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元新聞記者が思う「最強のサイエンスコミュニケーション」

2023.3.20

江口剛(本科 ライティング・編集実習北海道大学 水産科学院 博士2年

元新聞記者が思う「最強のサイエンスコミュニケーション」

「それってサイエンスコミュニケーションと言えるの?」

ライティング・編集実習班の活動で、一番印象に残った瞬間です。

まずは身の上話を。

私は北大の修士を修了後、2年ほど新聞記者として働きました。退職後は大学に戻り、現在は水産科学院の博士課程2年生。いわゆる『出戻り博士』です。新聞社で磨いた取材・執筆スキル、腐らせるのは勿体ないと考えCoSTEPの門を叩きました。

元々は個人でも執筆活動を続けるつもりでしたが、いざ「○○新聞」の肩書きが消えると取材の難易度が跳ね上がります。イチ個人では思うように活動できない中、その点ライティング・編集実習班には魅力的な媒体がありました。

CoSTEPが運営するWebマガジン「いいね!Hokudai」です。

いいね!Hokudaiのトップページ

いいね!Hokudaiの記者として

受講生になれば「いいね!Hokudaiの者ですが…」と話を切り出せます。今まで気になっていた北大のアレコレを簡単に取材できるのです。しかもサイエンスコミュニケーションを学びながら。こんなに都合の良い話はありません。私が研究拠点を函館から札幌に移したタイミングも重なり、これ幸いと受講。実際、様々な記事を掲載できました。

具体的には下記のとおりです。

「いいね!Hokudai」…5本

「CoSTEP」…2本

と、こんな具合に。

取材から記事化までの流れはそれぞれ特徴がありました。例えば初夏の北大祭取材は出店する屋台を事前に調べた後、アポなし突撃取材を敢行します。得た情報を基に、その日のうちに記事を書き上げ掲載。ストレートニュースを報道する新聞記者に近い感覚ですね。

北大祭では広島県人会などを取材

祭りが終われば次は書評です。事前に3冊ほど候補を挙げ、どれか1つを書評として書きあげます。班員同士のピアレビュー (査読) が多く、書評を読んだ側がどう解釈したか丁寧に確認できるのがポイントです。

これら執筆経験を経て、いよいよ研究分野や研究者を対象に取材する企画記事です。各自が5~6個の企画案を持ち寄り、班メンバーや教員を交えてどれが良いか話し合います。ここで私は、週刊少年ジャンプにて『夜桜さんちの大作戦』連載中の北大OB漫画家・権平ひつじ先生への取材企画を提案しました。かねてから話を伺いたいと温めていた企画。事前にCoSTEPの教員から「好印象だった取材依頼書」を聞き取って参考にしつつ、集英社の広報を通じて依頼します。ご快諾の返事を頂いた瞬間は、思わず小躍りしていました。

取材依頼書の冒頭部。2ページ目には写真イメージや希望日程などを記載

ライティング・編集実習班名物、20万円プロジェクト

このように取材や執筆機会に恵まれるライティング・編集実習班ですが、それだけじゃありません。最大の醍醐味は秋から冬にかけて取り組む修了制作物でしょう。

『予算20万円でライティング・編集実習班としての修了制作物を作る』

与えられたオーダーはこれのみです。会議では30以上の企画案が出ましたが、最終的に「ランダムな単語を組み合わせて架空の研究課題を作るカードゲーム」の制作に決まりました。題して『カケンヒカードゲーム』。プレイヤーは研究者として研究課題を作り、その魅力を訴えることで予算獲得を狙う……という設定です。組み合わせの妙で思わぬパワーワードが生まれる既存の面白さを活かしつつ、さらに架空の研究をアピールするプレゼン要素を加えた、いまだかつてないカードゲームが誕生します。

ランダムな単語を組み合わせて架空の研究名を作る『カケンヒカードゲーム』

試作・試遊の段階で盛り上がり、手ごたえを感じる班員一同。カードデザインやサイズ、ゲームバランスなどの検証も終え、いよいよ製品化に向けて正式に発注しようと話し合っていた最中でした。担当教員から冒頭のひと言、「それってサイエンスコミュニケーションと言えるの?」と鋭い指摘が入ります。

適当な単語をそれっぽく並べて架空の研究課題を作り、取り繕った説明を真実のように喋る。サイエンスコミュニケーションどころかただの詭弁ゲームです。面白さ追求のあまり、根本の目的を見失っていたことに気づきます。

カケンヒカードゲームはどうあるべきか会議

コンセプトを考え直し、出た答えは「科学的対話のきっかけ作り」に活用すること。カケンヒゲームでは最終的に、多数決で最も予算を出したくなる研究課題を決めます。研究名を披露した後にどれだけ魅力をアピールできるかが勝敗の分かれ目ですが、もうひとつ重要なゲームのコツがあります。プレゼン中の質疑でぶつける「それ、おかしいのでは?」というツッコミです。興味深いことにこのツッコミ、科学に裏打ちされた指摘であるほど有効になるのです。

ツッコミだけではありません。架空の研究課題をきっかけに「実は近い研究が本当にあって……」と思わぬ科学雑談に繋がることも。例え詭弁が発端でも、ゲームを通じて自然と科学的なお喋りが生まれるシステムが出来ていました(この詳細はぜひ開発秘話にて)。

私はここにサイエンスコミュニケーションの究極形を垣間見た気がします。今までは「科学を分かり易く面白く伝える」ことこそライティングの意義で、求められる役割と思っていました。ですがそれのみでは最強と言えません。私の思う最強のサイエンスコミュニケーションとは「楽しく遊んでいただけなのに、いつの間にかサイエンスを考えていた」あるいは「面白く読んでいたら、なんか興味が湧いて詳しくなっていた」のような。無意識に科学的な思考や対話を生み出す瞬間こそ理想だと考えるようになりました。

そのための手段は記事執筆に限らず、今回のようにカードゲームを作るのもアリです。大事なのは目的意識と伝え方をどうするか。ライティングを学んだら、その手段は記事だけじゃないと実感する。そんな1年を過ごしました。

3月3日、成果発表会の前日にライティング・編集実習班のメンバーと。写真左手前が筆者

ということでCoSTEPを受講すれば、あなただけの「最強のサイエンスコミュニケーション」が見つかるかもしれません。あと毎週土曜の午前から活動するので、週末の充実度が上がること間違いなし。是非門を叩いてみてください。

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