JJSCでは外部のご意見を頂き、編集方針等を改善していくため、アドバイザー制度を設けています。第29号に掲載の論考についてアドバイザーから、コメントをいただきました。公開の許可を頂いたコメントについて公開いたします。
竹田宜人 北海道大学 大学院工学研究院 客員教授
科学技術コミュニケーションの基本は、いうまでもなく「対話」である。しかし、2020年初頭に始まった新型コロナウィルスによるパンデミックにおいては、感染対策上、対話という行為は著しく制限されることになった。また、様々な催しが不要不急なものとして厳しい扱いを受けている。闊達な討議も活発なワークショップも自由に実施できない状況に陥ったのである。また、感染症というリスクへの対処(リスクガバナンス)の観点から、リスク評価者(研究者)とリスク管理者(行政・政治)との関係が改めて議論された。本誌はその2つをそれぞれの小特集「オンラインを用いた科学技術コミュニケーション」「ポストコロナの科学技術コミュニケーション」に編集されたものと考える。
筆者も、読者と同じように、講義や学会活動の中止、延期から始まり、次第にオンラインに移行し、感染症拡大防止や緊急事態宣言などの行政施策を気にしながらの対面式やハイブリッド方式の検討など、失敗を繰り返しながら状況に応じた対応を経験してきた。本稿では、自分事として拝読させて戴いた結果として、筆者が感じたことを述べてみたい。
1)小特集1 オンラインを用いた科学技術コミュニケーション
パンデミック初期(2020年春頃)は、科学技術コミュニケーションの分野でのオンライン化は、失われた機能の回復といった性格が強かったように思う。多くの人が、パンデミックが収束すれば、もとの生活に戻れると考えていたためかもしれない。しかし、1年半が経過し、元の社会に戻るのではなく、感染症と共存する新しい社会への変化を実感するにつれ、オンラインは社会における対話の手法として根付いてきたように思う。
小特集1は、様々なイベントのオンライン化への工夫やそこから見えてきた課題をまとめたものである。企画から準備、実践を通じた記録の共有は、関係者にとって貴重であり、2020年以降のパンデミック下の科学技術コミュニケーションの記録としても価値がある。その中には、今後普遍的に整備されていくことが想定される技術(例えば、中山論考が取り上げた「かはくVR」)もあるが、緊急時対応的な性格が残るゆえの課題もあるように思う。
日下らが「サイエンスアゴラ2020のオンライン開催に関する考察」で、アーカイブにおける課題として指摘した、肖像権や著作権の取り扱いもその一つである。
Zoom等のオンライン会議や催しで、録画(録音)を行うことについて承認を求められることがある。また、主催者の立場で、議事録替わりの録画や画面をスナップショットすることも普通になっている。その時、参加者に、顔や名前、発言が記録されます、とアナウンスされることもあるが、そうではない時もある。
科学技術コミュニケーションにおいては、参加することにより得られる個人的な楽しさや知的好奇心の充足ばかりではなく、経験の第三者への発信や共有は、重要な機能と考えている。オンライン化では、ライブでは参加できない人へのサービスとして、オンデマンドの活用など、アーカイブと公開の機能への期待はこれまでに増して大きくなった。
反面、保存された動画などの情報は適切に管理、利用されることが求められるようになる。YouTube等で動画がそのまま公開されていることもあるが、多くの場合、どこでどのように、ファイルが保存され、二次使用されていくのか、参加者にはわからないことも多い。また、動画の背景に参加者の生活を伺わせる情報や器材等が映り込むことによる個人情報の漏洩への指摘もある。
田中らの「対談:中高生宇宙線探究活動「探Q」でのオンライン研究サポート」は、対談でもあり、著者、共著者の名前、顔写真、発言内容、現場写真が多く掲載されている。そのため、読者には、生き生きとしたやり取りや意見、表情がそのまま伝わり、中高生と大学生、研究者の共同研究の進め方やオンラインツールを使う際の課題やメリットについて現実感をもって知ることができ、リアルな情報の強さを感じることができた。本誌の特徴ともいえるこのような報告を継続するには、ELSI的な配慮に基づく適切な表現、肖像権や個人情報への配慮を十分に行う必要もあるだろう。緊急対処として始まったアーカイブ化の推進は、一般化とともに、改めてコンプライアンスへの配慮が求められている。
科学技術振興機構(JST)や大学のように大きな組織では、コンプライアンスの専門職もおり、第三者的なチェックも可能であるが、科学技術コミュニケーションを支える市民活動や学校教育の現場では、ややハードルは高いかもしれない。立花が「オンライン科学祭の試み~はこだて国際科学祭2020の事例報告」で、デジタルデバイドの問題として、科学祭と地域社会の関係に言及していることは意味深く、この点でも大学や関係組織の支援が不可欠である。
2)小特集2 ポストコロナの科学技術コミュニケーション
本特集は2021年3月に行われたCoSTEP修了式記念講演「ポストコロナの科学技術コミュニケーション」の講演内容を掲載したものである。
最初の講演者である西浦は、2020年のパンデミック初期から、厚労省クラスター対策班の専門家の有志の会を通じ、積極的に感染症対策に関する情報を発信している。文章中でも、「とても危険なことをはらんでいて、たくさん苦労したことがありました」と述べているように、リスク評価者としての踏み越えについてご苦労も多かったと思う。
次の講演者の岸田は、医師として診療に携わり、札幌市の危機管理対策に係るほか、様々な情報発信を行っている。現場での経験を踏まえ、論理(エトス)だけではない、信頼(パトス)や共感(ロゴス)といった感情的要素をも重視した発信の重要性に触れている。
松王の講演総括を踏まえ、一点指摘をしたい。松王は、アセスメントとマネジメントの二分法だけでは現実問題への対処はできないことへの気づきから、課題→分析→政策という単純な意識決定プロセスから熟議への転換といったリスクガバナンスの発展を踏まえ、リスク評価からリスク管理への踏み越えを回避するために、新たな役割(政策立案者、科学者、市民)の再構築と中間的な専門職:科学技術コミュニケーター)のかかわりの重要性を指摘している。リスクガバナンスにおける、リスク評価とリスク管理の関係は、米国で1983年に著された Red Book 1)において指摘され、IRGC(The International Risk Governance Council) 2)が提案するようにコミュニケーションを媒体とする形に収斂したものと考えている。松王論考では、コミュニケーションを誰が担うか、というところで、新たな役割の指摘があったと理解できる。
西浦は、政府の専門家パネル等に科学技術コミュニケーションの専門家が多数関与していることも紹介しており、社会への実装も進んでいることが伺える。課題としては、リスクガバナンスでは、社会的に影響を及ぼすリスクの政策的かつ制度的な統治を目的としており、リスク管理の枠組みの中で対話(リスクコミュニケーションとして理解されている)が行われる。先の専門家も、省庁が設置した委員会等において、役割を与えられた人々であり、小特集1のアクターとは違った役割を担っている。
リスクガバナンスでは、価値観の多様性への配慮が大切である。ワクチン接種で、様々な誤情報の流布が問題となっているが、リスクガバナンスにおける対話では、科学的な根拠や正しさ(エトス)を主張するばかりではなく、誤情報が信じられる理由や背景(ロゴス)まで考慮する必要があり、リスクガバナンスにおける対話では場づくりや対話のスキルに加え、リスクそのものだけではなく、リスク管理や制度の理解まで求められるだろう。
松王は、その結語で「科学技術コミュニケーションの転機としてのパンデミック」として、科学技術コミュニケーションに係るものの姿勢と覚悟に触れている。本号は、それぞれがその課題を考える上での多くのヒントを示している。
1)National Research Council (1983) Risk assessment in the federal government: managing the process.
2)「リスクコミュニケーション案内」文部科学省(https://www.mext.go.jp/a_menu/suishin/detail/1397354.htm)に解説がある
加納 圭 滋賀大学 教育学部 教授
コロナ禍において、オンライン授業等、オンラインによる取組に注目が集まってきている。今回の「オンラインを用いた科学技術コミュニケーション」のいち早い特集には、読者の高い関心が期待されるだろう。
水町らによる寄稿では、オンラインで対話の場づくりをするという非常に難易度の高いだろう双方向コミュニケーションへの具体的な実践例が示されている。メイン会場の様子など、実践者として参考になる情報も掲載されている。
立花による寄稿では、サイエンスフェスティバルという非常に大規模な取組の実践例が示されている。オンライン開催のメリット/デメリットを5つの出展形式毎に伺うことができ、小規模イベント実践者にも大いに参考になるだろう。
田中らによる寄稿では、中高生の探究活動をオンラインでサポートするという、市民科学的な発想をオンラインで成し遂げていく挑戦についての対談を通して、探究・サポート過程を追体験できる。
日下らによる寄稿では、サイエンスアゴラという全国区の大規模イベントのオンライン開催に関する報告がなされている。オンラインにすることで、北海道から沖縄まで全国の参加者が、また海外からも参加できたことが伺え、オンラインの地理的制約から解放されるメリットがあることが伺えた。
中山による投稿では、VRを活用することでまるで国立科学博物館に行ったかのような教育効果や体験がなされる可能性を報告している。
最後に、奥本らによる寄稿では、サイエンスカフェをオンライン化する試みについて、その実践例を報告すると共に、参加者層の分析を行っている。結果として、オンライン化によってCoSTEPを知らない層、道外からの参加者といった、これまでにない層を取り込めたことを報告している。
上記6つの寄稿を通し、オンラインの有効性や今後の課題についてより理解が深まり、読者によるより良い実践・研究に活かされていくことが期待される。
コロナ禍は依然続いているが、小特集としての新型コロナ緊急小特集は今号で総括の段階に入った。「緊急」というよりは、「withコロナ」の局面に入ってきたこともその1つの理由だろう。今後は、通常号への論文・報告・ノート等で新型コロナ関連の論文・論考の投稿を期待したい。