実践+発信

【2021年度CoSTEP修了式】消費者問題の現在地と科学技術コミュニケーション

2022.3.12

岩野知子(2021年度 研修科)

遺伝子組換え、ゲノム編集、食品添加物、放射性物質の影響、環境問題、SDGs、フードロス、ニセ科学…「消費者問題」と言われて思い浮かぶのはどのテーマでしょうか。

令和3年版の消費者白書では、最近注目される消費者問題として以下3点について記載があります。※1
(1)新型コロナウイルス感染症に関連する消費生活相談
(2)インターネット通販に関する相談
(3)SNSに関連する相談

白書のもとになっているデータは、全国の消費生活センター等と国民生活センターに寄せられた「消費生活相談情報」のデータベースです。国民向けには、個人情報や事業者名、商品名を抜いた形で国民生活センターのホームページで検索ができ、一部閲覧できるようになっています。※2 令和3年版の白書は2020年を中心とした分析ですが、実際に相談を受けている消費生活相談員である私の体感とも符合します。冒頭の消費者問題の各テーマが社会全体の問題とすれば、消費者被害やトラブルは個人の問題といった違いがある。そのように見えますが、相談件数を照合してみると実際に起きている消費者問題の現在地が見えてきます。特に、(3)のSNSについては、今現在起きているロシアによるウクライナ侵攻においても大きな影響力を持ち象徴的な役割を果たしていますが、消費者問題でも同様です。また、相談1件当たりの被害額は少ないことが多いですが、件数が積み重なることで全体の被害額は大きくなります。消費者庁は2020年の全国の消費者被害・トラブルの総額を約3.8兆円と試算しています。※3

消費生活相談窓口には、詐欺まがいの被害も多く寄せられます。そのような悪質性の高い事業者と科学技術の専門家が直接関係するわけではないと思いますが、違法な手段や違法すれすれの手法を使ってでも利益を得ようとする側は、人々の科学技術への信頼性と不安感を巧みに利用し、無防備な消費者を飲み込んできます。悪質な事業者だけでなく、有名企業であっても、行き過ぎた広告表現や勧誘手法などにより行政処分を受けることもあります。

一方で、消費者自身の広告や勧誘方法に対する認識や意思決定について、相談者の話を聞きながら、疑問や不思議さを感じずにはいられないことがあるのは事実です。人の行動の全てに整合性が必要なわけではありませんし、何らかの依存傾向や障がい、加齢による判断力の低下、社会経験の少ない若年層の特性などが浮き彫りになることもありますが、現役世代でも同じように感じることがあります。詐欺まがいの手法の巧みさに乗せられてしまうからなのか、なぜそうなるのかよくわからない。それでも困っている人がいるのであれば何か手立てはないかと検討し、できるかぎり支援を行います。

今年度の振り返り

私が研修科で研究したいと考えたのは、消費生活相談員は、科学技術分野の専門家ではないが、意図せずに、科学技術コミュニケーションの一端を担っているのではないかと感じたからでした。製品の安全性や健康食品への期待と実際のズレ、インターネットや身の回りの情報に対する理解力や判断力の格差、スマートフォンの利用の仕方や操作そのもの…。生活に馴染みすぎてそれとはわかりにくい科学と技術と消費者のギャップを縮め、契約面での解決を支援する。ゼミでは、そんな相談員の職務内容の説明と、現行の消費者被害・トラブルの事例紹介に終始してしまい、どのようにアウトプットするか詳細を定めきれずにいました。

今後について

相談員としての体感と公表データを紹介しつつ、これまでの消費者被害・トラブルの分析とは違った切り口で文章化し提示していきます。

もう一つ、消費生活相談員自身がどのようなコミュニケーションを行って職務を遂行しているのかについても迫りたいと考えています。相談員は、傾聴やカウンセリングを行うイメージがあるかと思いますが、実際には、聴き取り伝える力(主に対相談者)と交渉力(主に対事業者)が重要です。製品や現象について、事業者や各団体など専門機関の説明を聞き、間違いないようにと相談者に伝えた後で、理解はしたが解決する/解決しないケース、理解できないが解決する/解決しないケースがあります。契約面での解決は事業者の対応方針に左右されますが、「理解する/理解できない」については、相談員の説明の良し悪しもあれば、専門機関の説明のわかりにくさも関係します。少しでも、説明伝達の関係性やコミュニケーションについても掘り下げることができればと思います。

 

※1 令和3年版「消費者白書」第1部 第1章 第4節 最近注目される消費者問題
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2021/white_paper_110.html
※2 消費生活相談データベース(PIO-NET)
https://datafile.kokusen.go.jp/
※3 同白書、第1部 第1章 第5節 消費者被害・トラブルの経験と被害・トラブル額の推計
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2021/white_paper_116.html