第143回サイエンス・カフェ札幌は、『ゲノムのモヤモヤ切り取ると、~どこまでOK? ゲノム編集』と題し、誰にとっても身近なお米を例に、ゲノム編集という新たな科学技術について考えるものでした。私たちグラフィックデザイン実践演習(以降、グラ班)は、今回のサイエンス・カフェのチラシの作成を担当しています。カフェのワークショップでもお米のキャラクター(通称米キャラ)をたくさん使っていただいただけでなく、参加者の中にもチラシを見て参加を決めてくださった方がいらっしゃたりと、制作チームとしても嬉しい出来事がたくさんあり、貴重な経験をさせていただきました。
今回の記事では、このチラシ完成に至るまでの2ヶ月弱の道のりを振り返っていこうと思います。
21期本科グラフィックデザイン実践演習

対話班との初回ミーティング(2025/07/12)
今回のサイエンス・カフェを企画する、対話の場の創造実践演習(以下、対話班)の皆さんとの初めてのミーティングです。サイエンス・カフェの概要やコンセプト、チラシのイメージなどをご提示いただきました。タイトルは『ゲノムのモヤモヤ切り取ると、〜どこまでOK? ゲノム編集』。誰にとっても身近なお米をテーマに、ゲノム編集という科学技術について取り扱うとのことでした。ゲノム編集という科学技術に対して参加者がなんとなく感じている『モヤモヤ』を、意見の交流を通じて可視化してみようというコンセプトだそうです。

また、ゲノム編集技術の説明においては、よくハサミが用いられることから、「モヤモヤ」の文字にハサミを入れるようなデザインにしたい、とのことでした。いわゆるタイポグラフィと呼ばれるデザイン手法です。
全体のデザインとしては、まず米を扱うことが伝わること、ゲノム編集をよく知らない人にも興味を持ってもらえるようある程度ポップなテイストであること、一方でしっかりした科学技術も扱うことが伝わるようなポップすぎないデザインであること、といったイメージをお伝えいただきました。
ポップだが、ポップすぎない……。実のところ、ミーティングの前に池田先生からは『ポップな感じで』は大体言われる、そしてそれが一番難しい、と聞いていました。予想通り『ポップで』と言われるだけでなく、でもポップすぎてはいけない、ということでなかなかの困難が予想されます。
とりあえず、ヒントだけでも得ようとサイエンス・カフェの対象者について聞き込みをしてみました。対話班の最初の想定では、「高校生以上?ある程度大人」、ということでしたが、議論を続けていくうち、実際にお店などでお米を買う消費者であることが固まってきました。どのような人に届ければよいのかがわかったことは、かなり大きな収穫でした。
議論がある程度深まったところで、初回ミーティングは終了です。1週間後に次のミーティングを行い、そこでグラ班からラフ案をいくつか提案することになりました。
ラフ案制作
早速、グラ班全員で集まり、チラシの方向性を定めるためのラフ案の案出しに取りかかります。大体、4~5つの案を用意すると良いとのこと。とはいえ、白紙の状態から5つの案を出すのは簡単ではなく、かなりの時間を要しました。

まずはグラ班でサイエンス・カフェのコンセプトや、チラシに取り込むべき要素をじっくり話し合いました。タイトルを改めて分解して考えみると、『モヤモヤ』『切り取る』『どこまでOK?』の3要素をそれぞれどう表現するかが肝になってきます。加えて、モチーフの米、ハサミのタイポグラフィ、『、』の余韻、などなど、要素はいっぱいです。どのようなデザインにするにしても、これらの要素をすべて一つのデザインに取り込むのは不可能だろうということが、話し合いを通じて見えてきました。要素が整理されたことでメンバーの中でも少しずつイメージが膨んでいき、最終的にはモチーフや重視する点の異なる5つのデザインのイメージが固まってきました。
日を改めて集まって作業をしたり、各々家で作業をしたりしながら、最終的に出来上がったラフ案が以下の5つです。ここからは一枚ずつ簡単に話し合いの過程をご説明しますが、少し長いので、採用案の制作過程のみ読みたい方は次のセクションへ進んでもらっても大丈夫です!

1つ目の案は、タイトルから受ける印象と対象者をもっともシンプルに表現したデザインで、話し合いの中でも最初にイメージが固まりました。スーパーマーケットを舞台に、陳列された商品を選ぶシーンを描き、親しみやすい印象です。頭の中にある『モヤモヤ』によって遮られた視界が、ハサミによって切り取られ、視界が開けるような様子を描き、『モヤモヤ切り取ると、』を表現しています。
ポップでわかりやすいデザインですが、一つだけ問題点がありした。この状況で、お米は手にとって比較することはまずないだろう、ということです。モチーフの米が生きるようなデザインを考えることになりました。
そこで考えたのが、2つ目の案です。グラ班では天秤案と呼ばれていたこのデザインは、普通のお米とゲノム編集米を比較するような構図になっています。茶碗に盛られたお米を使うのであれば、モヤモヤは湯気で表現するのが面白そう、ということで、ご飯からでた湯気を生かしたタイトル配置になりました。
懸念点としては、ゲノム編集か、そうでないかという二者択一を迫るような構図になってしまっていることがありました。ゲノム編集作物にも、どの程度編集を行うかによってグラデーションがあり、「どこまでOK?」というタイトルともやや矛盾してしまう印象です。
「どこまでOK?」を意識し、ゲノム編集のグラデーションの部分を取り入れたのが、3枚目の『米バイキング』案でした。ゲノム編集度合いの違いをお皿の緑色のグラデーションで表し、そのどれを選ぶか?という状況を描いています。この案では、モヤモヤは頭の中のモヤモヤとして表現しています。
4つ目の案はこれまでとは少し異なり、カフェのもう一つのコンセプトである、話し合いを通じて意見や価値観を可視化する、という部分に注目する中で生まれてきました。お米のミニキャラ(米キャラ)が、ご飯を囲んで話し合いをしているシーンを扱うことで、ポップな印象を残しつつ、対話のコンセプトを表現しています。こうしたミニキャラを用いたデザインは、サイエンス・カフェ全体を通してワークショップなどにも活用できる点も魅力的です。
5つ目の案も、他とはやや異なる流れで生まれてきました。きっかけは、『切り取る』は、単にハサミで切るという意味だけでなく、ある特定の部分にフォーカスするといった意味でも使われることがあるよね、という雑談でした。そこで、絵や映像の構図を決めるあのポーズを採用し、心の中のモヤモヤにフォーカスするというデザインを作成しました。米も、茶碗に盛られた食べ物としての米ではなく、実際のゲノム編集技術の対象により近い作物としての稲をモチーフとしました。
これはイチオシのデザインというよりは、あえて少しずつずらしたモチーフを扱うことで、いろいろな解釈ができることを提示し、会のコンセプトなどより本質的な部分について話し合うきっかけになることを期待して、対話班の皆さんに提示しました。
対話班との打ち合わせの際には、各ラフ案に加え、それぞれの案が表現できること・できないことを表の形でまとめ、どの部分を重要視したいかひと目でわかるように工夫しました。

ちなみに、この時点でのグラ班の推し案は ④ 米キャラ案でした。実写のご飯を目立つ形で配置できて会のテーマが一目でわかり、対話を通じた学びのコンセプトも活かせています。もちろん、単純にミニキャラがかわいいというのもありました。ちょっとしたミニキャラはサイエンス・カフェ本番でも様々な場面で活用しやすいため一定の需要があることも池田先生から教えて頂きました。
第二回打ち合わせ (2025/07/26)

作成したラフ案から、どの案の方針で進めるかを決める、対話班との第二回打ち合わせです。対話班のみなさんもどの案にするかしばらく迷っていましたが、最終的には米キャラ案が採用されました。『話し合い』を通じてそれぞれが自分の価値観を理解することを重視したいということでした。スーパー案や天秤案のハサミのタイポグラフィも魅力的ということで、できる範囲で米キャラ案にもハサミのデザインを取り込れようということになりました。

決定案のブラッシュアップ作業 7/30-7/31
米キャラ案に確定したことで、この案をよりよいものに仕上げるべく、ブラッシュアップをしていきます。
まず必要なのが、背景色の検討でした。というのも、白背景ではお米や米キャラが目立たないだけでなく、モヤモヤも灰色にせざるを得ません。灰色のモヤモヤだと、湯気というより煙のように見えてしまいます。せっかくご飯があるので、ご飯の湯気に見えるようにモヤモヤは白くしたいところです。黄色や緑、オレンジ系などいくつかの背景色のバージョンを作成し、実際に大学のポスター掲示板に並べて比較したりして検討を行いました。グラ班の中では、黄色の背景が、暖色でかつ掲示板上でも目立つので良いのではないか、ということになりました。


背景色の他にもタイトルの配置を縦書きにするか、横書きにするかについては考える余地がありました。縦書きにすることで、「、」の余韻を生かした配置にできそうです。それ以外にも日付を海苔で表現することを考えてみたり、箸でつままれた米キャラを追加してみたりとさまざまなデザインのブラッシュアップ案が生まれ、よりよいものになっていきました。



また、単色バージョンに加えて、喫茶店やちゃぶ台などを背景においてより親近感を持たせるデザインも作成しました。

第3回打ち合わせ (2025/08/02)

様々なブラッシュアップ案を携え、第3回ミーティングです。対話班からは、背景色はやはり暖色系で、タイトルを縦書きにして「、」の余韻を活かしてほしい、とのことでした。また、背景を喫茶店やちゃぶ台とすることついては、生活感・現実感が出過ぎてしまうことを懸念されていました。ゲノム編集米は現段階では食卓に並ぶほど現実的な技術ではなく、カフェにおいてもあくまで架空のものとして取り扱うことを想定していました。そのため、実際の食卓に並んでいるような現実感のある背景は、コンセプトにそぐわないということでした。背景選び一つ方一つとっても、会のコンセプトの表現に重要な役割を持っていることが分かる一件で、非常に大きな学びになりました。
と、ここまでは良かったのですが、ここで大事件です。米キャラが米にたかる虫に見えないかどうか?という懸念が上がったのです。対話班の奥本先生によれば、お米や農作物を使ったチラシを作るときは、虫がたかっているように見えないよう、最新の注意を払うことが多いそうです。虫に見える理由を考えてみたところ、脚に節があることや、箸につままれたキャラが良くないのかも、ということになりました。正直なところグラ班は誰一人それを感じておらず、作成者以外の目を入れることの重要性を感じる出来事でした。
さらなるブラッシュアップ・ラフ案の完成 (2025/08/09)
さて、虫っぽさを減らすため、箸につままれたお米は泣く泣く断念。脚の節感も減らしました。加えて、他の米キャラは白い枠で囲う修正を行いました。これによって、米キャラがお米の上に直接立っている印象を弱め、現実とは異なるレイヤーに住む架空のキャラであることを強調しています。ちょっとした修正でかなり印象が変わります。

その他、米の配置や背景色のパターンもいくつか用意し、ほぼほぼ現在の形になってきました。以前提案していたちゃぶ台案も、背景を単色にすることで日常感を少しだけ弱め、復活させています。

最終的に対話版との話し合いにより、米は中央、背景単色の②に決定。これでラフ案は完成となります。次の工程はいよいよ実際に茶碗と米の撮影、そしてAdobeイラストレーターでの最終版作成です。
チラシ制作本番 (2025/08/20~2025/09/01)
ラフデザインが固まり、いよいよ最終版を意識した制作が始まります。まずは、主役である茶碗とお米の写真を撮る必要があります。みんなで持ち寄った茶碗に実際にお米をよそって写真を撮り、どれがチラシ映えしそうかじっくり吟味しました。茶碗の外側には模様がある方が全体として目立ち、茶碗の内側は模様がない方がお米が目立つことがわかり、最終的にはこの青い茶碗が選ばれました。
実際に写真を撮ってみてもう一つわかったのは、普通に撮っただけではお米はかなり暗く(美味しくなさそうに)見えてしまうということでした。Youtubeなどでお米が美味しく見える光の当て方を勉強し、光の配置を工夫、更にお米にオリーブオイルを混ぜ込むなどしてテカリをだし、明るく、美味しく見えるように写真を撮りました。

とはいえ、実際に写真を取り込んでみるとそれでもまだまだ暗く、少しだけ明度の調整も行っています。元々利用していた素材の方も、かなり加工が入っていたようです。普段見ているままのお米の写真を取っているはずなのに、自分たちのイメージする美味しそうなお米とは印象が異なるのは少し不思議でした。人は意外と頭の中でイメージを加工しているのかもしれません。
米を明るくしすぎると今度は白飛びし、つやつや感が消えてしまうため、米キャラ側の色を当初より暗くすることによって米が相対的に目立つような工夫も加えました。

さて、最も重要な写真が準備できたので、いよいよ最終版のチラシ作成です。元となるラフ案をさらに良くすべく、頭を捻ります。まず、背景画像が単色ベタ塗りなのは少々物足りないというのがメンバーの共通見解でした。色々試した末、ちゃぶ台案の際に使っていた和紙の様なテイストの壁紙を背景にすることになりました。これによって、チラシもかなり柔らかい印象になりました。
背景を決めたあと、タイトルなどのテキスト情報や米キャラたちの配置を調整しながら少しずつ完成系が見えていくなか、なんとなく色味の物足りなさや、立体感のなさも感じていました。これらは、青色の茶碗を選定したときに懸念していました。元々ラフ案で使っていたお米の素材では、茶碗に赤茶色の線が入っているのに対し、実際に使った写真にはその様な差し色が入っていません。これが色味の物足りなさや立体感の減少を生んでいるようです。そこで、赤っぽい差し色を入れようと話しあい、その中で開催日である日曜日の「日」を梅干しのようにしてみることを思いつきました。日付は海苔で表現していたので、同じようにお米のおともを使ってみようというのがアイデアの元でした。カレンダーなどでは日曜日は赤くなっていることも多く、その点でも意味のある配色です。
これによって全体が引き締まり立体感も生まれて、かなり印象が良くなりました。全体の柔らかい黄色とこの赤い色からは実りの秋といった印象も受け、期せずして開催時期であるお米の収穫時期にもぴったりの配色になりました。この赤は中央のハサミの色や、CoSTEPロゴにも利用してみました。
そんなこんなで細かな調整を繰り返し、タイムリミットも迫る中、池田先生が中央のお茶碗のサイズが大きい可能性に気づいてくださいました。お茶碗を小さくしたことで余白が生まれ、タイトルと、モヤモヤ(ご飯の湯気)がより活きるデザインへ進化しました。よりよい作品を作るためには、締め切りギリギリまで考え、手を動かすことが大事であることを学ばせていただきました。

チラシ完成・まとめ



そんなこんなでチラシの完成です。まさに紆余曲折と言えるほどたくさんの出来事を経て、ようやく完成にたどりつくことができました。改めて初期案・ラフ案と比較してみると全くの別物と言えるくらい洗練され、制作側のはずなのに驚いています。
チラシの表面が完成に近づくころからは、並行して裏面やバナーなどの作成も行っていました。基本的には表面のデザインを踏襲しつつ、レイアウトを形態に合わせて調整しています。裏面では、空白がさみしい右上のエリアに、ハサミで紙がめくれるデザインをあしらっています。これは、表面では使えなかったボツ案の一つでした。ボツ案も場所が変われば役に立つということは、これ以降のグラ班の制作でも活きている学びの一つです。
これまで、こうしたチラシなどのデザインは、最初から完成形が見えていて制作が始まるものとばかり思っていました。実際には決してそんなことはなく、たくさんの話し合いを通じてコンセプトに対する理解を深め、その理解を正しく魅力的に伝えるための表現の工夫について試行錯誤を凝らすという工程を繰り返しながら、少しずつ全体像が見えてくるとても地道なプロセスであることを今回の制作を通して身を持って学ぶことができました。チラシどの部分に注目しても、それは必ず意味をもって配置されていて、決してなんとなく配置されたものではないのです。デザインの奥深さを学び、今後チラシやその他の作品を見る姿勢も変わっていきそうです。
サイエンス・カフェ本番では、チラシを宣伝に使っていただいただけでなく、米キャラもワークショップなどでたくさん使っていただきました。とても楽しい雰囲気でゲノム編集について学べる素敵なサイエンス・カフェだったと思います。素敵なサイエンス・カフェをデザインし、チラシ制作に際してコンセプトに関する話し合いに協力していただいた対話の場創造実践演習の皆さんにお礼を述べて結びとさせていただきます。

