実践+発信

チラシデザイン:89回日本動物学会公開シンポジウム「秘められた北の動物誌森にその生態を追う」

2019.3.16

制作者:長澤愛美(2018年度本科・北大農学部4年)/制作年月:2018年6月~9月

今年度の日本動物学会は札幌での開催ということで、公開シンポジウムのチラシをCoSTEPグラフィックデザイン実習で製作することになりました。シンポジウムのターゲットは、動物学会でポスター発表をする高校生。動物学研究とはどのようにすすめられていくのか、そして研究職とはどんなものなのか、北海道を主なフィールドとする3名の研究者にお話をきき、高校生のキャリア構築の参考にしてもらうのが目的でした。

登壇者が複数いるという難しさ

登壇者は、鯨類の食性を研究する松田純佳さん(水産科学研究院)、シマフクロウのDNA分析の表 渓太さん(北海道博物館)、エゾシカの食肉としての可能性を追究する松浦友紀子さん(森林総合研究所)。登壇者が複数いることは、チラシを作るうえで大きな悩みでした。それぞれの研究対象が異なるため、メインモチーフを定めるのが難しいのです。3人をつなぐキーワードは何か、連想ゲームをして考え、「研究」「北海道」「フィールド調査」を柱にデザインを作っていくことに決めました。登壇者と直接お話しする機会は一度しかなかったので、研究についてもっと深く知りたいと考え、まずはお三方の論文を読み漁りました。論文を通して、研究内容を具体的にイメージすることができるようになりました。

モチーフさがしの旅

次に、具体的なモチーフのアイデアをさがしに、登壇者の一人、表さんの職場でもある北海道博物館の動物展示フロアを観に行きました。それから、ちょうどそのころ札幌で開催されていた倉本聰さんの点描画展「森のささやきが聞こえますか」にも足を運びました。動物や自然の風景を描いた点描画に触れたことで、手書きだからこそ伝わってくる温かさや細やかな描写に惹かれ、チラシにも手書きのイラストを使いたいな、と思うようになりました。

(チラシのモチーフとして描いた研究対象動物のスケッチ)

(テスト撮影)

(撮影本番の様子)

デザインを詰める

完成稿にたどりつくまでに、何パターンものファイルができました。登壇者の意見や実習での話し合いを通してボツになった案はもちろんのこと、ベースラインが決まったあとも、本番の写真撮影やイラストの描き直し、レイアウトや色合いの吟味など、ほんとうにたくさんの、そして細かい行程が続くのです。残念ながらここで全て説明することはできませんが、ラフ案から完成稿までのおおまかな軌跡を写真でご紹介します。

そして、下の写真が完成稿です。

(完成稿1 :9月ver.)

デザインに込めた意味

動物学研究やフィールド調査を象徴するものとして、フィールドノートとそれに描かれた動物のスケッチをメインモチーフに使いました。「野外に置かれたフィールドノート」という物語性を演出するために、教養棟の裏の林で撮影しました。少しだけ写り込んでいる鉛筆を持つ手も、このデザインにおいてはとても重要な要素です。鉛筆は、水で滲まないのでフィールドメモの必須アイテムです。また、北海道のような寒冷地でも、インクと違って凍って書けなくなる心配がありません。そして、研究によって未知の部分が解明されていく様を、「手で描く」という行為で表現したかったので、「鉛筆を持つ手」は外せませんでした。

ボツ稿がボツになった理由

実は完成稿の1つ手前に、もう1パターンありました。それが下の案です。

(ボツ稿。完成稿の1つ手前)

背景の写真が斜めのアングルなので、それに合わせて文字情報もillustratorで斜めに加工したのですが、可読性が低くなってしまいました。そのため、この案は諦めることにしました。イベント告知チラシでは情報が一番大事なので、その可読性を犠牲にすることはできません。改めて写真を選び直すことになりましたが、文字をまっすぐに配置するのに適していて、かつ手と鉛筆がよい角度で、しかも色鉛筆とペンケースも、そして草もちょうどよい分量で映り込んでいる…という写真は撮っていなかったので、photoshopでなんとか加工して、完成稿では晴れて私のお気に入りの写真を使うことができました。

ウラ面も、かなり試行錯誤

3種類の動物を、オモテ面とは違う形で、でも共通のなにかで表現したいと考えて、シマフクロウとエゾシカについては体表面のアップ写真を、鯨類については海の波打つ写真を使うことにしました。全体のデザインについては、これもまた長い道のりだったのですが、ここでは語り切れないので写真で簡単にご紹介します。

(当初は安易に北海道の形を使っており、全体のレイアウトも変な隙間がある状態だった)

“なんとなく“のデザインはダメ

フィールド調査を彷彿させるトレッキングシューズの足跡や、サブタイトルにある山と川のイラストをなんとなくいれてみたものの、要素にまとまりがないうえ、オモテ面とのつながりもイマイチでした。行き詰まったので実習で話し合い、オモテがリアルな道具を写した写真なんだから、ウラも臨場感のある写真にしよう!と、道が見えてきました。

(実習メンバーの私物を持ち寄って撮影した“山歩きしてる風“の写真)

陽が落ちないうちに撮影するべく、急遽トレッキングシューズを家に取りに帰り、履き替えて再び教養棟の裏へ。歩くスピード感を表現するためにかかとを上げる角度を工夫したり、奥行きをだすために足の向きを変えてみたりと、たくさんのパターンを撮りました。靴と草が被らないように、ちょうどいい具合に靴が見える角度で撮るのは難しかったのですが、オモテ面のときと違って、「こういう画にしたい」という明確なビジョンを描いてから撮影したので、その後の編集はオモテ面ほどは苦労しませんでした。写真や文字情報の配置は、実際にレイアウトしてみないとサイズ感や雰囲気は想像できないものです。やっとベストな配置を見つけたときのすっきりとした嬉しさは忘れられません(笑)。

(ウラ面完成稿)

季節感とユーザーインターフェースを意識する

シンポジウム開催直前に地震が起きたため、9月の開催は中止となり、10/21に開催日が変わることになりました。作成したチラシはすでに全国へ向けて発送された後だったため、また新しくデザインし直して再度発送することに。基本的には9月ver.とは変えず、写真のように改稿しました。

(完成稿2 :10月ver.)

改稿のポイントは、3つです。1つ目は、ベースカラーを紅葉の季節にふさわしい赤やオレンジに変えたこと。2つ目は、中止になったイベントを改めて開催することを注意喚起するために「revival!」の文字を書き加えたこと。3つ目は、会場が前回とは変更になったため、地図を追加したことです。北大総合博物館で開催することになったのですが、大学が公式に提供している構内地図を編集して、博物館への道筋のランドマークだけに絞りました。スマホの地図アプリはとても便利ですが、道順はわかるもののランドマークは自分で見つけなければならないというデメリットがあります。公道ではない大学構内では特に、初めて来る人にとっては必要な情報だけに絞られた地図があったほうが親切だろうと考えました。

チラシ作りを通して学んだこと

池田先生に言われたことは、「8割からが、あと5割」。「8割(完成)」とはメインモチーフやおおよそのレイアウトが確定した状態のことを指し、「あと5割」はモチーフ同士のバランスやサイズ、フォントや文字レイアウトなどの細かい調整のことを意味します。この「あと5割」のところで踏ん張って、初めて良いチラシに仕上がります。これまで、手に取ったチラシを見て「何となく良いな」「なんか見づらい」ぐらいで、そう感じる理由をよく考えていませんでしたが、キモチの悪いチラシ、つまり何か違和感のあるチラシには、ちゃんと理由があることに気が付きました。文字やモチーフの並びがほんの少しずれていること、背景色に対する文字の色など、本当に細かいところにまで気を配らないとキモチの悪いチラシになってしまいます。モチーフの発想はひらめきに任せるしかないところがありますが、この「あと5割」は訓練すれば自分で磨いていけるセンスだと思います。5割の大切さに気が付いてから、なんとなくかっこいいなと感じて通り過ぎるのではなく、意識的に要素分析をして理由を探り、次につなげようと心掛けるようになりました。

(デザインの案出しは実習メンバー全員で)

(登壇者の研究内容について、まずはよく勉強する)

チラシのデザインには、例えば「研究を伝えたい」「登壇者の人柄を伝えたい」という目的があり、それが相手にちゃんと伝わらなくてはなりません。良いデザインとは、言葉では伝えきれないものを伝えることが出来るものだと感じました。私のチラシの場合だと、フィールドノート、鉛筆、手、トレッキングシューズの写真、季節に合った色などです。これらにはすべて意味があり、無駄なものはひとつもありません。チラシのデザインコンセプトを決めるためには、チラシを配布したい人(クライアント)が考えるイベント自体のコンセプトや登壇者の研究や人となりについて、情報を集める必要があります。私の場合、論文を読んだこと、博物館や絵画展に足を運んだことがチラシ作りに生かされましたが、クライアントやチラシ配布の対象によって、情報収集の方法も違ってきます。コンセプトに合ったモチーフの選定や意味づけは、簡単そうに見えてやってみると難しくて、でもだからこそ私は、デザインすることに魅了されているのかなと思います。

新しい分野への興味

このチラシ作りは、サイエンスイラストレーションに興味をもつきっかけにもなりました。今回のチラシ用に動物のスケッチを描きはじめたころに初めて知ったこの分野。イラストレーションは写真とは違い、必要な部分だけを切り取り、強調することができます。ですが、科学的な正確さが担保されていないと、サイエンスイラスレーションとしては認められません。今回の場合だと、対象動物の形態学的特徴や種同定でカギとなる形質に特に留意して、事実と違わないようにスケッチしました。

サイエンスイラストレーションとどう向き合っていくのか、これから考えていきたいと思います。ひとまず一歩踏み出すために、自分の研究発表に使うイラストを描いてみようと思っています。

最後に

チラシ作成にあたり、長期間にわたり私に向き合って指導をしてくださった池田先生に、感謝します。行き詰まったときに先生と話すことで、道筋が見えてくることが何度もありました。人それぞれ進め方は違うと思いますが、話すことで頭の中が整理できるタイプの私にとってはとてもありがたいことでした。そして、学外の登壇者との連絡やデザインにコメントをくださった川本先生、チラシ製作中に声をかけてくださった先生方、ディスカッションに付き合ってくれたグラフィックデザイン班の皆さま、ありがとうございました。また、過去のチラシ作成レポートから、皆さんがチラシ製作にかけた熱意を感じることができて、私も意欲を掻き立てられました。ありがとうございました。

(シンポジウム後、登壇者やスタッフと)