実践+発信

基準値のからくり 安全はこうして数字になった

2014.11.4

著者:村上道夫、永井孝志、小野恭子、岸本充生

出版社:講談社

刊行年月:2014年6月

定価:920円


食品の賞味期限、水道水や空気中に含まれる有害物質の量…わたしたちの健康や安全を守るために、生活に関わるあらゆるものに、様々な基準値が定められています。しかし、これらがどのように決められているのか、考えたことのある人がどれくらいいるでしょうか。本書では自称「基準値オタク」の研究者たちが、様々な基準値のからくりを解き明かしてくれます。

タイトルで「からくり」という言葉が使われているのは、ひとくちに基準値といっても、実に様々な理由によって決められているからです。食品を例に見てみましょう。卵の賞味期限は生で食べることを前提に定められているので、期限を過ぎても十分加熱すれば食べられます。生野菜サラダは、時間経過によりシャキシャキとした食感が失われるという理由で、安全に食べられる日数より厳しい消費期限が設定されています。

基準に対する考え方は、人々の社会的、文化的背景によっても異なります。こんにゃくゼリーは餅より喉に詰まるリスクが低いにも関わらず、規制の対象になりました。一方で、餅は日本人にとって非常になじみ深い食品であるため、規制しようとする動きは出てきていません。また、日本では健康によいとされるひじきは、海外では発がん性のある「無機性のヒ素」を含むとして危険な食品と見なされています。

こうしてみると、わたしたちが「安全」であると受け入れるためには、科学的根拠だけでは不十分であることに気づかされます。ひじきの例のように、同じ対象であってもそれを捉える人の価値観によって、どの程度のリスクなら許容することができるか違ってくるからです。

本書の冒頭でアメリカの疫学者で衛生工学者、ウィリアム・セジウィックの言葉が引用されています。「基準というものは、考えるという行為を遠ざけてしまう恰好の道具である」。ともすればわたしたちは、基準値を超えた、超えないで大騒ぎし、「基準の○○倍の有害物質が検出された」などという文言を見ては過度に不安を感じてしまうことがあります。セジウィックの言葉は、基準値を鵜呑みにせず、その根拠となったものに目を向けることが重要であることを教えてくれます。

また、各章の合間には基準値に関するコラムも載っています。床に落ちた食べ物は3秒以内に拾えば食べられるといういわゆる「3秒ルール」や、メタボリックシンドロームの基準、セクハラを受けたと感じるボーダーラインなど、わたしたちの生活に深く関わっているけど実はよく知らない…という内容ばかりで、楽しく読むことができます。

様々な理由で定められ、時にその本質が見えづらいこともある基準値。しかし、わたしたちの暮らしを守ってくれるセーフティネットとなっていることは間違いありません。この本を、「安全」について考えてみるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

纐纈直也(2014年度CoSTEP本科)


明日11月5日も書評を掲載します。御期待下さい。