2019年7月16日、北海道大学工学部フロンティア応用科学研究棟 2F レクチャーホール(鈴木 章ホール)に、アーティストのテオ・ヤンセンさんと松島 肇さん(北海道大学 農学研究院 基盤研究部門 生物資源科学分野 講師)をお招きし、第107回サイエンス・カフェ札幌「北海道大学が紐解くテオ・ヤンセンの世界」を開催しました。聞き手はCoSTEPの朴 炫貞(特任助教)が務めました。今回は18時半からという遅い開始時間にも拘わらず、182名もの方にご参加いただきました。
ようこそ、北海道大学へ
風を動力に浜辺を駆けるストランドビーストの制作者として世界的に有名なテオ・ヤンセンさん。今回のカフェはテオ・ヤンセンさんの世界に、環境、生命そしてアートという文脈から多角的に迫っていくことを目的に開催されました。北海道大学では、現在札幌芸術の森美術館で開催されているテオ・ヤンセン展に合わせ、学生がストランドビーストを再解釈して自分たちなりの生命を可視化するStrand of livesというワークショップを開催したり、テオ・ヤンセン展におけるストランドビーストの解説として4人の北大の研究者が参加したりと、展覧会とのコラボレーションが行われていることが司会の朴さんより紹介されました。
(テオ・ヤンセンさんに自分達の生み出した生命を説明する学生)
(テオ・ヤンセン展における北大の研究者の解説展示)
ストランドビーストの秘密
ストランドビーストはプラスチックチューブと結束バンドで構成されています。なぜこのような武骨な材料で、生命のような有機的な動きが生まれていくのか、ストランドビーストの秘密についてヤンセンさん自身から詳細な解説が行われました。まずコンピューターのアレゴリズムを用いて、歩くことができる構造というのをヤンセンさんは発見していきます。また、ストランドビーストの骨格となるプラスチックチューブはヤンセンさんの子供時代の慣れ親しんだ遊び道具でもありました。当時、先端的な道具であったコンピューターと、オランダの少年の遊び道具の材料から、ストランドビーストは生まれたのです。
(ヤンセンさんは、プラスチックチューブを吹き矢のように使い、遊んでいたそうです)
現在、ストランドビーストはただ砂浜を歩くだけではありません。水を感知して、水を避けながら移動する、神経メカニズムのような機能を搭載しているストランドビーストもいます。ストランドビーストは0と1のアレゴリズムを使って、環境を感知し、生き延びる神経システムを搭載させようとしている、とヤンセンさんは語ります。ストランドビーストはただ作品として生み出されるだけでなく、環境に適応して進化していきます。生命の進化そのものを作品化した点が、ストランドビーストがアートという枠を超え、多くの人を魅了する点なのかもしれません。
(水触覚システムを開設するヤンセンさん)
砂丘が私たちの生活を守る
続いて、北海道大学で環境生態学、緑地計画学を研究する松島さんが、ストランドビーストが生息する砂丘をテーマに話題提供を行いました。松島さんは、現在、グリーンインフラストラクチャーという、植物や環境の力を利用して、生き物にも人間にも住みやすいインフラを構築するまちづくりに取り組んでいます。ヤンセンさんがストランドビーストを生み出したオランダという国は、グリーンインフラストラクチャーの先進国です。ストランドビーストが生息する砂丘は、低地の国土を守る自然堤防の役割だけでなく、水の浄化システムとしての役割も担っています。
日本全国には海岸砂丘はほとんど残っていませんが、北海道石狩市にある石狩浜は国内でも希少な海岸砂丘系です。ストランドビーストは元々、オランダの砂丘を作る生き物として誕生しました。そのようなメッセージ性の強い作品を通して、日本ではあまりなじみのない海岸砂丘について目を向けてもらいたい、と松島さんは語ります。
(石狩浜でストランドビーストを動かす計画もあると話す松島さん)
(石狩浜の海岸砂丘)
ストランドビーストは我々を利用する
オランダの砂浜は多様な植物だけでなく、野生の牛なども生息しているそうです。そしてヤンセンさん自身も砂浜の傍で生まれ、育ちました。砂浜はヤンセンさんにとっては生命を育む場として認識され、それゆえストランドビーストの生息場として選ばれたのかもしれません。
ストランドビーストが生物に何か影響を与えたりするのでしょうか?その質問に、実はストランドビーストは私と共に生きているのですよ、とヤンセンさんは答えます。そして、ヤンセンさんだけでなく、ストランドビーストは学生のと共に生きているとも話します。ストランドビーストの動画を見て、このような生命を作りたいと思い立ち、プラスチックチューブや竹の棒でストランドビーストを学生が作るとします。学生にとっては楽しい工作の時間かもしれませんが、実はストランドビーストはその創造力を利用して、繁殖しているのです。ストランドビーストを作りたくてたまらなくなる感情を、ストランドビースト病とコミカルに表現したヤンセンさん。
実際にヤンセンさんも重いストランドビースト病にかかっているそうです。砂浜でのプラスチックチューブでの創作はうまくいく時ばかりではありません。むしろ自分の思い通りにならないことの方が多いそうです。プラスチックチューブがどう動きたいのか、素材の意向を組みながら組み立てていくことで、想像もできないような美しいビーストが生まれる、それを奇跡的だとヤンセンさんは語ります。
(砂浜で生まれるストランドビーストという生命について語るパネリスト達)
科学と芸術を超えて
第二部は、会場からヤンセンさんに直接質問を投げかけました。北海道大学の大学院生からは「ストランドビーストはこれからどのように進化するのですか?」という質問が上がりました。私には計画はあるけど、なかなか私の計画は成功しないのです、と答えるヤンセンさん。自分が作っているようで、結局ストランドビーストが望むようにストランドビーストを進化させているのかもしれないそうです。
次に、「ストランドビーストを制作していく中でヤンセンさん自身に変化はありましたか?」という質問には、ストランドビーストを制作する過程でうまくいかないことに多くぶち当たったと、ヤンセンさんは語ります。そしてストランドビーストを制作する中で、自分達の生命についても深く考えるきっかけが生まれたそうです。ヤンセンさんは、生きるとは奇跡の連続である、世界は奇跡に溢れていると伝えます。
(北大生の質問に答えるヤンセンさん)
また、会場から「科学と芸術の違い」についての質問には、科学と芸術の違いはラベルにしか過ぎないとヤンセンさんは答えました。科学と芸術の区別がない時代、そしてかつての感覚で科学と芸術の間を自由に行き来しているエスキモーの人々のように、ヤンセンさんも科学と芸術を隔てなく自分の活動に取り入れていきます。
様々な領域を自由に横断し、砂のように参加者の想像力と共感を巻き上げていくようなトークショーでした。ヤンセンさん、松島さん、ありがとうございました。