実践+発信

チラシデザイン:なつかしい未来へ ―映像でみる福島の

2015.3.27

制作者:池田貴子(2014年度本科・獣医学研究科博士課程修了)/制作年月:2015年1月

チラシのデザインを担当したのは、本科グラフィックデザイン実習を専攻している池田貴子さん(2014年度本科・獣医学研究院博士課程修了)。池田さんの制作レポートを紹介します。

「冬ながら 空より花の散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ」

冬だっていうのに空から花びらが散ってきた。雲の向こうはきっと、もう春なんだね。降ってきた雪を桜の花びらに見立てて春への憧れを詠んだ、平安時代の歌です。

福島の今を伝えるサイエンス・カフェのチラシデザインを担当すると決まった時から、この和歌をずっと思い出していました。原発事故当時、小雪がちらつく福島第一原発の映像が繰り返し報道されました。「これから福島を訪れる季節が、雪ではなく桜の舞い散る春であることが、せめてもの救いです」というだれかのネット書き込みが、忘れられなかったのです。福島の人々が桜の花にかける復興への想いをメディアをとおして見聞きしていたことと、カフェ開催時期が冬の終わりということもあって、当初は桜をモチーフにチラシをデザインするつもりでした。

(左:ラフデザイン。右:初稿。手前から奥、下から上に向かって、「現在から未来」をあらわす)

しかし、実際は全く違うものができあがりました。どういう過程でコレ↑がこう↓なったのか、お話ししましょう。

(完成稿)

私はグラフィックデザイン班としてチラシデザインを担当しましたが、同時にこのカフェの企画運営メンバーでもありました。タイトル決めから福島取材、カフェ構成決定、カフェでの発表、と、企画のすべてに関わる立場でチラシをデザインできることは、とても嬉しい事でした。ですが、そこには思わぬ落とし穴があったのです。

客観視できない

チラシというのは、不特定多数の人を呼びこむための広告です。内容にまったく興味のない人を惹きつける必要があります。ですが、長い間ずっとカフェ企画に関わってきた私は、すでに興味を持たない人の気持ちを想像できなくなっていました。それを解決できぬまま頭のなかでぼんやりと形作られていったのが、今は遠い故郷へ、そして現在から未来へと続くまっすぐな道のイメージでした。福島で起こっていることを他人事ではなく自分事として感じてもらう、というカフェのコンセプトを表現するためにも、「どこにでもありそうな道の先に、ふるさとの山」というモチーフは、ぴったりだと思いました。

 

これが、福島で過ごした3日間で、だんだんと変わっていくことになるのです。

 

理想の「未来」とは何だろう

福島に着いてからずっと、「なつかしい未来」のイメージに近いまっすぐな道やのどかな田園風景を探して、たくさん撮りました。実をいうと、取材の1週間前にやっとカメラの練習を始めたほどの素人だったので、それは焦っていい画を探しまわりました。

と同時に、だんだんと新しい考えが芽生えはじめました。メディアが伝えない福島の人々の生の声をきくうちに、皆が必ずしも同じ未来をめざしてはいないことに気づいたのです。故郷に還るために新しい道を模索する人もいれば、新天地で新たな生活を始めたいと望む人もいる。仮設住宅で疲弊しながらも新しいコミュニティを築く人もいれば、すでに自分の足で歩き始めた地域もある。ただ、どこに行っても共通していたのは、「起こってしまったことを嘆いても仕方ない」という思いと、「ただ普通の生活に戻りたいだけ」という言葉でした。明らかな人災を誰のせいにもしない潔さと、現実への困惑と未来への希望のいりまじった感情にぶつかってみて、「山は青きふるさと」では語りすぎのような、そしてまったく明後日の方向を向いているような気がしてきたのです。

科学的な正確さ

もうひとつ、初稿デザインには問題がありました。あぜ道の写真の先に、これから実現すべき理想の未来、という意味をこめて山の絵を描いたのですが、これは実在しない風景です。この写真を撮ったこの場所からは、本当はこの山は見えません。

(左:初稿の元の写真。右:山を描き足したもの)

大津先生と話し合うなかで、「科学技術コミュニケーターとしてデザインをする以上、科学的な正確さを欠くべきではない」と教えていただきました。たとえ具体的な場所を判別できない写真であったとしても、その上に実際には存在しない山を配することの危うさを考慮すべきだったのです。

懐古ではなく、「再生」

「なつかしい未来」のイメージが決定的に変わったきっかけは、福島で最後に訪れた川内村で見た、秋の田に二番穂が芽吹く姿でした。二番穂とは、稲が刈り取られたあとの切り株から生える新たな穂のことです。水が抜かれて枯れた色の広がる田んぼに、この二番穂だけが青々と、色をたたえているように見えました。

(秋元さんの田んぼにて。2014年11月)

実はもうひとつ、このとき思い出したことがあります。事故からひと月半後、はじめて第一原発にテレビカメラが入ったとき、無人の敷地内は桜が満開でした。周りの何が変わってしまっても桜だけが変わらず春をうたっているという事実に、なぜだかものすごく安心しました。実は私自身、あの津浪で友人を亡くしました。時間の止まった私には、あの桜の映像は世界に色が戻った瞬間でした。「色」を見たことで、何かがひとつ、進んだ気がしました。


さいごにもうひとつ。今回とても怖かった点は、福島の人がこれを見て嫌な気持ちになったりしないだろうか、ということです。ですが、これについてはもうある意味あきらめることにしました。客観性をもたせる努力は必要ですが、自分の目をとおして感じたものを表現する以外に、できることはないのです。そして、私達はつねに誠実にこの企画に取り組んできた自信がありました。だからこのチラシは、私達の精一杯のまごころでできています。もし、だれかを嫌な気持ちにさせてしまったとしたら、それはもう、ただ謝るしかありません。願わくば、私の世界に色が戻ったあの時のように、このチラシがだれかの心に再生の芽をはこんでくれたなら、と心から思います。