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書評『日経サイエンス』シンゴジラ、天気の子、三体…SF楽しみ

2022.7.15

出版社:日経サイエンス社
刊行:2016年12月1日(2016年12月号)、2019年10月1日(2019年10月号)、2020年3月1日(2020年3月号)
価格:1,466円


設定協力の研究者に取材、本気の科学でSFを味わう

7月10日、日経新聞にこんな記事を見つけた。見出しは「シン・ウルトラマンの物理学」だ。興行収入が40億円を突破するなど連日話題の映画『シン・ウルトラマン』。劇中終盤では最終兵器「ゼットン」打倒の策を練るため、「プランクブレーン」「並行宇宙」「6次元」といった専門用語が飛び交うシーンがある。実はこれ、適当にもっともらしい単語を並べたのではない。背景には京都大学で理論物理を専門とする橋本幸士教授のストーリー監修があり、物理学の「超ひも理論」などをベースに練り上げられたシーンだという。細やかな科学へのこだわりが作品に説得力を生み出した瞬間だった。

2016年に大ヒットした特撮映画『シン・ゴジラ』や、19年公開のアニメ映画『天気の子』、近年世界的ベストセラーとなった中国発SF小説『三体』も同じだ。徹底した科学の描写は物語の奥深さを生み、受け手の好奇心を刺激する。本書評で紹介する3冊の『日経サイエンス』は、設定協力など実際に作品へ関わった研究者への取材記事が収録されている。SFの面白さを再認識するだけでなく、科学的な目線で考察する快感をきっと満たしてくれるはずだ。

最先端の科学で視る『シン・ゴジラ』 (2016年12月号)

「物語にリアリティを感じさせるのは現実のサイエンスを土台に、『巨大不明生物ゴジラ』というフィクションを構築している点だ」。本書の記事冒頭でゴジラの魅力を端的に言い表した一文である。16年12月号の『日経サイエンス』では、「進化」「新元素」「極限環境微生物」など各分野の研究者がゴジラについて語った。例えば映画のゴジラは大型化に核エネルギーが関わっていたが、なんと現実にも核反応のエネルギーを利用する生物がいるらしい。その名は「デスルフォルディス・アウダックスヴィアトール」。金鉱山の地下2800メートルにて発見された微生物で、ウラン鉱石による放射線で水が分解した際の化学反応を糧としていた。このような現実の興味深い生物を紹介しつつ、フィクション(ゴジラ)とリアルの先端科学がどこまで一致し、どこから異なるのかを具体的に考察する。さらに本書は『シン・ゴジラ』で最大の議論を巻き起こしたラスト(人のような骸骨が尻尾の先端部に現れたシーン)について、生命進化における人類や鳥類のような小型化・群体化との共通点に触れつつ、映画で描かれなかった今後の展開予想まで大胆に踏み込む。ゴジラを起点に多分野の科学へ広がる構成は、読み応え充分だろう。

雲研究者と監督の『天気の子』対談 (2019年12月号)

東京を舞台に未曽有の豪雨など異常気象が描かれるアニメ映画『天気の子』。雲や雨など空模様の緻密な描写の背景には気象庁気象研究所の研究者、荒木健太郎氏の監修があった。19年12月号では『天気の子』の新海誠監督と荒木氏の対談を収録。監修を依頼したきっかけから、アニメの演出と科学的知見の整合性をどこまでとったか、映像に込めた気象描写にかける思いまで会話形式で綴られている。例えば雲間から光が差し込むシーンをひとつとっても「雨が降っているので光の筋は部分部分をきらめかせるとそれっぽいです(雨滴による反射・幾何学的散乱)」といった荒木氏の監修コメントが。映画製作期間中に気象監修で新海監督とやり取りした資料も掲載しており、アニメと科学をどう共存させたか、製作の裏側をのぞくことができる。

天文学の歴史で読み解く『三体』 (2020年3月号)

現実の物理学を地続きに広げたような世界観が魅力のSF小説『三体』。3つの天体が互いに引力を及ぼしあいながら動くとき、その軌道は複雑すぎて解析的に導けないと言われている。本作には、この難問「三体問題」と同じ状況の惑星(太陽が三つある惑星)に住む三体星人が登場。地球との接触や攻防が繰り広げられた。20年3月号ではこのSF小説を軸に、地球外文明とのコンタクトの可能性やストーリー展開について東京大学ビッグバン宇宙国際研究センターの須藤靖センター長が解説する。要所で『三体』のセリフを引用しつつ現実の天文学が歩んだ歴史との関連性を伝える構成によって、なぜ世界的ベストセラーとなったか『三体』未読の読者でも理解しやすい。『三体』の著者、劉慈欣(リウ・ツーシン)氏が来日した際に語った「SFと科学技術の関係性」もまとめられ、「科学がSFを、SFが技術革新を進める」との考え方も紹介された。SF作品を通じて得るアイデアは時に凝り固まった現実的な思考を飛び越えるという。イノベーションや技術革新に繋がるヒントがありそうだ。

SFを深く楽しむには

特撮・アニメ・小説…SF作品を科学の視点でまとめた3冊。これらSF考証の特徴は、よく見かける「科学的に間違っている」といった頭ごなしの否定と異なる点だ。SFはあくまでサイエンス“フィクション”であり、虚構という前提がある。例えば『天気の子』の監修方針は「まずストーリーがベースにあって、それに対する科学的な裏付けっていうか、整合性が取れるところは取っていこう、という方式」だったそうだ。このフィクションと科学の整合性をどこまで寄せたか、ここに製作陣のこだわりがあり、受け手がSFをより深く楽しむ魅力も潜んでいる。今回紹介した日経サイエンスはその魅力に焦点を当てた内容だった。作品を科学的に否定するのではなく、科学的にじっくり味わう。そんなSFの“通”な楽しみ方へ示唆に富んだ特集号だと考える。

日経サイエンスが目指す姿

20年3月号の29ページにこんな一文がある。「『三体』もそうだが、本誌がこれまで取り上げた『シン・ゴジラ』(2016年12月号)や『天気の子』(2019年10月号)など優れたSF作品はサイエンスを楽しみながら深く知る契機となり、私たちの世界観や宇宙観を変える力ともなる」。本書評を通じて思うのは、日経サイエンスが雑誌として目指す姿もまさに「読者の科学観を変える力」ではないだろうか。だからこそこれら魅力的なSF作品の特集記事を組んだのだろう。

さて、現在『シン・ウルトラマン』が大ヒット公開中である。日経サイエンスは米国の科学雑誌が原型だが、本書評で紹介した特集は日経新聞の記者らが執筆した独自コンテンツだ。近いうちに日経サイエンスでも「シン・ウルトラマンの科学」と題した大特集にお目にかかれるかもしれない。


関連図書

  • 『空想科学読本Ⅰ』柳田理科雄 (KADOKAWA、2022)

SFに限らず、アニメや漫画、特撮に映画、果ては古典やライトノベルまで。あらゆる作品を科学的に考察する人気シリーズの最新作。著者の柳田理科雄氏は『シン・ウルトラマン』に関する記事も書いており、ウルトラマンの必殺技「スペシウム光線」の威力について考察している。


江口剛(CoSTEP18期本科ライティング・編集実習)