実践+発信

118サイエンスカフェ札幌「ともにつくる地域の健康北海道の事情から考える〜」を開催しました

2021.9.30

2021年9月8日(水)、疫学がご専門の玉腰暁子さん(北海道大学 大学院医学研究院 教授)をお招きし、第118回サイエンス・カフェ札幌「ともにつくる地域の健康 〜北海道の事情から考える〜」をZoomウェビナーで開催しました。聞き手はCoSTEPの梶井宏樹です。生活習慣と疾病の関係をどのように明らかにするのかについてゲストから話題提供いただいた後、冬の北海道の運動不足が健康に及ぼす影響について50人の参加者と考えました。本記事では当日の内容について簡単にご報告します。

※当日の様子はこちらからご覧いただけます。2022年9月12日(月)までの限定公開です。

((右)玉腰暁子(たまこし・あきこ)さん。名古屋大学大学院医学系研究科にて博士(医学)を取得。同研究科准教授、愛知医科大学医学部 特任教授などを経て、2012年4月より現職。2020年には北海道大学医学部の学生が新型コロナウイルス感染症の情報発信を行った「No More Coronaプロジェクト」を監修。医学的な知見と市民のつなぎ方を模索中。)
疫学 〜人の集団を比較する、人を対象にする学問〜

「疫学」とは、人の集団を対象に、感染症やがんといった健康事象とそれに関連する要因の分布を明らかにする学問のことです。新型コロナ禍でよく耳にするようになった単語の1つかもしれません。玉腰さんは特に、「コホート研究」という手法を中心に、肺がんと喫煙のような、ある健康事象にどのような生活習慣が影響を与えているのかについて調べています。

(疫学研究の分類と流れ。例えば、記述研究では、どの地域で肺がんが増えているか、たばこの売り上げがどう変化しているかといった統計学的なデータを組み合わせることで仮説を立てます。ここで得られる知見や仮説は、その先の分析疫学や介入研究にとってとても重要です。)
コホート研究 〜人の集団をふつうの状態で追跡する研究手法〜

コホート研究は、目的とする病気がない人を長期間追跡して得られたデータを分析する手法です。「ふつうに生活している人をそのままの状態で観察すること」が大きな特徴だと玉腰さんはいいます。

(コホート研究の流れ。肺がんと喫煙を例にすると、肺がんを患っていない方を対象に喫煙の有無や程度などから集団分けを行い、長期間追跡します。どちらの集団で肺がんがたくさん出て、どれくらい違うのかというのを確認することで、その差がおそらくタバコによるものだろうと考えるのです。)

疫学では、生活習慣や薬を変えてもらうといった、対象となるひとびとの暮らしに介入して追跡する手法(介入研究)もあります。しかし、健康な状態から病気が出てくるまでには、何年、何十年とかかるもの。その間、生活習慣などをずっと変え続けてもらうのはやはり難しく、また、喫煙してもらうといったことにはもちろん倫理的な問題も発生します。コホート研究はこういったケースで非常に大きな力を発揮するのです。

日本のコホート研究の代表例として、玉腰さんが代表を務める日本人の生活習慣とがんの関係を調べることを目的としたJACC Studyがあります。約11万人を対象に20年間追跡した大規模な調査です。JACC Studyのような研究がいくつも集まることで、「日本人のためのがんの予防法」といった私たちの健康を支える指針などが作られています。

(1988〜1990年に開始されたJACC Study。玉腰先生は大学院生の時から現在まで関わっているそうです。)
大切なのは、人との関係づくり

これまで多くの研究を進められてきた玉腰さんに、思い出に残っているエピソードについて尋ねました。「本当に苦い経験」と紹介いただいたのは、協力先の担当者の変更によって研究が頓挫した事例。玉腰さんのような研究を地域と協力して行う場合、担当する方、例えば自治体の職員などの求心力がとても大きな力となるそうです。しかし、ふだんの業務をこなしつつの協力となるので負担が大きいといいます。もちろん異動もあります。担当者の変更があると、とたんに体制が崩れ、「この先の追跡には協力しがたい」というお断りあったというのです。多くの人と、長い時間をかけて進めていくだけに、「人と人との関係づくりがこういった研究には大事と考えている」といいます。

わかってはるけど…… 行動はなかなか変わらない

研究によって健康に良いとされること、悪いとされることが多く明らかになり、研究者や医療関係者による情報発信、報告が数多くされてきました。しかし、「ひとびとの行動は、リスクがわかっていてもなかなか変わらないことを実感しています」と玉腰さんはいいます。喫煙を例にすると、昔と比べてずっと少なくなったものの、多くの方がまだ喫煙を続けている状況です。特に北海道の喫煙率は全国的にも高い値となっています。

(都道府県別喫煙率のグラフ。北海道の喫煙率が全国的に高いこと、特に女性の喫煙率はずば抜けて高いことが一目でわかります。)
研究者として、今、北海道でできることを

玉腰さんは現在、冬の北海道でひとびとが動けるようになるプログラムの開発に取り組もうとしています。

北海道は、ひとびとの1日の歩数が少ないことや、小学5年生のテレビ等の視聴時間(不活発な時間)が全国的に長いことなどから、活動が不足している地域であることが明らかとなっています。しかし、歩かないことで虚血性心疾患や脳梗塞のリスクが高くなることや、テレビを見る時間(不活発な時間)が長い人では心血管疾患や脳梗塞のリスクが高くなることは、JACC Studyの研究などからわかっていることです。

(スクリーンタイムが5時間以上の小学5年生の割合。北海道は男の子も女の子もワースト1位。別のデータから、同じ年齢の子どもの肥満傾向の割合も北海道は非常に高いことがわかっています。子どもの頃の肥満は成人期の肥満にもつながることから、放置して良い話でもないかもしれないと玉腰さんは考えているそうです。)

喫煙の例と同じように、ひとびとの行動変容を起こすことは難しいもの。学校がコミュニティの中心にあることや住民の高い生活満足度などの地域ならではの良さを活かしながら「どうやって活動度を上げていくのか」というのを、玉腰さんはいろいろな方々と一緒に考えていきたいといいます。

参加者とともに考える北海道の健康

そこで後半では、予めお声がけした北海道在住の参加者3人を交えて、北海道の健康について意見交換をしました。

(初のウェビナーでの開催となったサイエンス・カフェ札幌。パネリスト機能を使って参加者との意見交換を行いました。右上:折登さん。人生の多くの時間を札幌で過ごしている大学生。左下:望月さん。札幌から栗山町に移り、地域おこしに携わっている方。右下:和田さん。関東から札幌市に移り、食育などに携わっている方(道外出身))

「編み物や味噌作りといった家にじっと籠もって楽しむ遊びをエンジョイしているのですが、それもでも外に出なくてはダメですか?」という個人個人のやりたいこととのバランスの取り方、「冬は公園が雪捨て場になって、子どもが外で安全に遊べる場所が意外と少ない」といった北海道ならではの事情、「その研究がどのような効果があるのかというのを研究者や研究機関と行政がきちんとコミュニケーションを取れていけるのかが正直な課題だと思う」といった行政と研究者をつなぐ立場からのコメントなどがありました。それらに対して玉腰さんが答えたり、時には「みなさんの知恵をください……」と悩んだり、参加者同士で笑いながら話し合う場面が見られたりと、健康と北海道の話をざっくばらんに研究者と語り合うような時間でした。

おわりに

意見交換を終えて、玉腰さんからは次のようなコメントがありました。

「話をしないとわからないことはいっぱいあるし、研究者が考えていることと違う視点がすごく大切というのを感じさせていただきました。ぜひ、こちらがちょっと相談をした時にはお話をしてもらったり、ちょっと協力してもらったりするとすごく嬉しいです。」

コホート研究のような健康に関する研究は、多くの人が関わり、長い時間を要するもの。そしてめぐりめぐって私たちの暮らし方に影響する可能性があります。また、健康になることそのものは第一の目的ではなく、健康を前提とし、やりたいことをやる、夢を実現することが真の目的です。気負わず楽しく健康を手に入れられるようなしかけを、研究者だけでなく地域全体で、そして1人1人が考えていけたらいいですね。

玉腰さん、意見交換に出席してくれた3名の方々、そして当日ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!

(イベント後の振り返りの様子。サイエンス・カフェ札幌は今回も完全にオンラインで実施。CoSTEPスタッフも全員別々の部屋から参加しました。みなさんと実際に顔を合わせながら対話できる日が早くきますように。)

※ 当日の様子は2022年9月12日(月)までの公開です。お早めにお楽しみください!