植田康太郎(2025年度ライティング編集実習/学生)
モジュール1-2では、「コミュニケーションを改めて考え直す」というテーマのもと、北海道大学 大学院教育推進機構 リカレント教育推進部 特任教授兼CoSTEPフェローの種村剛先生による講義が行われました。本講義では、そもそも科学技術コミュニケーションとは何か、そして、その目的についての説明がありました。

1.科学技術コミュニケーションとは何か
そもそも科学技術コミュニケーションとは何でしょうか。この問いに対し、種村先生は「自然や科学技術を対象とした、特定の目的を達成するためのコミュニケーション」と定義づけました。ここで、重要なのは科学技術コミュニケーションというものは、「自然や科学技術についてのコミュニケーション」という点だけでなく、「特定の目的を達成するためのコミュニケーション」であるという点です。では、ここでいう「特定の目的」とはなんでしょうか。科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンターが作成した『科学コミュニケーション案内』によれば、以下のようなものが該当します1。
- 関心喚起・文化的享受
- 教育・啓蒙、行動変容
- 信頼醸成、相互理解
- 問題・期待・懸念・論点の可視化・議論構築
- 問題解決の探索、未来ヴィジョンの形成
- 和解と回復
さらに種村先生は、「科学技術コミュニケーターの役割は、さまざまなステークホルダーを“つなげる”ことにある」と強調しました。研究者、行政、教育機関、市民、そしてメディアなど、多様な立場を持つ人々の間にコミュニケーションの場をつくることで、先ほど説明したような、それぞれの目的を達成するための橋渡しを行うのが科学技術コミュニケーターの使命だといえるでしょう。
2.コミュニケーションとは何か
次に、科学技術コミュニケーションについて考えるうえで、「コミュニケーションとは何か」についての説明がありました。

「コミュニケーション(communication)」とは語源的には、「分かち合うこと」という意味のラテン語「コミュニカチオ(communicatio)」、あるいは、「共通の」「共有の」を意味する形容詞「コミュニス(communis)」が由来であるとされています。
さらに、コミュニケーションとは、「人間が対人関係のなかで互いの意思、感情、思考を伝達しあい、理解しあうこと」(『現代社会学事典』より一部抜粋)と定義されています2。この定義に書かれている要素である意思、感情、思考は、それぞれが私たちの行動や態度に深く関わっています。特に、科学技術コミュニケーションの観点でいうと、意思は「行動変容」の促進、感情は「科学の面白さ」を伝える、思考は「科学リテラシー」の向上に対応しています。
種村先生は、これら3つを記号に置き換え、メッセージとして他者に伝えるという点がコミュニケーションの基本構造であると述べました。
さらに、コミュニケーションの理解を深めるためには、シャノンとウィーバーが提唱した送り手からの一方向的な伝達形式である「伝達モデル」だけでなく、受け手の文脈(コンテクスト)や価値観に寄り添う形式の「理解モデル」を意識することが求められます。
伝達モデルの考えでは、「科学の知識をわかりやすく正確に伝えること」が科学技術コミュニケーションにおいて必要であるとされますが、それだけでは不十分です。伝達モデルだけでなく、理解モデルにおける「コンテクスト」について理解し、対話の場づくりが必要なのです。
伝達モデルと理解モデルの両方を意識することが、科学技術コミュニケーションにおいて大事と種村先生は強調しました。
3.科学技術コミュニケーションとコミュニケーション
ここでは、さらに一歩進んで、科学技術コミュニケーションにおける「相互行為」と「構成主義」について考えます。相互行為とは、互いの行為に反応しながら関係性が構築されていくプロセスです。
構成主義的な視点に立てば、意思や思考、感情といったものは個人の内部だけにあるのではなく、相互行為の中で生み出されると考えます。ここで、種村先生は最近の生成AIとの会話体験を例に以下のように話を続けました。
「生成AIには感情があったり、思考があったり、意思を持っていたりすることはありませんが、私たちは生成AIとのやり取りの中でまるで”通じ合っている”と感じる瞬間があります。これは、対話の中で意味が構成されている例と言えるでしょう。」(筆者の要約を含む)
また、科学技術コミュニケーションにおいて、対話的であることが評価される傾向がありますが、必ずしも一方向的な情報提供が無価値であるとは限りません。今回の講義形式のように先生が一方向で話すことも、目的に即していれば立派な科学技術コミュニケーションです。重要なのは「目的に対して適切な手段を選ぶ」ことであり、方法の優劣ではありません。
さらに、種村先生は「科学技術コミュニケーションそれ自体が目的になる」可能性にも言及しました。これまで科学技術コミュニケーションは先ほど説明したように、特定の目的のために行われるものでした。つまり、「手段としての科学技術コミュニケーション」です。
一方で、コミュニケーション自体を目的とした科学技術コミュニケーションとは、例えば、熊の駆除についての10年間の対話があります。熊の駆除賛成派と反対派が、最終的に合意に至らなかったとしても、対話が続いたという事実そのものに価値があります。対話を通じて相互理解が深まり、対立が暴力に発展しないこと、それ自体が社会にとって重要な成果なのです。
しかしここで注意すべきなのは、「対話すればそれで良い」という「対話ウォッシュ」に陥る危険性です。「対話ウォッシュ」とは、「対話をした」という過程を見せながら、実際には結論ありきのコミュニケーションを行うことをさす種村先生の造語です。コミュニケーションそのものに価値があることを利用して、コミュニケーションを手段化することを意味します。この「対話ウォッシュ」は、コミュニケーションの価値を毀損するものであり、避けなければならないと種村先生は言います。
まとめ
最後に種村先生は、特に科学技術コミュニケーションを学び直す社会人の方に、学びへの向かい方について説明しました。
学びへ向かう際に重要な考え方は、「誰も答えを知らない問いというものが存在する」ということです。学習というものは「経験による比較的永続的な行動の変容」「知識や技能の獲得」と説明できます。
最後に、種村先生は以下のように述べ、講義を終えました(筆者の要約を含む)。
「たしかに、学習を通じて今まで答えられなかった問いが答えられるようになるということは重要です。ただ、それだけでは、AIやインターネットがあればできるでしょう。CoSTEPの参加者には、それだけでなくCoSTEPの仲間といっしょに、試行錯誤しながら”誰も答えを知らない問い”に挑戦してほしいと考えています。そのためには、アンラーンの態度、日々の振り返りノートの作成、そして失敗を恐れずに行動する心をもってほしいと考えています。」

私自身、これまで、科学技術コミュニケーションについての勉強はしてきました。しかし、今回種村先生の講義を聴いて、あらためて、科学技術コミュニケーションという用語が社会学的には、どのように定義されうるのか。そして、科学技術コミュニケーションにおいて、どのようなモデルが適用されるのかについて知ることができました。

注・参考文献
- 科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンター , 2015, 『科学コミュニケーション案内』, https://www.jst.go.jp/sis/archive/items/brochure_01.pdf (最終閲覧日:2025年6月16日)
- 大澤真幸・吉見俊哉・鷲田清一編集委員・見田宗介編集顧問, 2012, 『現代社会学事典』弘文堂, 453-455