実践+発信

146サイエンスカフェ札幌 in NHK札幌「ようこそ めくるめく夢の世界へ 〜“夢をみるのしくみ〜」を開催しました

2025.12.30

2025年12月19日、NHK札幌8Kスタジオにて、第146回サイエンス・カフェ札幌 in NHK札幌「ようこそ めくるめく夢の世界へ 〜“夢をみる脳”のしくみ〜」を開催しました。

今後、カフェの模様を動画で公開していきます。

私たちは毎晩、枕に頭を沈めると、意識の世界からログアウトし、不思議な物語の世界──「夢」へと旅立ちます。 空を飛ぶ夢、追いかけられる夢、あるいは懐かしい誰かと話す夢……。人生の約3分の1という膨大な時間を「睡眠」に費やしているにもかかわらず、私たちはなぜ眠るのか、そしてなぜ夢を見るのかという根源的な問いに対して、いまだ明確な答えを持っていません。

今回のゲストにお迎えしたのは、北海道大学大学院理学研究院で睡眠・夢の研究に取り組む気鋭の研究者、常松友美(つねまつ ともみ)さんです。 研究者でありながら、「モーニング娘。」の熱烈なファンであり、ボクシングや秘湯めぐりも嗜むという常松さん。その多彩で親しみやすいキャラクターとともに、私たちはまだ見ぬ「夢の正体」を探る旅へと誘われました。

(ゲスト:常松友美さん/北海道大学大学院理学研究院 生物科学部門 行動神経生物学分野 准教授)

脳内の活動ステージ:レム睡眠とノンレム睡眠

夢の世界へ足を踏み入れる前に、まず解き明かさねばならないのが「眠り」そのものの仕組みです。

一晩の睡眠は、決して一様な状態ではありません。私たちは、「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」という、質的に全く異なる2つのステージを周期的に繰り返しています。この2つのステージを理解することは、睡眠の役割、特に「夢」の謎を解くための重要な鍵となります。

睡眠ステージは、主に脳の活動を測る脳波と、筋肉の緊張度を測る筋電位によって区別されます。

■覚醒(Wake)

  • 脳波:振幅が小さく、周波数が高い、活発な波形を示します。
  • 筋電位:筋肉は緊張状態にあり、高い活動を示します。
  • 特徴:意識がはっきりしており、脳も体も活動しています。

■ノンレム睡眠(Non-REM Sleep)

  • 脳波:ゆっくりとした大きな振幅の波形(徐波)が特徴で、脳の活動が低下していることを示します。
  • 筋電位:覚醒時よりは低いですが、ある程度の緊張は保たれています。
  • 特徴:深い休息状態です。この段階で「意識の消失」が起こります。

■レム睡眠(REM Sleep)

  • 脳波:覚醒時と非常によく似た、活発な波形を示します。
  • 筋電位:完全に消失し、首から下の筋肉は完全に弛緩(力が抜けた状態)しています。
  • 特徴:脳は活発に活動しているにもかかわらず、体は深く眠っているという逆説的な状態です。鮮明なストーリー性のある「夢見」が、主にこの段階で起こると考えられています。

一晩の眠りの中で、私たちの脳はこれらの異なるステージを、約90分の周期でダイナミックに繰り返しています。では、脳はどのようにして、これほど異なる状態を正確に制御しているのでしょうか。その謎を解く鍵は、脳の奥深くに隠された神経回路にあります。

(スマートウォッチで測定された睡眠スコアについて解説する常松さん。最近では、測定している方々も多いのではないでしょうか?)

脳内の「シーソー」が、私たちの「寝落ち」を支配している

そもそも「眠っている」とはどういう状態を指すのでしょうか。科学的な定義では、「外部の刺激に対する反応が低下しているが、意識を失っているだけであり、強い刺激があれば容易に目覚めることができる状態(可逆性がある)」とされています。

では、私たちの脳は、どのようにしてこの「覚醒」と「睡眠」を切り替えているのでしょうか。常松さんがスクリーンに映し出したのは、「シーソー(フリップフロップ回路)」という非常に分かりやすいモデルでした。私たちの脳内、特に視床下部や脳幹といった深い部分には、2つの対立する神経グループが存在しています。

  • 1.覚醒中枢(モノアミンニューロンなど):脳をシャキッと覚醒させる神経
  • 2.睡眠中枢(GABA作動性ニューロンなど):脳を鎮め、眠らせる神経群

これらはシーソーの両端に乗っているような関係にあり、互いが互いを抑制し合っています。 覚醒側が強いとき、睡眠側は押し上げられて「ON(起きている)」になります。逆に睡眠側が強いとき、覚醒側が押し上げられて「OFF(眠っている)」になる。このシーソーがパタン、パタンと小気味よく切り替わることで、私たちは「起きている」か「眠っている」かのメリハリある状態を維持できているのです。

もし、この回路が中途半端に働いてしまうとどうなるでしょう? 私たちは常に、眠気と覚醒の狭間のような、ぼんやりとした不安定な状態をさまようことになってしまいます。この「パタン!」という素早い切り替えこそが、良質な睡眠と覚醒の鍵なのです。

【コラム:暮らしに役立つ眠りの豆知識】
睡眠中枢である視索前野は、実は体温を調節する体温中枢も兼ねています。入浴などで就寝前に体温を一時的に上げると、脳は体温を下げようと働きます。この時、体温を下げる役割を持つ睡眠ニューロンが活性化するため、スムーズな入眠に繋がります。寝付きが悪いと感じる方は、試してみてはいかがでしょうか。

シーソーの重し役?「オレキシン」と、突然スイッチが切れる病

この精巧なシーソーシステムにおいて、決定的な役割を果たしている物質があります。それが、1998年に日本の研究者(櫻井武氏ら)によって発見された「オレキシン」という神経ペプチドです。

オレキシンは、いわば「シーソーの重し」です。 覚醒側のシーソーにぐっと体重をかけて乗ることで、スイッチが勝手に睡眠側へ傾かないように安定させる──つまり、「覚醒状態を維持する」ための強力な留め金としての役割を担っています。 私たちが日中、会議中や授業中に多少眠くなっても起きていられるのは、このオレキシンが必死に覚醒スイッチを押さえ込んでくれているおかげなのです。

では、もしこのオレキシンがなくなってしまったら? その答えは、「ナルコレプシー」という睡眠障害の研究から明らかになりました。 ナルコレプシーの患者さんは、オレキシンを作り出す神経細胞が失われていることが分かっています。その結果、シーソーを安定させる「重し」がなくなり、覚醒と睡眠のスイッチが極めて不安定になってしまいます。

  • 大事な商談中や食事中であっても、突然耐えがたい眠気に襲われて眠り込んでしまう(睡眠発作)
  • 大笑いしたり驚いたりして感情が高ぶった瞬間に、全身の力が抜けて倒れ込んでしまう(情動脱力発作)

これらはすべて、オレキシンという「支え」がないために、脳内のスイッチが意図せず「睡眠(特にレム睡眠)」側へとパタンと倒れてしまうことで起きる現象なのです。

常松さんらは、「光遺伝子学(オプトジェネティクス)」という最先端技術を駆使し、この仕組みを実証してきました。 これは、特定の神経細胞に、光に反応するタンパク質を組み込み、光ファイバーで脳内に光を当てることで、その神経活動をミリ秒単位で自在にON/OFFできるという画期的な技術です 。

会場で紹介された実験動画では、 ケージの中を元気に走り回っていたマウスに、研究者が緑の光を当ててオレキシン神経の活動を強制的に抑制しました。その瞬間、マウスは突然パタリと動きを止め、すぐさま睡眠状態へと移行してしまったのです。まるでSF映画のように「意識のスイッチ」が切れる瞬間。脳内の電気信号や化学物質こそが私たちの「意識」の正体であることを、まざまざと見せつけられる光景でした。

「夢を見た」といえる手がかり?「PGO波」というキーワード

イベントの後半、いよいよ本題である「夢」へと話が進みます。 「動物も夢を見るのか?」──この問いに科学的に答えるには、大きな壁が立ちはだかります。それは、「動物は夢の内容を語ってくれない」ということです。人間なら「昨日は怖い夢を見たよ」と言葉で報告できますが、マウスはそうはいきません。主観的な報告に頼らず、客観的なデータだけで「今、こいつは夢を見ている!」と証明しなければならないのです。

そのための「動かぬ証拠」として常松さんが注目したのが、「PGO波(Ponto-geniculo-occipital wave)」と呼ばれる特殊な脳波です。この脳波の名前は、信号が伝わる3つの脳部位の頭文字をとったものです。

  • Pons(橋):脳幹の一部
  • Geniculate(外側膝状体):視覚情報の中継地点
  • Occipital(後頭葉):視覚野がある場所

通常、私たちが起きているとき、「見る」という行為は、目(網膜)から入った光の情報が、中継地点である「外側膝状体」を通って、脳の後ろにある「後頭葉(視覚野)」へ届くことで成立します。ところがPGO波は、目を閉じて寝ているにもかかわらず、脳の深部(橋)から勝手に発生し、視覚システム(外側膝状体→後頭葉)へと信号を送り込みます。 つまり、外部からの入力がないのに、「脳が内部から視覚回路をハッキングし、勝手に映像を再生している状態」を作り出しているのです。これこそが、私たちが夢の中で見る、ありありとした鮮明な映像の正体だと考えられています。

これまで、ネコなどではこのPGO波が確認され、夢との関連が示唆されてきました。

しかし、現代の脳科学研究の主役である「マウス」は脳が小さく、深部の脳波を正確に記録することは技術的に極めて困難とされてきました。 常松さんは、最新の電極技術と執念とも言える試行錯誤の末、ついに世界で初めてマウスにおけるPGO波の記録に成功しました(Tsunematsu et al., eLife 2020)。

スクリーンに映し出された波形データには、レム睡眠(夢を見る睡眠)のタイミングに合わせて、赤い矢印で示されたスパイク状の「PGO波」が頻繁に、そして激しく発生している様子がくっきりと刻まれていました。一方で、深い眠り(ノンレム睡眠)の時にはこの波はほとんど現れません。 それは、物言わぬマウスの脳内で、確かに視覚野が激しく活動し、「何らかの映像体験」が再生されていることを示す証拠であるといえます。

さらに興味深いことに、このPGO波は「記憶の整理」にも関わっている可能性があります。不要な記憶を消去することで、脳内の情報の「S/N比(信号対雑音比)」を高め、重要な記憶だけを定着しやすくしているのではないか、という仮説です 。私たちが奇妙な夢を見るのは、脳が大掃除をしているときに出る「ノイズ」のようなものなのかもしれません。

「夢の中身」まで解読できる未来へ

会場の熱気が高まる中、参加者からはMentimeter(リアルタイムアンケートツール)を通じて多くの鋭い質問が寄せられました。

Q. なぜ「マウス」を使って研究するのですか?

A. 遺伝子を改変する技術が非常に発展しており、特定の神経(ニューロン)を活性化させたり無くしたりといった操作が容易にできるためです 。 実は私はマウスアレルギーがあり、かなり大変な状態で研究をしているのですが(笑)、科学的な検証を繰り返すためにはマウスを活用しています。

Q. 授業中にどうしても眠くなってしまいます。対処法はありますか?

A. 感情が覚醒を促すっていう話をしましたが、どこかに楽しみを見つけることがいいと思います。あと、暖かいと寝ちゃうので。眠たくなるのは意思ではないんです。

Q. 生まれつき目が見えない人も夢を見るのですか?

A. 非常にいい質問だと思います。私もすごく気になって調べたことがあるのですが、視覚的な夢を見ることはできませんが、夢自体は見ています 。 なんだかちょっと触れたとか、音が聞こえたとか、そのような夢を見るときいています。

Q. 夢の内容に年齢差はありますか?(加齢により変化しますか?)

A. おそらく研究ではそこまでちゃんと調べられていないじゃないかなと思います。たとえば、赤ちゃんはほとんどレム睡眠(夢を見る睡眠)をとっていますが、(マウスと同じように)答えてくれないんですね。またこれも、ジレンマですね。

Q. 夢の内容と、その人の心理状態や健康状態に関係はありますか?

A. 関係あると言われています。精神的に疲れている時は怖い夢を、ポジティブな性格の人は楽しい夢を、心配性な人は不安な夢を見やすい傾向があるそうです。私はポジティブなので、楽しい夢をよく見ます。

Q. 夢を覚えていても、3日ほど経つと忘れてしまうのはなぜですか?

A. 夢は、積極的に忘れるように脳の仕組みができています。ただし、何でそうなっているのかはわからないんです。ここからは私の持論なのですが、夢と現実の区別がつかなくなるのを防ぐために、脳が積極的に忘れさせているのだと考えています。たとえばもし、夢の内容をずっと覚えていたら、「あれ? 論文書き終わったはずなのに(それは夢だった)」といった、夢と現実がごっちゃになってしまいます。たぶん、それは生きていくうえで戦略的によくないので、記憶には関与していても、あえて積極的に現実には覚えておかないようにしているとうことが私の考えです。

Q. ノンレム睡眠(深い眠り)の時は夢を見ないのですか?

A. 実はノンレム睡眠の時も夢を見ています 。 レム睡眠の時の夢はストーリー性があり奇想天外なものが多いですが、ノンレム睡眠の時の夢は「喉が痛い」「お腹が空いた」といった、思考的で断片的なふっと出てくるという風に言われています。

Q. PGO波を操作することで、夢を自由にコントロールできますか?

A. まさに今、それを研究しています 。 光を使って神経を操作する技術(オプトジェネティクス)を用いて、PGO波を人工的に増やしたり減らしたりする実験を行っています 。それによって夢がどう変化するか、その後の記憶にどう影響するかを検証している段階です。

【コラム:今後の夢研究の可能性】

  • 記憶メカニズムの解明:昔から「睡眠は記憶の定着に重要だ」と言われていますが、その詳細なメカニズムは未だ謎に包まれています。夢を見ている間の脳活動が、日中に経験した情報(短期記憶)を取捨選択し、重要なものだけを長期記憶として脳に刻み込むプロセスに、どのように関わっているのか。PGO波の研究は、この夢と記憶の密接な関係を解き明かすための鍵となります。
  • 新たな治療法への道:夢の中で鮮やかなイメージを見る仕組みは、私たちが起きている時に過去の出来事を思い出す(イメージを想起する)仕組みと、多くの部分を共有していると考えられています。この「イメージ想起メカニズム」の解明が進めば、それが破綻することによって引き起こされる様々な精神疾患の治療に繋がる可能性があります。
    (治療の可能性例)
  • 心的外傷後ストレス障害(PTSD): 突如として過去の辛い記憶が蘇る「フラッシュバック」のメカニズム解明と治療法開発。

実は、参加者の質問の中で最も多かったのは「今後の常松さんの「夢」は何ですか?」というもの。常松さんの今後の展望は、「どんな夢を見ているのか?」、その中身まで明らかにすること。そのために、現在は情報科学の研究者との共同研究によって、AI技術等を活用して神経活動パターンからの画像復元に挑んでいるとのことです。どのように研究をしているのか……それは、当日参加した方だけの特別な内容として扱われました。

マウスが見ている「夢の映像」をディスプレイに再現する──そんなSFのような未来も、決して夢物語ではないことに、会場内には期待と驚きの混じった空気が広がりました。

「まだ“0.1%”」の真意

会の終わり、「現在の科学で、夢のことはどのくらい分かっているのでしょうか?」という問いかけに対し、常松さんは潔く、しかし力強くこう答えました。

――「“0.1%”くらいです。むしろ、0.1%と言うのもおこがましいくらい。夢は、まだまだわからないことばかりです」 

「まだ0.1%」と言い切るその姿勢。それは、夢という現象の底知れぬ奥深さと、これから広がる科学の未踏領域の高大さを物語ってくれました。

1時間半にわたった今回のサイエンス・カフェ札幌 in NHK札幌は、驚きと発見、そしてさらなる謎へのワクワク感に包まれて幕を閉じました。私たちが毎晩見る、脈絡のない不思議な夢。 今夜布団に入って目を閉じたとき、その裏側では、オレキシンがスイッチを切り替え、脳波PGO波が関係している──そんな脳内の壮大なドラマに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

今後、常松さんの研究が、その夢の謎をさらに解き明かしてくれることだろう、そんな期待と楽しみに溢れた、今回のサイエンス・カフェ札幌でした。常松さん、ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!

(ゲスト常松さんと、企画・運営を行ったCoSTEP教員・受講生)

常松さんが9歳のころに見たNHK番組「NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体2 脳と心」。NHKのご協力のおかげで、特別に今回見ることができました。
参加者から事前に募集した「いままで見た印象的な夢」を題材に、映像化。会が始まる前までにお楽しみいただきました。
受付の様子。当日は、中学生も参加していただきました。どうやら、学校の授業で「夢」について探究中のよう。何年か後、常松さんの研究をさらに発展する研究の担い手になっているかもしれません。
企画特別フォトフレームを用意しました。開始前にパシャリ!

【参加者からの感想(自由記述、一部抜粋)】

  • 夢の世界はまだまだ解明されていないことがよくわかりました。とても楽しかったです。早く自分のみた夢を実際に映像でみてみたいです。新しい研究につながるととてもうれしいです。
  • 夢の研究がすすんでいることがわかった。でも0.1%。夢と記憶のむすびつき、これからの研究に期待。
  • なぜ眠るのか?もまだ分かってないというのが驚きだった。科学的な研究の難しさが分かった。
  • 知らないことをいっぱい知れた!すごく気になってきたキーワードだった
  • 発展した科学の中で脳は未知であると感じましたし、夢のジレンマを聞いて少し落胆(?)しましたが、解明のために様々な手法をされていて、苦労を感じました。研究が楽しそうな常松さんを見て、私もポジティブに熱心になれるものを見つけたいと思いました。
  • 毎日のように見る夢ですが、実は非常に奥が深いものと感じました。
  • 夢に全く詳しくない私でも楽しめました
  • 久しぶりにサイエンスに触れて新鮮でした。
  • 夢も学術的に研究されていることを初めて知り、とても興味深く学べた
  • スクリーンが大画面なのでとてもきれいで見やすかった。開始前の動画がおもしろくて他の人の夢についてサイエンスカフェが始まる前にみれて楽しかった。ポスターのデザインの色合いがとても素敵だった。QRコードで質問できるのがよかった。

当日はNHKの取材も入りました。

2025年12月20日 【人はなぜ夢を見る? メカニズム解明目指す研究者が札幌で講演