著者:中谷内一也 著
出版社:20081000
刊行年月:2008年10月
定価:700円
「安全である、と言われても、とても安心できない」―本書は、市民や消費者の気持ちを社会心理学の面から解き明かそうとしたものである。福島第一原発事故以前の著作だが、むしろ今だからこそ読む必要のある本ではないだろうか。
本書のテーマは、「なぜ、安全がそのまま安心につながらないのか」を明らかにし、「安全と安心の関係はどうなっているのか」を探ることである。安全と安心をつなぐカギとなるのは「信頼」だ。
私たちは日常生活で、衣食住、交通、通信、エネルギー供給等、ほとんど全てを外部に依存して毎日を送っている。これらを担う企業や行政が信頼に足ると判断できた時に「安心」は生まれる。
では、「信頼」はどのように得られるのだろうか?
著者によると、『問題となることがらについての専門的知識や技術に長けていること、すなわち「能力がある」とみなされること』、そして『まじめに、一生懸命に問題に取り組むこと、すなわち、「高い動機づけをもつ」とみなされること』、この二点が必要と述べている。「安全」を提供するためのプロセスが見えて「信頼」が生じ、人びとはようやく「安心」に至るのだ。
さらにもう一点、人びとが望むリスク管理の方向性が、安全を提供する企業・行政等と一致していることが、信頼へ至る重要なポイントとして挙げられている。例えば、ある食品メーカーが安全な製品を提供するために保存料添加を強化する方策を立てたとしたら、私たちはその方向性に同調できるだろうか。そこにズレがあれば、「信頼」は生まれないのである。
原発事故後の今、私たちはどうしたら安心できるのだろう?
一度信頼を失った企業や行政は、どうやったら信頼を回復できるのか?
信頼の回復は難しい。ネガティブな評価の方が、肯定的な情報よりも信頼への影響力ははるかに大きいという。 しかし一方で、人はいったん誰かを信頼すれば、その信頼感を保つ傾向があるというのが救いだ。つまり、もともと信頼が低くても、肯定的な事実の積み重ねが人びとに伝わり、肯定的な評価が確立すれば、そこで信頼を獲得・回復することができる。
信頼回復への道はあるのだが、大きなリスクを国全体で抱えている現在、電力会社・行政が考えるリスク管理の方向性が見えないことも、私たちを「安心」から遠ざけているように思われる。
同時に、「安心」をただ待つばかりではなく、私たちが、「不安」を感じるメカニズム―直感的に不快と判断し、ネガティブな感情が自動的に喚起されていること―を理解することも必要だ。リスクに振り回されて判断や行動を誤らないように。その上で理性を発揮させれば、状況を客観的に判断して適正に行動することができる。
電力会社や行政は、リスク管理の方向性をわかりやすく示すことも重要だが、未知の脅威に不安を感じてしまう人びとの声を聞き、同じ人間として不安やおそれの感情を共有することが、信頼回復の第一歩となるだろう。それこそが、本書の「別々の立場に立つ人の間でいかに信頼を結ぶか」の実践となるのだ。
(2011年度CoSTEP選科生・小川容子)
2012.04.08