野中麻衣(2024年度選科A/社会人)
科学技術コミュニケーションに関わる主要なステークホルダーの立場について理解を深めるモジュール5。3回目の講義となる今回は、ファシリテーションやサイエンスコミュニケーションのテクニックを活用し、市民の“わかる”と“知る”をサポートしているNPO法人「市民と科学技術の仲介者たち」1)代表理事の大浦宏照先生にお越しいただきました。
大浦先生のご本業は地質調査を専門とするエンジニアです。特に自然災害に関する調査を行ってきた経験を通して、約15年前から市民防災教育活動に従事されています。またCoSTEP 9期の修了生でもあり、CoSTEPで出会った仲間とともに、約10年前から高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する勉強会を企画・運営されています。本講義では、「科学技術にまつわる不安との付き合い方」と題し、大浦先生がこれまで行ってきた市民防災活動支援と高レベル放射性廃棄物処分に関する対話活動の事例をもとに、科学技術にまつわる不安の根源と、不安へのアプローチについてお話いただきました。
市民防災活動支援と不安・恐怖をあおることの危険性
エンジニアとして自然災害の調査に関わってきた大浦先生。あるとき、「これまで調査はしてきたけれど、被災者とは話したことがなかった」「何のためにこの仕事をしているのだろう」という気づきをきっかけに、市民防災教育の活動を始めたと語ります。市民防災活動とは何なのか、講義では、その事例と併せて紹介されました。
市民防災活動支援について
大浦先生の組織「市民と科学技術の仲介者たち」は、主に町内会や市民団体、学校や市区町村の依頼を受けて防災活動を支援しており、避難所運営ゲームなど多数のツールを作製しています。また活動の担い手によって得意分野が違うことから、企画・運営にあたっては共同が効果的であるといいます。以下では、講義で紹介された支援活動の一例を紹介します。
(事例)テレビ塔で防災キャンプ2)
札幌市にある大通公園を中心に、地震を想定した危険箇所の検討を行う街歩きと、テレビ塔下にてテントを張って避難所生活を体験する企画。札幌国際芸術祭のスピンオフ企画であり、NPO法人「札幌オオドオリ大学」3)と共同で開催されました。ターゲットは20~40代の市民。防災イベントは、町内会などに所属する比較的年配の方々、子どもたちの順で参画機会が多く、それ以外の層をどうリーチするかが課題であることも踏まえ、本事例のようなイベントが実施されました。
内閣府においても、自らの命は自らが守るという意識を持ち、主体的に避難行動をとることが重要と位置づけられており4)、市民防災教育は命の大切さを伝える重要な活動であるといえます。
不安・恐怖をあおることの危険性
上記のような市民防災活動では、そのリスクを考えてもらうことを目的として、自然災害の怖さについても語られます。ゆえに、警告を含むような活動では、参加者をただ怖がらせて終わりにしないことが重要です。単に怖がらせることは、不安・恐怖を増幅させたりトラウマになったりしてしまうだけでなく、安易な解決方法に飛びついてしまう、不安・恐怖に慣れてしまうなどの、当初の趣旨とは異なる方向へ参加者を向かわせてしまう可能性をはらんでいます。したがって警告を含む活動においては、解決策などを明確でなくても提案することが求められます。
地層処分事業と科学技術にまつわる不安
大浦先生は数多くの支援活動を行うなかでCoSTEPの存在を知り、そこで出会った方々とともに、地層処分事業に関する対話の場のファシリテーターとして活動しています。ここではその経緯と、ご経験をもとにした科学技術にまつわる不安へのアプローチの仕方について述べていきます。
地層処分とは
原子力発電所から出た使用済み核燃料を再処理すると、強い放射線を出す廃液(高レベル放射性廃棄物)が発生します。これをガラスと混ぜて固め、地下深くの安定した岩盤に閉じ込める方法のことを“地層処分”5)と呼びます。地層処分事業は世界各国で取り組まれており、日本では原子力発電環境整備機構(NUMO)が実施主体となって、処分地選定のための文献調査を行っています。処分地選定のプロセスには、調査を行う地域の住民との対話が必須であり、たびたび説明会や対話の場が設けられています。
地層処分事業に関わった経緯
2014年ごろ、“対話”という言葉は「テーブルを囲んで話をすれば対話」というように都合よく使われがちであったこと、また対話の場においてファシリテーターの認知度が低かったことが問題視され始め、さまざまな担い手からファシリテーターの重要性が訴えられるようになりました。これを機に、2018年ごろ、国は事業としてファシリテーターの育成に乗り出します。その後、2020年に北海道の2つの地域で処分地選定のための文献調査が開始されました。大浦先生らは、以前、カフェバーやダンスクラブを会場とした若い世代向けの地層処分に関する対話の場を企画・運営したご経験もあり、文献調査開始の翌年からファシリテーターとして本格的に地層処分事業に関わり始め、現在に至ります。
科学技術にまつわる不安
例えば新しいワクチンにおいてはその長期的影響が誰にも分からないことなど、科学技術に対する不安の程度は、主題や捉える人によって異なります。地層処分に関する対話の場でも住民のさまざまな不安や不信がみられ、はじめは場を成立させることすら難しい状況であったといいます。これは、これまでの原子力に関わる対話のなかで、地域住民にとって難解な事柄をすべて説明しようとしたり、逆に過剰に情報を絞り込んだりすることで、住民の不十分な理解と不安・不信を助長してしまっていたことが要因として挙げられます。
不安へのアプローチ
科学技術にまつわる根底的な不安の種類は、人や組織、データや理論が信じられない、言葉や用語の意味が分からない、そもそも見たり聞いたりしたくないなど、バリエーションに富みます。つまり「不安」は属人的であり、画一的なアプローチは通用せず、対応マニュアルを作ることも困難であるといえます。したがって対話の場においては、不安が生じている理由を探り、必要とされている情報は何かを見極める必要があります。そのためには、じっくり時間と手間をかけて対話的活動を行うことも重要です。
おわりに
大浦先生は、講義の結びに、慎重にデザインされた対話が不安や不信の解消に役立ち、それには非常に手間と時間と忍耐力を要すること、知識や権力のある人は、市民に分かるように伝える責任と努力が問われていることを指摘します。筆者は原子力関連の業務を行っており、先の鋭い指摘にドキッとさせられました。業務歴が浅かったり、本人が知識不足だと感じたりしていたとしても、外から見れば筆者は専門家であることにほかなりません。また原子力に関しては、福島第一原発事故やALPS処理水の海洋放出、原発の運転期間延長の是非など、地層処分以外にも多くの課題を抱えており、国民にとって大きな関心事であると感じています。そんななかで、原子力への不安にどう対処し、組織内外に働きかけていくべきか。当事者として、そして科学技術コミュニケーションを学ぶものとして、考え行動し続けたいと思いました。
注・参考文献
- 特定非営利活動法人 市民と科学技術の仲介者たち: https://mecst.org/、(2025年1月16日閲覧)
- ほっかいどうの防災教育 Facebook: https://www.facebook.com/hokkaido.bousaikyouiku/posts/347108168791402/(2025年1月16日閲覧)
- 札幌オオドオリ大学:https://odori-univ.net/、(2025年1月16日閲覧)
- 内閣府 防災情報のページ:https://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/jumin_hinan.html、(2025年1月16日閲覧)
- 原子力発電環境整備機構 「イチから知りたい!地層処分」:https://www.numo.or.jp/chisoushobun/ichikarashiritai/、(2025年1月16日閲覧)