実践+発信

眼の誕生

2010.6.28

著者:アンドリュー・パーカー 著

出版社:20060200

刊行年月:2006年2月

定価:2310円


 いまから5億4300万年前から4億9000万年前の地球で,生命進化史上,最大の謎とされる出来事があった。著者アンドリュー・パーカーによれば「すべての動物門(グループ)が複雑な外部形態をもつにいたった進化上の大異変」が起きたのだ。

 

 

 それまで軟体性の動物しかいなかった地球に,珊瑚や貝のような硬い組織を持った動物が現れた。この現象は,カンブリア紀という時代に起きたことから「カンブリア大爆発」と呼ばれ,研究者の注目を集めてきた。

 

 

 「進化論」で知られるチャールズ・ダーウィンは,進化は漸進的に,順を追ってゆっくり進むと考えていた。そうであるなら,カンブリア紀に生きていた動物と似たような動物の化石が,カンブリア紀より古い地層からも見つかるはずだ。しかし,そういう化石はいまだ見つかっていない。カンブリア紀に突然,三葉虫や貝,珊瑚など,高度に進化し硬い組織を持った動物が現われたのだ。

 

 

 この事実によって漸進的な進化というダーウィンの仮説は否定され,「カンブリア大爆発」が大きな謎となった。

 

 

 そこでパーカーは,「光」こそがこのビッグバンを推進したとする新説「光スイッチ説」で,謎を解き明かそうと試みる。「光スイッチ」とは,タイトルにもある「眼の誕生」のことだ。

 

 

 同じ先祖を持つエンゼルフィッシュでも,光のある地上水系にいるものは鮮やかな銀色の体表をしているが,光のない洞窟の奧に行けば行くほど,銀色光沢が薄れ,白,ピンク色となっていく。

 

 

 なぜだろう。本書は,こうした観察や実験で得られた事実に,学問的解説を加えるという作業を積み重ねながら進んでいく。

 

 

 謎解きの道具は,進化論や化石研究のほか,光学,ナノ科学といった一見,生物学とは関係なさそうな最新の科学的知見だ。

 

 

 例えば,クレジットカードのホログラム。これは「回析格子」と呼ばれる極小の波形板を利用する先端技術の一つだが,実はハエの体表など自然界にも存在し,輝くような体色に関係している。こうしたことを一つ一つ明らかにし,目標であるカンブリア大爆発の謎に迫っていく。

 

 

 さらに,『眼の誕生』はなぜカンブリア初期に起きたのか,をも問う。物を見るには光が必要だ。その光量が,カンブリア紀の地球で増大したらしい。ではなぜ,光量が増大したのだろうか。

 

 

 そこでは,宇宙論や気象科学までがひもとかれる。仮説の提示,検証を重ね論理的に解き明かしていく様は,まるで魔法をみていると錯覚するほど鮮やかだ。

 

 

 「見えない」状態から「見える」状態への変化は,「動物の行動にとっては途方もなく大きな一歩」(パーカー)になる。そして,「見ることができる」生き物が登場してこそ,「見られる」動物の色や姿形が意味を持ってくる。眼の誕生こそが,多様な進化を促進する淘汰圧として働いたのだ。

 

 

 謎解きの詳細は本書で確認してもらうほかないが,その発想と結論は驚くほど単純だ。それだけに刺激的で説得力があり,読後に感じるのは,まさに眼からウロコの爽快感だろう。

 

 

田中 徹(2007年度CoSTEP本科生,札幌市)