2021年9月26日、29日、30日に、ワークショップ「哲学対話で考えるデザイナーベイビー~生まれてくる子どもに対する倫理~」を開催しました。この企画では、もしも自分がデザイナーベイビーとして生まれたら、という思考実験のもと、「デザイナーベイビーとして生きるとは」という倫理的な問題をめぐって、参加者のみなさまと哲学対話を行いました。
このワークショップは、大阪大学社会技術共創センター(ELSIセンター)と北海道大学CoSTEPとの共催企画として実施し、9月26日、29日、30日に各1回(計3回)開催し、合計20名の方々にご参加いただきました。
<研究会概要>
■ 開催日時:
第1回 2021年9月26日(日)13:00〜15:00
第2回 2021年9月29日(水)13:00〜15:00
第3回 2021年9月30日(木)13:00〜15:00
■ 実施形態:オンライン開催
■ 主催:大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)、北海道大学 高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)
■ ファシリテーター・進行:鹿野 祐介(大阪大学ELSIセンター 特任研究員)
ファシリテーター・書記:原 健一(北海道大学CoSTEP 博士研究員)
■ グラフィックレコーディングのデザイン・イラスト:NPO法人EN Lab(石橋智晴)このワークショップは、2020年度 公益財団法人日立財団 倉田奨励金「演劇を⽤いた科学技術コミュニケーション⼿法の開発および参与者の先端科学技術の受容態度の変容に関する調査」の支援のもと開催しました。
ここからは、ワークショップ各回の対話の様子を企画者兼ファシリテーション担当の鹿野(ELSIセンター)ならびに原(CoSTEP)から報告します。
今回の企画では、「デザイナーベイビーとして生きるとは」という倫理的な問題について参加者のみなさんと考えました。イントロダクションとしてゲノム編集技術などの遺伝子操作に関する情報提供を行った後、「もしも自分自身がデザイナーベイビーとして生まれるとすれば、そのことをどのように受け止めることができるか」という思考実験を行い、参加者の方々の考えを共有していただきました。結果として、各回でそれぞれ異なる方向性に対話が展開しました。第1回は、デザイナーベイビーとしての自分自身の存在意義や親と子のコミュニケーションの在り方、第2回は、子どもの自己実現の可能性や「知らないでいる権利」の確保の方法、第3回は、デザイナーベイビーに特有の問題の所在とデザイナーベイビーという存在を受け入れるパラダイムシフトが主な話題でした。
また、今回の企画では、その場限りになりがちな対話という営みを、参加者やそのほかの方々にとって文字通り「その場限り」のものとしないために、各回の対話の内容と大まかな展開をグラフィックレコーディングとして残しています。参加者の方はもちろん、企画にご興味をもっていただけたすべての方々にご鑑賞いただければと思います。なお、本企画で制作したグラフィックレコーディングにつきまして、無断での転載、複製、転用等はご遠慮ください。
第1回 デザイナーベイビーにとって理想の親子の在り方とは
この回で中心になった話題は、デザイナーベイビーの視点から見えてくる親と子の在り方、また、理想的な社会の在り方はどのようなものか、ということでした。参加者から「自分自身がデザイナーベイビーだという事実を受け入れるとき、親はどのような意図で遺伝子操作をしたのか」、「親が私に何を期待したのかを知ることは、自分自身の存在意義を捉え直すきっかけになる」といった意見が出されましたが、それに対して、「確かに、親との密なコミュニケーションが必要だけれど、親子の関係性や愛情の在り方は複雑かつ多様である」という別の角度からの指摘も出されました。その後、デザイナーベイビーとして生まれたという事実を本人にどう伝えるべきか、また、本人に伝える手段は親から子に直接であるべきなのかといった問いのもとで、デザイナーベイビーにとって理想的な親子のコミュニケーションの在り方をめぐって意見が交わされました。終盤にはデザイナーベイビーとして生まれた人の生き方を尊重する方法について話題が展開しました。「たとえ期待された資質を発揮しなくても許されるべきだろう」、「そのために、親は子が期待された資質を発揮しなくてもよいという旨の同意を事前にしなければいけない」、「親の意思表示と子が納得できる証明のために同意書を用意するのがよい」といった意見が一方で出され、他方で、「親子関係はやはり複雑で、同意書を用意してもコミュニケーションの課題を解消することは難しい」、「自分自身がデザイナーベイビーとして生まれてきたという事実を受け止めきれないということはきっとありえてしまう」といった懸念も出されました。以上のような対話を経て、最終的に、「血縁にある親子を超えて、より広くデザイナーベイビーという存在をフラットに受け止める親子関係が社会の中で用意されなければならないのではないか」という地点にたどり着きました。第1回では、参加者の方々との対話を通して、デザイナーベイビーの自己肯定感をめぐって対話を重ね、理想的な親子の在り方とは何か、その一端を垣間見ることができました。
第1回(9月26日)「哲学対話で考えるデザイナーベイビー」グラフィックレコーディング
第2回 自己実現を困難にする「デザイン」と自己実現を可能にする「デザイン」の違いとは
この回で中心になった話題は、デザイナーベイビーの「デザイン」にどのような意味を与えられるのか、その意味はどのように解釈できるのか、ということでした。序盤に、参加者から、デザイナーベイビーは自分自身という存在のあり方に、自分以外の誰かの意思を否応なく請け負う存在として生まれてこざるをえない、という意味で、「デザイナーベイビーとは、つまるところ、親のエゴの産物ではないか」という問題提起がなされました。その後、「デザイナーベイビーとして生まれた人が自己実現を果たすことは可能か」、「「デザイン」された人は自分自身の意思で生きることはできるのか」という問いをめぐって、参加者の間で意見が交わされました。「たとえ優れた能力を獲得させるようなデザインであっても同じかもしれない」、「デザイナーベイビーとして生まれることじたいが、その人の自己実現の可能性や自由を狭めてしまうのではないか」。他方で、「生きることを可能にするような「デザイン」もあるのではないか」、「「デザイナーベイビー」と一括りにしているが、そこには、自己実現の可能性や自由を閉ざしてしまうような「デザイン」だけでなく、自己実現を可能にさせる「デザイン」もあるのではないか」といった異なる観点からの意見も出されました。対話の終盤、デザイナーベイビーの話題から、私たち自身の社会へと目を転じ、「デザイナーベイビーで話題になった、二つの意味での「デザイン」は、デザイナーベイビーに限った話ではないかもしれない」、「たとえば、受精卵の選別やマイノリティの排除といった仕方で、私たちの社会のうちにも同じような線引きの問題があるのではないか」ということが指摘されました。第2回の対話を通して、参加者の方々とともに、デザイナーベイビーの「デザイン」の二つの意味、そして、人が他の人の生命や人生に介入することの問題の所在を垣間見ることができました。
第2回(9月29日)「哲学対話で考えるデザイナーベイビー」グラフィックレコーディング
第3回 デザイナーベイビーの受容というパラダイム転換点はどこか
この回で中心になった話題は、デザイナーベイビーというテーマに特有の問題は何か、ということでした。対話の序盤、参加者から「デザイナーベイビーとして生まれるということは、特定の家柄や特定の文化など、ある特別な境遇のもとで生まれることとどのように違うのでしょう」という問題提起がなされ、デザイナーベイビーに特有の問題があるかをめぐって対話がなされました。「異国の難民として生まれても、デザイナーベイビーとして生まれても、将来の可能性が一部閉ざされているという点では同じだろう」、「デザイナーベイビーとして生まれても、王族に生まれても、自分の意志にかかわらず、将来の可能性がある程度定められている点は同じだろう」と、異なる境遇で生まれることとデザイナーベイビーとして生まれることの比較がなされました。その後、デザイナーベイビーに特有の問題について、「ひとを「デザインする」ということが現代社会において受け入れられていないということではないか」、「今の私たちには、まだ遺伝子操作により生まれた人を社会としてどのように受け止めればよいのかを理解できていないだけかもしれない」という意見が出されました。終盤では、「現代社会がなぜデザイナーベイビーを受け入れられないか」が話題の中心になり、「デザイナーベイビーに正解があるのかが定かではない」、「デザイナーベイビーを生み出すことのできる科学技術への理解が市民にないから恐れてしまうのかもしれない」といった、意見が交わされました。デザイナーベイビーにとって、どのような「デザイン」が正解なのか、どこまでの「デザイン」が正解なのか、そもそも「デザイン」に正解はあるのか。最終的に、このような、正解のないことへの不安こそが、私たちの忌避感を生み出す根源であり、デザイナーベイビーに特有の問題ではないかという地点にたどり着きました。第3回の対話を通して、参加者の方々とともに、デザイナーベイビーに特有の問題の所在、そして、その問題がどの程度のタイムスパンで解消されそうかという展望までを垣間見ることができました。
第3回(9月30日)「哲学対話で考えるデザイナーベイビー」グラフィックレコーディング