実践+発信

CoSTEP13期修了式公開シンポジウム「遠くて近きは人と動物のほどよい距離感~」を開催しました

2018.4.2

2018年3月10日、CoSTEP13期の修了式に併せて公開シンポジウムを開催しました。ゲストは、池田透さん(北海道大学大学院文学研究科教授)、出島誠一さん(日本自然保護協会自然保護部副部長・生物多様性保全室長)、大西純子さん(ピースワンコ・ジャパン プロジェクトリーダー)。司会は、CoSTEPの池田貴子が務めました。CoSTEP受講生と一般参加者、合わせて117名が来場しました。

シンポジウムの論点

初めに、本シンポジウムの論点をCoSTEPの池田貴子から提示しました。害獣や外来生物の駆除、正常な個体群を維持するための間引き、ペットの殺処分、動物実験、屠畜など、人間社会は多くの動物の犠牲の上に成り立っています。シンポジウムでは、人間が持つ殺生に対する後ろめたさや、「なんだか気持ち悪い」「どういうわけか可愛らしい」といった「感情」の部分に焦点を当てることで、人と動物との「共生」の在り方について考えました。ここでいう「共生」とは、ただ仲良くすることではありません。干渉し合わず棲み分けることも含まれます。

(議論に参加する来場者)

「駆除」は苦渋の決断。だからこそ戦略的に。

アライグマ研究に携わる池田透さんは、外来生物の真の脅威は、生態系バランスの破壊による影響が予測できない点にある、と言います。そして現在の生態系を後世に遺す義務を果たすために、「駆除」という苦渋の決断に至りました。野生動物種を根絶するには明確な数値目標が必要です。「この面積内でいつまでに何頭駆除すれば、個体数は減少していく」という予測モデルを立てることで、無駄死にさせない駆除計画を遂行しています。

ですが、駆除を始めた当初はやはり市民から過激な抗議が絶えなかったそうです。池田さんは、市民の感情に時間をかけて耳を傾ける姿勢を貫くことで、外来生物が抱える問題について徐々に理解されるようになったといいます。

(北海道大学大学院文学研究科教授 池田透さん)

自然を自分事として捉えるのは、意外と難しい

生物の保全に携わる出島誠一さんからは、地域住民と科学者との間をつなぐ立場でお話しいただきました。意外なことに、ここでも地域住民からの理解を得るまでに時間を要したといいます。野生動物を大事にする団体はそこに住む人間の生活を無視するのだろう、と警戒されるのだそうです。しかし「保護」と異なり、「保全」の考え方は人間が生活するうえで不可欠な自然の利用を決して否定しません。そのことを住民に受け入れてもらい、自分事として捉えてもらうための努力が、地域の自然を保全するうえでの大前提となるのです。

四国のツキノワグマについての住民アンケートをみると、「無知・無関心」である一方で「絶滅してほしくない」という、矛盾した回答が大半であったといいます。自分事としての実感のないテーマについて熟考し合理的に判断することは、確かに難しいことです。

(日本自然保護協会自然保護部副部長・生物多様性保全室長 出島誠一さん)

人と動物のwin-winの関係を築く

広島県でペットの殺処分ゼロを支援するプロジェクトを主導する大西純子さんからは、棄てられた元・飼い犬を訓練して社会の中で新たな役割を与える試みについてご紹介いただきました。大西さんらは、災害救助犬の育成と実践への導入で実績を積んでおり、徐々に社会の関心も高まりつつあるようです。また、里山で野生動物と人とがうまく棲み分ける手段の一つとして、「里守犬」(山から下りてくる野生動物を里守犬が追い払うことで農作物を守る)の育成や、「ドッグトレイル」(里山を犬と飼い主が散歩することでマーキングし、野生動物を遠ざける)の試みにも力を入れています。

プロジェクトでは、イヌの能力や性質を活かしつつ人間の側も助かる、win-winの形を目指しています。役に立つ、立たないで生命の重みはなんら変わりませんが、働く犬の話題は無関心層に訴える手段としても効果的でしょう。

(ピースワンコ・ジャパン プロジェクトリーダー 大西純子さん)

今回のシンポジウムでは、事前にwebサイトを通して来場者から質問を集めていました。後半はその質問をもとにパネルディスカッションを行ないました。いくつかをご紹介します。

Q. 外来種はなぜダメなのでしょうか?自然の変化を受け入れても良いのでは?

人間が介さず、自力で渡ってきた種は外来種とは定義されませんし、確かにそれは自然の変化なので問題はありません。人間活動が原因でやってきた外来種について、池田さんは「進化」にも気を配るべきだと語りました。現在の生態系は何万年もの年月をかけて現在の姿に辿り着いた進化の歴史そのものであり、それを急速に破壊する外来生物が生態系に与える影響は予測できないという恐ろしさがあるのです。

Q. 人と動物の共生のために必要な知識レベルとはどのようなものでしょうか?

出島さんらによる野生動物に関する住民アンケートによると、自分と直接関わりのない野生動物についての知識は不足している傾向にありました。自分事でないことに興味が持てないのは当然のことで、興味を持つためには「体験」による実感が必要と思われます。池田さんは、現代において生命観が醸成されにくい理由として、幼少期に生き物に触れる機会が減少したため、と指摘しました。遊んでいるうちに弱ったり死なせてしまったり、もしくは上手に育てることができたり、という経験をすることで死生観や生命観が自然と培われていくものです。

Q. 生き物を手にかけなければならない現場のケアはどうすればよいでしょうか?

大西さんらが広島県内の保健所から棄てられた犬を引きとるようになって以来、殺処分の仕事から解放された現場の従事者は確実に気持ちがラクになったといいます。一方、池田さんは、在来生態系を壊すわけにはいかないという使命感からアライグマ駆除に踏み切りました。おそらく、手を下さねばならない現場の心のケアは無理でしょう。だからこそ目をつぶらず、「殺さなくてはならない状況を減らす」という意識が一般に広まることが望まれます。

(手前の剥製は、池田さんが北海道で捕獲したアライグマ第1号)

「実感」が主体的な意思決定につながる

人と動物の共生の在り方について、それぞれの立場からお話いただきましたが、共通するのは体験による「実感」の意義です。これは動物問題に限ったことではないでしょう。科学技術により私達の生活には選択肢が増えたと同時に、決断しなくてはならない機会が増えました。難しいこと、辛いことにはつい目をつぶりたくなりますが、「主体的に自分事として決定に関わるためにも、知識だけでない「実感」にも基づいて自分の意思を持ちたいものです。」と松王政浩オープンエデュケーションセンター長よりまとめの言葉をいただき、シンポジウムは閉会しました。

(松王政浩オープンエデュケーションセンター長より、閉会の挨拶)
 

さいごに

科学者と市民との相互理解を妨げる原因として、専門知識レベルの差だけでなく、科学者側の感覚の乖離が指摘されます。ですが、もちろん科学者が感情を完全に排除して生きているわけではありません。感情について語るチャンスが少ないのが現状です。特に学術の場では冷静さが絶対条件であるため、あえて感情について語ることを遠ざけるきらいもあります。今回は、ゲストに科学者、科学者と市民をつなぐコミュニケーター、最も市民感情に近いNPOプロジェクト代表、という異なるステークホルダーの方々を招き、私たちの行動の根拠である「感情」に焦点を当てて議論するという試みをしました。人間が持つ自然な感情について話し合い、気持ちを共有する場として、このシンポジウムが科学者と市民の双方にとってよいきっかけになったならば幸いです。