし複雑な免疫間のネットワークを可能にしているのが、細胞たちがコミュニケーションのために出している生体物質「サイトカイン」です。細胞間のコミュニケーションである情報伝達物質には、ほかにも全身を回っているホルモンが有名ですが、サイトカインは局所的に働き、その量も状況に応じて微調整されているそうです。そのため、命令というよりまるで調整や交渉のように細胞間で働くコミュニケーションだと松田さんは語ります。

サイトカインハンティング、宝探しの歴史

サイトカインが発見されたのは1960年代、日本の研究者が見つけました。ただし当初はウイルスを阻害する物質と考えられていました。それが徐々に全貌が明らかになり、また多種多様なサイトカインがあることが発見されました。

松田さんが学生として研究していた1990年代はまさにサイトカインの大発見が続いた時期でした。多くのサイトカインを発見され、DNAを特定しサイトカインをクローニングする一連の研究はサイトカインハンティングと呼ばれ、研究者はサイトカインハンターとして発見を続けます。

サイトカインの発見の歴史
サイトカインの発見の歴史、ノーベル賞受賞者の本庶佑さんはサイトカイン研究でも活躍されていました

松田さんの研究室では、白血球の間で交わされるサイトカイン、インターロイキン6(IL-6)を発見し、DNAのクローニングに成功します。ただその時期はみんながライバル。同様の研究を進める仲のいい隣の研究室にも研究の進捗は決して洩らさなかったと、研究競争のし烈さを語ってくれました。

サイトカインの物質としての特性が明らかになるにつれて、これまで皮膚を再生したり、血をつくったりする際に出ている生体物質もサイトカインに含まれ、サイトカインはとても複雑で多機能な働きをしていることが分かってきました。

サイトカインは万能薬?

免疫細胞をコントロールできるサイトカイン、これをうまく操れたら、色々な病気に自分たちの免疫の力で対処できそうですが、話はそう簡単にはいきません。確かに、急性の貧血に造血因子のサイトカインであるエリスポエチンを処方するという例はありますが、多くのサイトカインはとても多様な作用をもつのでそれ自身を使うことはできないと松田さんは語ります。

少し複雑な図ですが、サイトカインはこのようにいろんな場所でいろんな形で交わされています。そのため、免疫が効きすぎたり、他の免疫に影響を与えてしまうという特徴があります。

松田さんが研究しているIL-6も免疫活性化することはできる反面、がんなどの悪い細胞も増殖させてしまったり、深刻なリウマチ疾患を引き起こす破骨細胞に影響を与えたりと一利一害の性質を持っています。

ただ、その性質をうまく利用した活用もあります。新型コロナウイルス感染症の重症化の原因の一つにサイトカインが増えてしまって全身の炎症を引き起こす、サイトカインストームという症状があります。このサイトカインストームの中にはIL-6が原因となる症状があったそうです。そのため、リウマチの治療のためにIL-6を押さえる薬をこのサイトカインストームに処方し、うまく治療できた事例があると松田さんは教えてくれました。サイトカインの薬は、このように多様な疾患に対処できる可能性もあるのです。

ただ、サイトカインはやはり効きすぎたり、他にも影響を及ぼしてしまうという課題があります。そこで、松田さんは現在、サイトカインを受け取る細胞側にある受容体の研究に取り組んでいます。まるで耳栓をしてしまうように、サイトカインに対する反応をコントロールできないか。現在、サイトカインの受容体はJAKという受容体がサイトカインを感知すると酵素を出し、STATと呼ばれる因子に細胞を増やしたりといった命令を出しています。例えばJAKやSTATを調整する方法を開発すれば、もっと簡単にそして安価にサイトカインを調整することができるのではないか、松田さんは今、このように考えています。

サイトカイン研究の最前線

さてこんなサイトカイン、最先端の研究はどのように進んでいるんでしょうか。サイトカインの仕組みは、抗体薬という種類の薬で使われています。抗体薬は免疫の仕組みを利用した薬で、免疫を活性化させたり、攻撃の目印をつけたり、はたまた免疫を押さえることで病気と闘います。

サイトカインの中でも、白血球で用いられるサイトカインに仕組みを利用すると造血系のがんに効果があると考えられています。また、アルツハイマーは脳の中にある自然免疫細胞、ミクログリアの働きが弱ってきておきる疾患とも考えられています。現在、その働きを活性化させることでアルツハイマーの進行を遅らせようとする研究もあるそうです。

サイトカインの可能性と複雑さに宙を仰ぐ二人

さらに、病気だけでなく、松田さんは今後、免疫の働きを活用したアンチエイジング、つまり老化を止めることにも興味があると語ります。私たちが年を取ると、自然免疫と獲得免疫のバランスが崩れ、獲得免疫の働きが鈍くなります。最近、老化すると割合が多くなる自然免疫を抑制することによって、獲得免疫の働きを活性化させるという研究が発表され、マウスではこの仕組みが老化を抑える効果があることが発見されました。

さて、サイトカインをあやつれたなら、松田さんならどんなことを研究するのでしょうか。着目しているのは、老化の際に炎症系のサイトカインが増えるという仕組みです。もしそのようなサイトカインを抑えることができたら、細胞の若返りも可能かもしれないと、松田さんは語ります。

聞かせて、あなたからのサイトカイン

後半はフロアからの質問に答えるコーナーです。

会場からは、サイトカインの大きさは?サイトカインが苦手なものは?などユニークな質問が寄せられました。サイトカインは大体2万ぐらいから、小さいものだと1万ぐらいの分子量です。ただホルモンなどに比べたら、サイトカインは分子量はとても大きいと松田さんは教えてくれました。またサイトカインはたんぱく質なので、熱には弱い性質があります。

サイトカインは言葉として捉えたら、文法や組み合わせによって意味が変わるなんてことはありますか?という質問に対しては、サイトカインな複雑なネットワークを作っているので、複数のサイトカインで働きを増強したり、逆に抑制したりして、組み合わせによって機能が変化する、と松田さんは教えてくれました。

ちなみに、サイトカインにいい食べ物はないそうですが、太り過ぎによる脂肪の増加は、炎症系の免疫の働きを活性化させるので、ご注意ください。そして免疫自体の活性化は腸にある腸内細菌叢がコントロールしているので、いい腸内細菌を育てるのが大切だそうです。

老化による糖化、過酸化は、自然免疫系を刺激して、そこから炎症系のサイトカインを刺激して、炎症を起こし老化を早めるそうです。ただ炎症は私たちの体の中に必要な仕組みです。老化はその炎症の引き際が悪くなる現象と松田さんは語ります。さてそんな老化の薬、いつ頃実用化するのでしょうか?まだまだ予測は難しいながらも、世界各国でアンチエイジングの研究は進んでおり、病気になってから薬を飲むという治療から、そもそも病気にならないという治療へ大きなパラダイムシフトが起きているそうです。また、自分の免疫細胞を体外で増やして、攻撃力を増やすという治療法も開発されており、その増やす際にもサイトカインが活用されているそうです。

最初は、サイトカインのようなマニアックなテーマで、サイエンスカフェの1時間半持つのかしら?と不安な2人でしたが、ふたを開けてみるとおしゃべりがつきないカフェになりました。

集合写真
サイトカインのCマーク 

興味を持って下さった方は、ぜひ動画をご覧ください!


以下には、カフェの中で取り上げられなかった質問とそれに対する松田さんの回答を載せました。

世界では老化防止をするためのサイトカインの研究が進んでいるでしょうか?どれくらい?
老化細胞からIL-6,TNF-αなど炎症性サイトカインやケモカインなどが産生され、老化細胞の性質とされていますが具体的のサイトカインをとめて若返るという発表はまだないと思います。ただ炎症をともなう自己免疫疾患やがんをある種の老人病と考えられます。その点では、将来的に老化防止のためのサイトカイン研究は日々進んでいるといえるのかもしれません。

動物だけでなく植物にも同じ、または似たような仕組みはありますか?
サイトカインの定義をどう置くかですが、植物やショウジョウバエなどでの生体防御を担うサイトカインににたものとしては抗菌ペプチドがあります。分子量が違いますので、動物だとペプチドホルモンにあたるものですが、よく似た仕組みといえるでしょう。また、植物にも自然免疫・獲得免疫様のシステムはあります。調べてみると面白いですよ。

自然免疫に関する細胞には、マクロファージ、好中球、NK細胞などありますが、どのような異物に対して反応するという特異性はありますか?
基本的には外来病原体に対しての反応で反応ですので、病原体の表面の特殊な脂質や糖などの「構造体に特異的に反応しますが、構造的に合致すれば、すなわちサイエンスカフェでお話ししていた「耳」にはいるものなら薬のような化学物質でも、あるいは血管にたまる脂であったり、痛風を起こす尿酸であったり、自分の身体のなかで作られる成分にも反応します(それがいろいろな成人病につながります)。

サイトカインが働くのに、細胞が隣り合う必要性はないのですか?外から与えるとサイトカインが効きすぎる?サイトカインストームを考えると隣合わなくてもいいのか。
サイエンスカフェでお話ししていたように隣合えばよく聞こえますから、細胞同士がくっついた時によく話しかけますが、サイトカインの量(声の大きさ)が十分なら隣会う必要はないです。身体全身にまわるようだと(本来話しかけるべき相手以外にも影響してしまい)サイトカインストームのように身体に害を与えます。

薬を利用するときにピンポイントで少量注射とかすれば、強い副作用などの発症が起こらないとかありませんか?
動物実験でやるなら、サイトカインをがん自身にうつとか皮膚に直接うつとか可能ですが、実際うったサイトカインがどのように身体を巡るかきちんとした確証がなければヒトには投与できません。発熱やサイトカインストームを引き起こす可能性を否定できませんので….、逆にリウマチ薬などサイトカインを抑える抗体の投与は点滴や静注でなく、皮下注射でも有効です。

アディポカインについてもしりたいです
脂肪細胞からでてくるサイトカインをアディポカインといいますが、サイエンスカフェでお話ししたTNF-αやIL-6など炎症起こすサイトカインもアディポカインにはいりますが、これらは動脈硬化を引き起こしたりと身体にとってよくない影響を起こす悪いアディポカインとされています。一方でレプチン、アディポネクチンといったアディポカインは動脈硬化を予防したりする良いアディポカインとされています。