2025年9月21日、紀伊国屋書店札幌本店インナーガーデンにて、第143回サイエンス・カフェ札幌「ゲノムのモヤモヤ切り取ると、~どこまでOK?ゲノム編集~」を開催しました。
ゲストに平郡雄太さん(北海道大学大学院農学研究院 助教)をお招きし、ゲノム編集の基礎知識から最新の研究動向について解説していただきました。その後、参加者はお米を題材に、ゲノム編集をどのような条件であれば受け入れられるのかについて話し合いました。
(CoSTEP受講生 対話の場の創造実習 Aチーム大石・小幡・桑島・佐野・早川/記事執筆主担当 小幡)

おいしい食べ物はどのように作られる?
私たちが普段口にしている作物。しかしその食べ物がどのような経緯で今のようにおいしく、形よく、たくさん収穫できるようになったのか考えたことはありますか?
作物の祖先である野生の植物は、実が小さかったりおいしくなかったりと人間が食べるには適さないものが大半です。そのままでは食べられない野生種の中から、人間が食べられそうなもの、収穫量が多いものを選別して、増やしていった結果、徐々に今私たちが食べている作物へと変わっていきました。これを「品種改良」といいます。
なぜ同じ植物なのに見た目や味、増え方に違いが出るのでしょう。生物の設計図であるDNAは紫外線のダメージなどをうけると配列が変わったり、欠損したりして、設計図が変わることがあります。多くの場合、修復されて元に戻りますが、たまに完全に修復できないことがあります。DNAが少し違うことで、生物の性質が変わっていく、これを「突然変異」といいます。人間は偶然起きた突然変異から優れた個体を選別し、栽培を繰り返すことで、より良い品種を生み出していきました。

ただ自然界で起こる突然変異で有用な個体が見つかるのは、10万分の1とも100万分の1ともいわれ、非常に稀です。なので効率的に品種改良をするために、様々な技術が開発されました。
まず異なる品種同士を交配させて、両方のいいとこどりをする品種改良があります。例えば病気に強いイネと収量が多いイネを交配させ、病気に強く収量も多いイネを生み出すのがこのやり方。しかし何世代も交配を繰り返し有用な個体を選別するので、時間はかかります。
次に放射線を当てたり、薬品処理によって、意図的にDNAを壊して突然変異を加速するやり方があります。突然変異の確率が上がるので、その分優れた個体も生まれやすくなるという理屈です。ただランダムな遺伝子の変化なので、狙った機能が生まれるとは限りません。
そして最後にゲノム編集や遺伝子組み換えといった特定の遺伝子を狙った新しい品種改良の仕組みがあります。ただ、ゲノム編集と遺伝子組み換えはどう違うのでしょうか?なんとなく怖いイメージもありますよね。
このカフェでは、ゲノム編集を研究する平郡さんに、具体的にゲノム編集と遺伝子組み換えの違いや、その品種改良への応用の最前線についてお聞きします!

(ゲスト:平郡雄太さん/北海道大学大学院農学研究院 助教)
遺伝子屋が語るゲノム編集
平郡さんの専門は、遺伝子の働きやその調整メカニズムを解明する遺伝子屋さん。なので品種改良はメインの研究目的ではありません。ただ、遺伝子の働きを調べるツールとしてゲノム編集を利用しています。その基礎研究を通して、農作物の品種改良に役に立つ知見があったとのことで、現在応用研究も行っているそうです。
さて、まずゲノム編集を学ぶ前に、ゲノムとはなに?ということを平郡さんから解説してもらいました。ゲノムとは遺伝子(gene)全体という意味を持つ言葉で、生物の持つ遺伝子すべてを指します。DNAはゲノムを形作る物質です。遺伝子とはゲノムの構成単位で、それぞれ生物の形や性質を司る設計図の働きをします。
ゲノム編集はゲノムの好きな場所、その多くは遺伝子ですが、その一部分だけを変える技術です。なのでゲノム編集はゲノム全体を変えるわけではありません。
ではどのように遺伝子を変えていくのでしょう。そのカギとなるのがCRISPER-Cas9という仕組みです。Cas9というタンパク質は2重らせんであるDNAを切り取るハサミを2個持っています。Cas9を使ってDNAの狙ったところを切断します。実は研究者がやっていることはここまでです。切られたDNAは自らの細胞の働きで修復されます。その修復の際に一定の割合でもともとなかった配列が追加される「挿入」、もともとあった配列がなくなる「欠失」、DNAの種類が変わる置換といった何かしらの変化が起こります。それらの変化は、ランダムに起こる変化なので、研究者でも制御することはできません。一定の確率で変化が起こるので、その中から有用な変化を選び取るのがゲノム編集の仕組みです。

Cas9はどうやって狙った場所に結合できるのでしょう。そのカギはガイドRNAです。DNAのコピーでもあるRNAは、原本である同じ配列を持ったDNAにくっつく仕組みがあります。Cas9にガイドRNAを取り込ませると、Cas9は自然に同じ配列のDNAの場所に結合するのです。

ゲノム編集によってできることは?
ゲノム編集によってできることはどんなことがあるのでしょう。まず「遺伝子のはたらきをおさえる」ことができます。作物の遺伝子の中には農業に不利だったり、有害な性質を持っている場合があります。例えば暑い環境の中でイネが育つと、お米が白く濁る白未熟粒が増えます。この白未熟粒を生み出す遺伝子の働きを抑えることによって、白未熟粒が少ないお米が作れないかと研究されています。
次に「遺伝子の働きを高める」ことで有用な作物を生み出すこともできます。遺伝子の中には働くだけでなく、働きを抑えるストッパーの機能も持っているものがあります。ゲノム編集ではこのストッパーの遺伝子を切ってあげることによって、遺伝子の働きを高めることができます。例えばGABAトマト。トマトはもともとGABAを作る遺伝子を持っていますが、同時にその遺伝子の働きを弱めるストッパーの遺伝子も持っています。筑波大学などのチームはそのストッパー遺伝子を抑えることによって、GABAをたくさん作るトマトを生み出すことに成功しました。
ゲノム編集と遺伝子組み換えはどう違う?
遺伝子組み換えは、生物に別の生物の遺伝子を追加して機能を高める技術。一方、ゲノム編集はその生物に元々ある遺伝子を強めたり、弱めたりして変化させるだけです。遺伝子組み換えとは根本的に原理は異なるのです。

またゲノム編集した作物を食べたら、自分のゲノムも編集される?と心配になる方もおられるかもしれませんが、大丈夫です!されません。ゲノム編集にはCas9やガイドRNAが使われますが、この物質が使われるのは、最初の個体を生み出すときのみです。ゲノム編集によって生み出された個体は、その後、何代かにわたり栽培され増やされていきます。そのため、私たちが口にする作物にはCas9やガイドRNAが含まれていないのです。
ちなみに、ゲノム編集作物はこのCas9やガイドRNAが含まれていなければ安全性審査の対象外になります。ただ、ゲノム編集で生み出された作物であるという届け出は必要です。これは厚生労働省のサイトで確認することができます。
またゲノム編集作物の表示義務はありません。ただ現在のところ、多くの事業者がゲノム編集でいい作物が誕生した際にはそのことをアピールする場合がほとんどです。なので知らないうちにゲノム編集作物を口にしていたということは起こりにくいと平郡さんは話します。しかし、今後、ゲノム編集技術が一般化すると、そのような表示を行わないことも増えてくるかもしれません。
最後に、食べるだけでなく、ゲノム編集作物が自然環境へ与える影響についても気になります。ただこれもCas9やガイドRNAが含まれていない場合は規制の対象外です。ただ、栽培には所管の省庁に事前相談をして、遺伝子組み換え生物に当たらないことを確認する必要があります。
これからのゲノム編集
ゲノム編集の規制はあまり厳しくありません。それはゲノム編集で起こる変異自体が自然に起こる突然変異と違いがないからです。自然界におけるDNAの切断もゲノム編集によるDNAの切断も、やり方は違えど起こる変化は同じです。
研究の現場では新しいゲノム編集の方法が研究されています。新しい技術として平郡さんは2種類のゲノム編集を紹介してくれました。DNAは4種類の塩基で構成されていますが、1塩基の種類を変える塩基編集や、決められた配列に編集可能なプライム編集といった技術も開発されています。まだ研究段階ですが、これらの技術にはその生物の本来持っている機能以上の機能を持たせる可能性もあります。そのため従来の規制の枠組みではない、新たな安全の基準などを考える必要が出てくるかもしれません。
ゲノムのもやもや切り取ろう!
平郡さんの解説のあとは、参加者の皆さんには、お米を題材にゲノム編集に考えてもらう時間になりました。ワークは次のように進みました。
【アイスブレイク】自己紹介(参加のきっかけとすきなご飯のおともをききました。)
【ワーク1】お米を買うとき、気にしていることはなんでしょう?シールを使って意見表明をしてもらいました。
【ワーク2】地球温暖化が進み、交配による品種改良が追い付かなくなった。その状況で暑さにつよいゲノム米が開発されました。値段など条件が同じだったら購入しますか?意見表明後に、いろんな背景を持つキャラクターが代弁する意見を共有した後、それぞれでゲノム米の購入について語り合います。
【ワーク3】研究者に伝えたいことを話し合います。こんな条件だったらゲノム編集作物が広がるかも!や、やっぱりここが引っかかる…といった率直な意見を出し合います。
アイスブレイクで使ったご飯のおともの紹介は、皆さんのご飯のあふれる愛を語り合う場になりました。お気に入りのご飯のおともは様々、卵やふりかけのような定番から、塩辛といった北海道民ならではのご飯のおともも飛び出して、参加者同士一気に打ち解けました。

ワーク1では、みなさんがお米を買うときに気にされていることについて話し合いました。近年の値上がりを受けて、価格を気にされている方もおられる一方、安全性や味も重要なポイントとして上がりました。また、好きな農家の米を買う、お米の精製日が気になるという、こちらが用意しない選択肢も上がりました。自分たちで提供する毎日食べるものだからこそ、なにを大切にするのかそれぞれのこだわりが垣間見えました。

ワーク2では、実際にゲノム米が開発された場合にそれを購入するかどうかについて話し合いました。ここは班の中でいろんな意見が出てきました。同じ条件だったらゲノム米は買わないという方がいた一方、積極的に買いたいという意見もありました。また「優秀な研究者に期待してるので、商品化されたら買って応援したい」というポジティブな声も上がる一方、やはり安全性に対してまだまだ不安が残るという意見も出てきました。また子どもがいる主婦がもつ不安の声を例として伝えたら、「その不安もわかる。だから、若い人は食わんでええ、わしらが実験台になってやる」みたいな声もあり、多様な背景の参加者ならではの意見も出てきました。

ワーク2では平郡さんも市民の質問に答えながら、不安に寄り添いましたワーク3では、参加者からはゲノム編集技術を使っているのであれば表示は義務化してほしいという意見や、ゲノム編集の場合は作り手として研究者の顔もパッケージに載せたら?という意見も出ました。
また品種改良とゲノム編集に大きな違いがないのであれば、ゲノム編集という名前自体を変更するべきではないかという意見も上がりました。またゲノム編集についてきちんと知ってもらって、メリットデメリットを判断できる情報提供が必要という話も出ました。
みんなのもやもやを平郡さんにぶつけてみよう!
イベントの最後には、ファシリテーターのまとめを聞いた所感と、参加者から集められた質問に平郡さんが答えました。

平郡さん自身は表示は義務化するべきだと考えているとのことでした。ただ、表示義務に違反したとしても、ゲノム編集と表示せずに市場にでた作物を見極める手段はありません。違反を見極めることができないからこそ、義務化できていない状況であることが語られました。現在のところ、ゲノム編集は高度な技術のため、ゲノム編集作物は大学や研究機関などで開発されることが多いです。そのため現在は成果を公表する方のインセンティブが強く、ゲノム編集を隠して販売するメリットはあまりありません。ただこの技術が当たり前になった未来に、私たちがゲノム編集から生まれた作物をどのように理解し、扱っていくのかは、考えていく必要があります。
ゲノム編集という名前についてもいろいろな意見がありましたが、平郡さんもゲノム編集という名前についてはちょっとな…と思っているそうです。元々、ゲノム編集という名前は研究のツールとして使われていた名前です。それが農作物の品種改良に使われる際に、研究用の名前と同じ名前でいいのだろうか。ゲノム編集は有用で安全な品種改良の手段です。そのため名前のせいで嫌厭され、この手法が淘汰されることは悲しいと平郡さんは語ります。

最後に寄せられた質問にも答えてもらいました。まず「どの細胞にゲノム編集を行うのか?」という質問ですが、配偶子の部分にゲノム編集をすることが多いそうです。そうじゃない場合も、細胞全体に引き継がれる部分を編集します。

また「開発時間はどれくらい?」という質問ですが、現在、手法の整備も進み、ゲノム編集で作物を開発する時間は短くなっています。ただ、世代を超えてその変異を残していくため、作物の世代スピードに依存します。1年間かけて育ち、種をつける作物であれば、2~3世代かけて開発するため、3年ぐらい時間がかかります。
「動物実験で安全性は確認されていますか?」という質問については、していないというのが答えになります。ゲノム編集作物が何らかのアレルギーを引き起こす可能性は否定できません。ただゲノム編集で起こる変異は自然界でも起こりうる変異なので、この場合はある作物の成分と自分がマッチしない場合に起こりうるリスクです。
今回、平郡さんの説明を聞くだけでなく、ゲノム編集について語り合う機会を設けたことは、参加者の皆さんの納得にもつながったようです。「みんなで意見を言い合ったのが新鮮だった。安心して話せた」、「もしゲノム編集商品を見かけたら買いたいと思ったし、家族に説明したい」という感想も寄せられました。
未知の技術から身近な技術へ、私たちのもやもやが少しだけ「編集」された気がしました。
