制作者: 鈴木 大介(2019年度本科・社会人)/制作年月: 2019年8月
今回のサイエンス・カフェ札幌のテーマは、「有機合成化学」。話し手は、工学研究院の猪熊泰英さんです。有機合成化学は、様々な機能を持つ物質を合成することで、多様な応用可能性を秘めた学問です。しかし、その研究過程は目では見られないほど小さいもの。なかなか想像するのが難しい有機合成化学の小さな世界をわかりやすく伝えながら、猪熊さんの研究している「カルボニルひも」とはどういうものなのか、そして研究や化学の面白さはどこにあるのか、そういったことを伝えるような内容でした。
チラシ…制作とは?
これまでに実施されたチラシを参考に見てはいたものの、グラフィックデザイン実習(以下、「グラ班」)では今年度初めてのチラシ制作で、私にとっても初めてのチラシ制作。どういうプロセスでチラシは作っていくのか?初めて活用するAdobe Illustratorは十分に使えるのか?やったことのないことに取り組むことになり面白そうと思う気持ちが半分、きちんと進められるだろうかと不安に思う気持ちが半分。そんな状態からチラシ制作が開始しました。
まずはラフ案作成
ラフ案の作成は、対話の場の創造実習(以下、「対話班」)から聞いた企画の情報を参考にしながら、アイデアを可視化していくことから始まります。第一弾は、とにかく荒くてもいいのでいくつか方向性を出してみて、反応を伺うのが目的です。
ここでは3つの案を制作しました。1つ目は、村井先生の「カルボニルひも?カルボナーラ?」というヒントと、香川県出身でうどんが好物という猪熊さん情報から着想した、カルボうどん案。2つ目は、化学といえば分子模型ということと、分子によって編まれていくという考えから作られた、分子模型案。3つ目は、対話班の小川さんが打ち合わせの際にホワイトボードに描いていた「ひも」の文字を活用したロゴから考えた、ひもロゴ案。この3つをもとに、対話班との打ち合わせに臨みました。
3つの案について対話版にプレゼンをしたものの、「どうもこれじゃない」というような反応を受けます。そこで、もう一度作り直しながら方向性を探ることになります。ヒントは、「ひもによって様々なものが作られること」「そしてその構造に応じて多様な性質を持つ可能性があること」でした。
そこで、改めて猪熊さんの資料を眺めていると、ひも状の分子がパラジウムという原子を挟み込んでいることを、龍がパラジウムを掴んでいる姿で模したイラストがありました。これだ!と思い、ひもロゴ案からの発展を構想します。つまり、フラスコから取り出したひもが「化けて」龍になる姿を描くことで、カルボニルひもで作られる様々な構造をした物質が、その構造に応じて多様な機能を持つ可能性を秘めるということを表現してみました。
個人的には気に入っていたひも龍案でしたが、対話班にプレゼンをしてみたところ、「これは思い描いているコンセプトと合わない」という返答をもらいます。対話班によると、「猪熊さんは日常のありふれたものから化学の着想を得ているので、龍という非日常は不適当」「ひもなら様々な構造を形成できる、それはひもで遊ぶようなもの」ということでした。猪熊さんが「ノーベル賞よりギネスを目指す」と冗談をもらされたというエピソードと、カフェ当日に使用する予定の手作りおもちゃ「ひもちゃ」を見せてもらったことが、チラシ制作の方向性を決める大きな転機となりました。そこで、「日常」、「遊び」をキーワードにして、デザインの方向性を抜本的に再検討することになります。
ひもで遊ぶ。そこからグラ班みんなで再検討をします。出てきた方向性は2つ。1つは、ひもで遊ぶと言えば猫だろうということで、猫がひもで戯れている案。もう1つは、猪熊さんが好きな釣りをモチーフにして、釣り人が海で釣りをしている案。これまでとは全然違う方向性の2つの案で、対話班との打ち合わせに挑むことになりました。
そして3回目の対話班へのプレゼンです。反応は上々。どちらの方向性に対しても好意的な評価をいただきましたが、最終的には釣り人案の方がカフェの目指す方向性に近いだろうということで、こちらが採用路線となりました。
釣り人案を作り込むうえで考えたポイントは、以下の2つです。
①釣り: 「ひもを使って遊ぶ」ことを象徴するものとして、釣りを題材にしました。釣り糸の先はカルボニルひもでできており、官能基ごとに集まる魚が異なることで、構造によって機能が異なることを象徴しています。また、タコはまだ食いついていないですが、新たな構造が合成されることで、新たな機能が生まれてくる可能性を示しています。
②朝焼け: 「未来の化学」がイベントタイトルということなので、これから日が昇っていく未来の明るさへの動きを示しています。
まだ終わりではありません。ここからが、細部を洗練させていく作業です。ひとまず仮に作成していた釣り人を、白衣を着た猪熊さんに見えるようシルエットを変更していきます。釣り竿や釣り糸を微調整して、より臨場感のある釣りの現場として表現していきます。その他、色や文字、サイズなどの調整を行って仕上げていきます。そして、完成したのが以下のチラシです。
チラシ制作を通して学んだこと
今回のチラシ制作を通して強く感じたのは、要点を掴み表現することの難しさです。企画の早い段階から何度も話は聞いていたにも関わらず、デザインの方向性が2度方向転換したのは、それだけポイントが掴みきれていなかったということでしょう。もちろん、対話班にとっても初めてのサイエンス・カフェ企画だったというのもあったかもしれませんが、的確にコンセプトを把握することが、形に落とし込む作業以前に非常に重要になります。
アイデアを出し、形にしていくという過程は、非常に面白いものでもありましたが、同時にとても大変なものでもありました。今回は、メイン担当者は私になっていますが、実際には池田先生やグラ班のメンバー全員で議論をしながら進めていきました。実は、最終案の魚たちは、グラ班の林さんがかつて作っていた消しゴムはんこを活用することで作成していたりします。一人では苦しいであろう、アイデアを洗練させ表現に落とし込むというプロセスにチームで臨めたことは、今後自分で制作を進めていく上でもためになる経験になったのだろうと考えています。
最後に
今回のチラシ制作は、まだまだ一人前に制作を進めていくには経験が必要ではありますが、私にとって形になるものを作り上げることのできた貴重な経験になりました。それも、初心者の私に対して丁寧にご指導いただいた池田貴子先生のおかげです。この場を借りてお礼を申し上げます。加えて、一緒に一丸となってチラシ制作を進めてくれた、グラフィックデザイン実習のみなさま、そしてもちろんこのチラシはサイエンス・カフェなくしてありませんから、種村 剛 先生を始めとした対話班ひもカフェチームのみなさまも、誠にありがとうございました。