実践+発信

生物多様性の保護か、生命の収奪か

2010.11.30

著者:ヴァンダナ・シヴァ 著

出版社:20051100

刊行年月:2005年11月

定価:2300円


バイオパイラシーという言葉をご存じでしょうか。バイオパイラシーとは「生物の海賊行為」、すなわち、途上国において農業や医療の分野で伝統的に培われ、改善が重ねられてきた知識や技術を、先進国が盗みとり、「特許」の名のもとに自分のものにしてしまうという知的財産の窃盗行為のことを指します。

 

 

特許の目的は何でしょう?例えば、医薬品開発には莫大な研究費が必要です。先行投資を回収し、利益を上げ、また別の製品を開発するための研究費として使用するには、特許という制度により開発者の利益を保証する必要があります。この本を読むまで、私は特許というシステムは発明者を保護するための当然の仕組みであり、疑問に思ったことはありませんでした。ところが著者は、特許の対象が生物にまで広がった結果、バイオパイラシーが発生し、非西洋諸国に著しい不利益が生じていると訴えます。

 

 

インドでは、インドセンダンという植物から抽出した物質に防虫効果があり、その効果が古くから人々に知られ、伝承され、工夫を重ねて製法や製品が開発されてきました。米国の多国籍企業が一定の製法や製品に特許を取得した結果、特許権を保有する企業の囲い込みにより原料の需要が急激に増し、インドでの価格が高騰して、人々が以前のように安価で手に入れ、使用することができなくなるという深刻な結果をもたらしました。また、遺伝子組み換え種子に特許を認めることは、従来種を排除し、農民自身の自発的イノベーションを排除し、種子の貯蔵や交換、売買を認めないことにつながります。

 

 

このような知的財産保護システムは先進諸国に有利に働いていて、そこに属する多国籍企業の価値観と利権が、世界の多様な社会や文化を侵食し、結果として生物多様性の放棄や破壊につながると著者は訴えます。特許種のみが作付けを認められた結果、既存種の作付けや古くから伝わる創意工夫が特許に抵触するとして即、訴訟対象となり、農民は多国籍企業の提示する条件をのむよりほかに選択肢がありません。単に「盗み取る」といった海賊行為以上に深い影響が、バイオパイラシーにはあると言えるのではないでしょうか。

 

 

2001年に刊行されたこの本の中で、作者は、「特許」が生物や生物多様性に対して適用されることの危うさ、傲慢さを、非西洋文明の立場からわかりやすく、説得力をもって提示してくれます。グローバル知的財産保護システムが生まれた背景と、協定や条約の矛盾と問題点を、インドを例にとり論じていますが、読み進めるうちに、決して他人ごとではないことがわかってきます。なぜなら、この問題は、私たちが日々暮らしていく上で必要な食糧や医薬品と密接にかかわっており、すべての人の生存を左右する大きな問題につながっているからです。

 

 

2010年10月、名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されたことをご存じの方も多いのではないでしょうか。COP10では、新品種の開発などに必要な遺伝資源へのアクセスと、そこから生じる利益を配分するための国際ルールが、名古屋議定書として採択されました。この名古屋議定書は、参加国からも評価され、問題解決へ向けた大きな一歩と考えられます。しかし、日本を含む192カ国およびEUが締結しているこの条約そのものを、米国はまだ締結していません。

 

 

「特許」をめぐる、先進国と途上国の立場の根底に横たわるもの、その真の解決策はどこにあるのか−生物多様性と知的財産保護の今後について考えるための入門書として、みなさんにもぜひ、この価値ある一冊を手にとっていただきたいです。

 

 

稲留 由美(2010年度CoSTEP選科生、米国ニューヨーク州)