実践+発信

121サイエンスカフェ札幌「たまたまSDGs~畑から食卓までのフードロスを語り合う~」を開催しました

2022.1.11

2021年11月25日(木)、地域のフードシステム全体を研究されている農業経済学者である小林国之さん(北海道大学 大学院農学研究院 准教授)と、北海道の食材にこだわり食の安心・安全を確保しつつ、フードロス問題に飲食店の立場から取り組む椿サロンのオーナー、長谷川演さん(株式会社アトリエテンマ 代表取締役)をゲストに、第121回サイエンス・カフェ札幌「たまたまSDGs~畑から食卓までのフードロスを語り合う~」を開催しました。聞き手はソーシャルデザイン実習班の仰木が担当しました。

私たちが口にする食べ物は、畑で生産されて運ばれて食卓に上がるまで、様々な形でロスが発生しています。生産者、飲食店、そして消費者がこれから変えていかなければならない意識や仕組みについて、それぞれの立場から語り合うサイエンス・カフェ札幌、本物のカフェ空間からオンライン配信で実施しました。なお、本イベントの企画・運営は、仰木・井上・大平・木村・坂本・渡辺(2021年度 ソーシャルデザイン実習受講生)が行いました。本記事では当日の内容について簡単にご報告します。

井上純(2021年度 本科SD/社会人)


当日のサイエンス・カフェの模様はこちらからご視聴ください。

「畑から食材まで」

はじめに、生産現場や流通における現状について農業経済学者の小林さんから伺いました。

今、なぜフードロスが問題になっているのか。根本的には、作る場所と食べる場所が離れていることが大きなロスが出る1番の原因。昔は、作られた所で食べることが普通でしたが、時代と共に、国が発展したり人口が増えたり農村ができて街ができて、物を作る人と食べる人の場所が離れてきました。そのため物流などの仕組みが生まれ、その仕組みにうまく乗せられる物と乗せられない物が出てきて、結果的にフードロスが生まれた、と小林さんは語ります。ある意味で人間が豊かになり、それを支えたその裏面にフードロスも出てきてしまったということなのでしょう。

出演者で記念撮影 右から長谷川さん、小林さん、仰木

農業現場では、規格外の野菜と言われるものを、カット野菜やジュースにしたり、じゃがいもであればでんぷんにするなど、採れたものを捨てずになんとか利用しようと色々と工夫しています。ただ製品としては一律に流通できないため、商品のランクを分けて出荷する必要があります。ただし、分けて出荷するということは農家さんにとって負担が大きいと小林さんは指摘します。買う側が、形や色など見た目の均一性のような物を求め、生産者もそれに応えようとすることによって、色々な手間が生まれています。そこが今の規模が大きくなっている北海道農業の足かせになっている部分があるのです。

フードロスの視点では、食品産業と呼ばれる加工業や外食産業で流通している食品でのロスのウェイトが大きくなっています。例えば、ファーストフード系のお店などは、基本的に営業終了時間まで、なるべく全ての商品を揃えておきたいですよね。消費者は、お店に行って品切れだと、ちょっと残念に思ってしまいます。お店側は、消費者の満足度を最優先に頑張ると、どうしてもロスが生まれてしまいます。つまり消費者が意識していなかった部分でロスが生まれているとも言えるのです。

「食材からカフェまで」

次は、食材を提供する飲食店でのフードロス等について、椿サロンオーナーの長谷川さんから実際の取組を伺いました。

「僕たちは、“マニュアルがない営業の強さ”にチャレンジしています。」と長谷川さんはまずフードロスについて新しい視点から話してくれました。賞味期限切れたから捨てるということがないように、仕入れる食材の量と、曜日などによるお客さんの来店予想など、これまでの経験に頼り、様々な状況を調整して食品を仕入れているそうです。また椿サロンのパンケーキは、無添加や北海道の食材にこだわって提供しています。ただパンケーキは無添加であることから、焼く技術がとても難しいとのこと。そのため調理者は日々の湿度などで焼き方を調整できるようになるまで練習を重ねないと、お客さんに提供するホットケーキは作れないそうです。その調理の腕を磨く過程でまさしくロスが出ていた椿サロンのホットケーキ、これを活用できないかという発想で生まれたのがこのホットケーキサンドです。ホットケーキに生クリームを挟んで、三角形に切ることによって、少し形が崩れたホットケーキでも美しい商品としてよみがえりました。マニュアルの中だけで考えていたらそういう商品は生まれなかったと長谷川さんは振り返ります。

椿サロン夕焼け店

椿サロンがフードロスをなくそうとする原点は「もったいない」です。エネルギーに関してエコというものを真面目に考えようと取り組んでいる事例もあります。日高の新冠町では、椿サロン“夕焼け店”というお店を営業しています。丘の上にあり、目の前には海と空しかないそのお店は、昼11時にオープンし、夕日が海に沈んだらお店は営業終了。このお店には照明器具が無く、お店の照明は自然光だけです「僕はデザイナーでもあるので、究極のエコをデザインの力で見せたい、伝えたい。」と長谷川さんは語ります。

「みんなのたまたまSDGs」

私たちはこのサイエンス・カフェに向けて、事前に札幌の街で既に様々な取り組みをされている方々に取材をさせていただきました。当日は2つの事例を簡単に紹介しました。

この黒い粒粒の物質は、北海道大学触媒科学研究所の福岡篤さんが開発したプラチナ触媒というものです。

プラチナ触媒

これは野菜や果物から出てその物自体の熟成や破壊を進めるエチレンという物質を分解してくれる物質。つまりこの触媒は、果物や野菜の腐敗の進行を遅らせる働きがあります。これは、既に市販の冷蔵庫や加工用の野菜の貯蔵倉庫などで使われており、長期保存に役立てられています。

2つ目の事例は、美味しそうな料理がたくさん並んでいるこの写真です。

サルベージパーティでの料理

食育インストラクターであり、サルベージプロデューサーの和田順子さんの取組です。これは、それぞれの家庭で、使いきれない物や使いみちが分からないために眠っていている食材を持ち寄り、その場でみんなの知恵を出し合い、料理して美味しく食べきろう!というサルベージパーティーと呼ばれる取組です。

まとめ

私たちが食や農業や環境に対して、“たまたま”良いことができるようになっていくにはどういうことが必要なのでしょうか。本日のまとめとして小林さんに伺いました。

フードロスを無くすためには、技術の進歩は重要。事例に挙げられた“プラチナ触媒”のように、貯蔵技術、冷凍技術、フリーズドライの技術など、長期保存の技術がとても進んでいる、と小林さんは指摘します。

また、サルベージパーティーでは、食材をどのように使おうかと知恵を出し合う取り組みです。もともと、家族の中でおばあちゃんから、お母さんから、家庭のレベルで食材の活用方法は受け継がれてきましたが、今の日本では家族の形が変わり、単身世帯が増える中で、調理技術や食にまつわる技術など、コミュニケーションが断絶化されているのではないかと、小林さんは語ります。生産現場と食べる場所は離れているし、食べる人達も1人1人がバラバラになっています。その人たちをいかにしてつなぎ直していくかという一つの取り組みにサルベージパーティーは位置づけられるのかもしれません。

また、カフェの中で語られた飲食店についてもふれられました。一般的に販売機会の損失を恐れるため、お店側は常に全ての品を揃えておきたいものです。しかし、逆にワンアンドオンリーのお店として「今日は品切れなのですが、また明日来てください。」という姿勢もありではないか、と小林さんは語ります。どこにでもある商品を売るのでなければ、次にまたそのお客さんが戻ってきたりするのかもしれない、と提案します。そういう意味では、長谷川さんがチャレンジしている“マニュアルがないお店の強さ”は非常に興味深い取り組みです。お店として”個性“や”大切にしていること“に向き合うことの重要性を感じます。

そして食材からお店のしつらえなど全体のデザインも重要です。デザイナーにある意図があり、消費者はなんとなく居心地が良いと感じ行動を起こすという循環が生まれるのかもしれません。結果的にその空間の中で過ごすことによって、“たまたまSDGs”につながると、人の意識を変えるのは難しいが、このようなデザインの力を使って社会問題を解決するという考え方は重要だと、結ばれました。

当日、司会をしていた仰木は、家でどうしても出てしまうフードロスに対してすごく負い目を感じていたけど、それは自分の努力の問題だという意識が強かったからかもしれないと振り返りました。今回のサイエンス・カフェを通して、もちろん個人の取り組みも意識も大事だけれど、世の中には様々な無意識の中で生まれてしまっているフードロスがあることに気が付いたそうです。また、事前の取材を通して色々な取り組みがすでに行われていることを知り、個人だけではなく、いろんな人と考えていきたいし、そうすることで、個々に行われている取組がもっと広まったり、違う分野の人と繋がりで、新たな良いものが生まれてくるのかも、という感想で本サイエンス・カフェを締めくくりました。

事前に募集した質問も入れ込んだしつらえ

活動報告後記

生産現場や流通における現状の一端をお聞きし、その中には消費者の無意識の潜在的な要望に応えようとする仕組みが、良し悪しに関わらず存在していることを知りました。また、飲食店としての“在り方”をデザインによって一石を投じるチャレンジを知り、目からうろこが落ちました。科学技術の進歩と、人と人との繋がりによる知恵の結集が、この課題を良い方向に向かわせる方策であることを、今改めて感じています。

当日、ご覧になれなかった皆さまは、アーカイブでご覧頂けたら嬉しいです。

さて、このサイエンス・カフェの内容と合わせて、事前に取材した様々な方の素敵な取組について、今後、冊子にまとめる予定です。是非、皆さんに手に取って頂き、“たまたまSDGs”のきっかけにして頂ければと願っています。