実践+発信

北大総合博物館のすごい標本

2021.7.3

編者名:北海道大学総合博物館
出版社名:北海道新聞社
発刊年月日:2020年3月19日
定価: 2,300円(税別)


誰もがきっと博物館の「ヒト」になれる一冊

博物館には大きく分けて2つの側面がある。ひとつは、市民に向けた展示施設という面。もうひとつは学芸員や研究者による収集・保存・研究を行う機関という面。本書は、北海道大学総合博物館における後者の面を「標本」という軸から紹介するビジュアルブックだ。

北大総合博物館には、約300万点もの標本が収蔵・展示されている。これらは、北大が札幌農学校時代から145年にわたり、収集・保存・研究してきた標本だ。そのうち「タイプ標本」と呼ばれる標本を1万3千点有している。タイプ標本は、新種の生物を定義する際の根拠を保証する唯一無二の貴重なもので、恒久的に保存することが責務となっており、館内の金庫で厳重に保管されている。

このような膨大・貴重な標本の中から10の分野(陸上植物/菌類/藻類/昆虫/魚類/無脊椎動物/古生物/岩石・鉱物/考古/学術資料アーカイブ・科学機器)について、本書ではとりあげている。

分野ごとに章分けされているため、どの章からでも読み始めることができるのが本書の良い点だ。それぞれの分野については、厳選された10点の標本が解説された「すごい標本100選」、標本を制作するときに使うツールを紹介する「道具箱」、北大の先駆者をひもとく「博物学者列伝」の3つの項目から10分野をそれぞれ掘り下げられていく。

色鮮やかな昆虫標本や古代に生息していた恐竜の化石標本など、標本という「モノ」から、それらが生息していた姿や環境に思いを馳せるのも良い。前述に挙げた、普段は見ることができない貴重なタイプ標本から種が同定された起源を探ることも出来るだろう。「道具箱」から標本を作る際に使用する各分野の道具の違いや、フィールドワークの様子や研究のプロセスという「コト」を知るのも良い。博物学者列伝から、北大の研究の礎を築いた「ヒト」を学ぶのも良い。

もし、どこから読むか迷う場合には、ぜひ陸上植物の章から読むことをおすすめしたい。

まず、「すごい標本100選」のトップをかざるNo.001 ヨコワサルオガセがタイトルに違わずすごい。この標本写真内のラベルに記載されている採取者の名前は、ウィリアム・S・クラーク。そう、あの“Boys、be ambitious!” で有名なクラーク博士だ。札幌農学校の初代教頭を務めたクラーク博士が採取した標本があるとは驚きだ。No.003では北大の校章でもあるオオバナノエンレイソウの標本も紹介されている。初夏に真っ白で可憐な花を咲かせるオオバナノエンレイソウの根がこんなにも太く立派だとは予想だにしていなかった。

また、「道具箱」では、標本固定テープが紹介されている。ただテープを貼ればよいというわけではなく、テープの量と配置、標本としての美しさが求められる作業だ。ここで、この標本固定テープの締めくくりの一節を紹介しよう。

-顔も知らない、はるかな未来の研究者が、一点の標本から新しい知見を開くかもしれない。テープは未来への贈り物をそっと包むリボンだ-

同ページでは、貼り付け作業の写真がある。静止画でありながらも、とても優しく丁寧に作業していることが伝わってくる。隅々まで考えつくされ丁寧に包まれた贈り物を、きっと冒頭から見返さずにはいられないだろう。

そして、「博物学者列伝」では宮部金吾が紹介されている。北大の植物学研究は、東京大学について国内2番目に長い歴史を持つが、その植物学講座の祖だ。また、宮部が作成した標本は美麗なものが多いと博物学者列伝内で称されている。彼はどんな思いで“贈り物”を作っていたのだろう?ちなみに宮部作の標本は「すごい標本100選」のNo.006に掲載されている。しかもタイプ標本だ。どんな標本なのかはぜひ本書籍内でご覧いただきたい。

北大総合博物館は開かれた博物館として、「モノ」と「コト」、そして「ヒト」との出会いの場を創るため様々な活動を展開している。この3点に注目して編まれた本書は北大総合博物館の有り方そのものを表しているとも言えるかもしれない。

総合博物館の「ヒト」には、本書で紹介された研究者や、博物館を運営する教職員だけでなく、大学生・大学院生、博物館活動を支えるボランティアなど実に多様な人たちがいる。本書を通じ、標本や研究者たちに興味を持ってもらえたなら、あなたも既に北大総合博物館に関わる「ヒト」だと私は思う。

そして、本書を通じ北大総合博物館に関わる「ヒト」になったら、博物館に実際に訪れ、展示物から「モノ」や「コト」をリアルに感じてほしい。北大総合博物館の目の前に立ったとき、最も大きい展示物である築90年の建物があなたを出迎えてくれるはずだ。

江澤 海(CoSTEP17期本科ライティング・編集実習)