生形綾音(2024年度本科グラフィックデザイン/北大生命科学院)
モジュール3では、科学技術コミュニケーターとして実践していく上で、活動を実施するために必要なデザインについて学びます。
第二回の講師は森岡督行(もりおかよしゆき)さん。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、東京銀座にある「一冊の本を売る書店」、森岡書店の店主さんです。
森岡書店とは
森岡書店は銀座の外れ、鈴木ビルという建物の1階、5坪のスペースにあるお店です。5坪というと、一般的な書店にとってはとても狭いスペースですが、森岡書店の活動にはちょうどいい広さだそうです。森岡書店は毎週取り扱う商品が変わる「一冊の本を売る書店」。取り上げる本が変われば店の見た目も大きく変わります。服についての本なら服屋、花の本なら花屋、文具の本なら文房具屋、などなど……。商業のためだけではなく、売れる見込みが立たないものも取り扱うこともあります。
そんな森岡書店ですが、現在の店舗が生まれた経緯を語る際には、「Soup Stock Tokyo」などを運営する株式会社スマイルズの遠山正道さんの存在と、「アトム書房」の影響があったそうです
まず遠山正道さんは今の森岡書店銀座店をひらく後押しをしてくれました。森岡さんは以前、東京の茅場町で森岡書店を運営していました。この時の森岡書店は、古本を取り扱いつつ、空いているスペースでは出版記念イベントなどを行う普通の書店。この店舗が10年目を迎えた際に、森岡さんは次の10年は新しいことを始めようと森岡書店を「一冊の本を売る書店」にしようと思いつきます。ただ周りの人にこのコンセプトを話すと、「やめた方が良い」「リスクが高い」と、否定的な意見が多かったそうです。しかし、遠山さんにプレゼンを行ったところ、「それはやった方が良い」と賛成してくれたそうです。
遠山さんには事業を行う際、4つのポリシーがあるそうです。
- それは本当に好きなことか。やりたいことをやっているか。
- そこに意義があるか。
- 他にやっている人が居ないか。
- 独りよがりではないか。その事業に公共性があるか。
このポリシーに、森岡さんの「一冊の本を売る書店」のアイデアが合致したため、森岡書店はスマイルズからの出資を受け株式会社化し、事業を進めていくことになりました。
また、もう一つの経緯としてあげられた「アトム書房」は、原爆の影響で荒れ地となった広島に突如現れた書店で、米軍相手に古本やガラス片などを売っていました。
2011年の福島での原子力発電所事故を受けて、森岡さんは、いまこそアトム書房復活のときなのではという思いで、最初の頃は「一冊の本を売る書店」+「アトム書房」というコンセプトで事業を進めていたそうです。しかし、遠山さんとも話し合った結果、そのコンセプトでは話題性は見込めますが、未だに被爆者手帳をお持ちの方もご存命であることも踏まえて、「アトム書房」というアイデアは切り離して、「一冊の本を売る書店」というコンセプト一本で進めていくことになったそうです。ただ、「アトム書房」に対する想いとして、毎年8月は戦争に関する書籍を取り上げることにしているそうです。
森岡書店から派生した活動
冊の本を売る事業を行っていると、会いたい人に会うことができるというのが一番の喜びだと、森岡さんは語ります。
森岡書店銀座店が開店した際、海外、特に東アジアからの反響が大きかったそうです。書店という古くなりつつあるものを新しいメディア、人々とのコミュニケーションツールに昇華したと捉えられたことが、注目されたポイントだそうです。森岡さんには海外からの講演などの仕事の依頼が相次ぎました。
また、森岡書店での事業を続けていく過程で、出版社、編集者とのつながりがうまれ、本を書きませんか?と提案されることも増えたそうです。森岡さんはもともと文章を書くことが好きだったこともあり、絵本や随筆、書評など、様々な書籍が出版されています。その一方で、森岡さんはWikipediaや他の紹介にも書かれがちな「文筆家」という肩書は腑に落ちないようで、書き換えたいと仰っていました。
勘違いや思い込みのちから
森岡さんは勘違いや思い込みから始まる会話や出会いの力についても触れていました。
勘違いや思い込みから始まるコミュニケーションが後々大きなことになった事例は、茅場町にあったかつての森岡書店でも起きました。
当初、ただの古本屋として営業していた森岡書店茅場町店の売上が振るわず、店を畳もうかと考えていました。その折、行きつけの喫茶店に行くと、店主から、「森岡さん!あっち!」とジェスチャーで示されましたそうです。その方向には一人の婦人が座っており、森岡さんはこの方を紹介されたと思い、彼女に古本屋の事業の悩みを相談したそうです。すると彼女から店の空きスペースで出版イベントを行うのはどうかと提案され、うまく話が進みました。実は喫茶店の店主は森岡さんに邪魔だからどいてほしいとでジェスチャーしたそうですが、この勘違いから生まれた出会いが今の森岡書店の事業につながりました。偶然の出会いは、とてつもない力を秘めていますね。
ソール・ライター日本関係蔵書展について
森岡さんは、展覧会のキュレーションの仕事にも携わっており、、「ソール・ライター日本関係蔵書展」もその一つです。
ソール・ライターという人物は、1940年代から50年代にかけて写真家として大成した後、作品を発表することをやめ、最愛のパートナーのためだけに写真を撮り、絵を描きました。2000年代初頭、再度脚光を浴び、日本でも展覧会が開催されました。
森岡さんは、ソール・ライターのように、一人の愛する人のために制作することが、大きな力になると語ります。
まとめ
質疑応答では、森岡さんのそのユニークな考え方や森岡書店の展示についての質問が多くありました。そのなかで、森岡さんが特に強調していたことの中で、
「森岡書店で選ぶ本や人は、偶然の出会い由来のものが多い。遠い未来の展覧会の計画をするよりも、今、森岡さんがこの場で話していることが、5年後、10年後に繋がるから、今を一番大切にしている。」と語られたことがありました。
今回の講義を聞いて、森岡さんのように、自分のやりたいことを真っ直ぐに突き詰める人は、様々な面白いことを引き寄せるのだろうなと感じました。たまたまのように感じる出会いであっても、遠いどこかで繋がっていて、なかば必然的に出会っているように思えます。
森岡さんが、森岡書店やその他の活動を通して行ってきたコミュニケーションは、どれも森岡さんだからこそ出来たコミュニケーションのように感じました。
筆者自身も、先のことを考えるだけではなく、今の、今だからこその出会いを大切に、自分のやりたいことを追いかける人生を目指したいと思いました。