話題となった科学番組を上映し、みんなでその内容についてディスカッションする科学映像論特別演習が、5月28日18時半から開かれました。そこで話し合われた内容について報告します。
第1回目は、NHK教育で5月15日に放送され、インターネット上でも大変話題になった以下の番組です(6月2日現在、タイトルをグーグルで検索すると254,000件ヒット)。
CoSTEPの受講生や修了生、教員など10人でこの番組を見て、感想や疑問点など、意見を交わしました。
NHK教育(2011年5月15日放送)
ETV特集・ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から2ヶ月〜
※番組の詳細は、NHK・ETV特集のホームページでご覧ください。
<番組の内容>
福島第一原子力発電所の事故からわずか3日後、科学者たちは、現地に乗り込み、連携しながら、2ヶ月に渡って、独自の放射能測定調査を行った。被爆による人体への影響と、今後の土壌汚染対策への基礎となるデータ・放射能汚染地図を作るためだ。その結果、原発から半径30キロ圏内より外で、非常に高い濃度で汚染されているホットスポットがあること、福島市内にも高い汚染地域があることなどが分かった。番組ではこうした科学者の調査の様子とともに、津波だけでなく原発事故にも翻弄される被災者の苦悩に迫っている。
<ディスカッションの内容>
■番組への評価
アンケートによると、おおむね良かったという声が多数を占めました。しかし、インターネットでの盛り上がりほど、この演習では評価する声は高くありませんでした。
分かりやすかったかどうか聞いたところ、分かりやすいという意見は少数で、全体に、番組が意図するメッセージが分かりやすく伝わらなかったようです。
代表的な意見として以下のようなものがありました。
MUさん「途中でナレーターがころころ変わるのが気になった。特に男性ナレーター(ディレクター?)の話し方のトーンが暗くて、あまり良くない印象だった」
HWさん「番組のタイトルは放射能汚染地図となっているが、焦点をあてているのは科学者というよりも、被災者の感情のように感じた。タイトルと内容がマッチしていないことに引っかかりを感じた」
AHさん「もっと掘り下げて聞きたい肝心な箇所が説明不足だった。基準を20ミリシーベルトするかどうかでもめたところ。それから冒頭で出演した木村真三博士がどういう経緯で勤めている研究所を辞めたのか、またその理由や葛藤。そして木村さんがどんな情熱を持った人物なのかも説明不足でよく分からなかった」
HTさん「科学者が出てくるパートと、被災者の声を聞くパートで、番組のトーンが全然違う。被災者を映したシーンでは、感情に訴えるような撮り方や編集。一方で放射能汚染地図という非常に科学的な内容が、交互に出てくるため、強い違和感を覚えた。また科学番組であれば最低限出すべき情報や説明が欠けているように感じた」
■番組の優れた点
一方で、もちろん番組に対して肯定的な意見もたくさんありました。映像で伝えることでよりインパクトがあったという声が多数を占めました。
YKさん「一見、普通の風景に見えるのに、測定してみるとかなり汚染されている。数値でしか示せないものを、うまく映像を使って伝えている。特に子供や犬、猫が出てくると、もろに伝わる。シーベルトという分かりにくい数値をイメージとして実感させる方法に感心した」
HTさん「科学者や番組スタッフの機動力の高さに驚いた。3月15日には調査とロケを開始している。事故が起きた直後に、未来の大惨事を予測して、作品制作を走らせるという、番組制作者のすごい判断力。そして科学者の行動力に敬意を表したい」
YKさん「ネットはあくまで二次情報に過ぎないと感じる。プロの瞬発力、調整力、取材の確かさ。マスメディアの足腰の強さを感じた」
EHさん「独自調査のデータをもとに、政府に対策を迫ったという点で、大変意義のある作品。科学者とのネットワークやこれまでの番組制作の蓄積があるNHKだからこそ作ることができた。科学者とメディアの協働が、社会を動かすかもしれないという光明を見せてくれた」
■科学的な信憑性、伝え方について
今回、番組が依拠している科学者のデータの取り方は妥当だったのでしょうか。むろん専門家ではない我々には、印象論の域を出ませんが、以下のような意見が出ました。
HTさん「基礎データとしては貴重だが、じゃあ正確に実態を反映しているのかどうか。車で走りながら測定するとなると、国道沿いのデータばかりが集まるが、地形や局地気象によって国道沿いに放射性物質が集まってしまい、高い数値が出ているという可能性はないのか」
YHさん「しかし、そうした連続的な測定を政府や東京電力がやって情報公開してきたのか。それすらやってこなかったのではないか。今回のNHKの番組によって初めて国民が広く知る機会を得た」
HTさん「もちろんデータが無いよりはいいが、信頼できないデータであれば、いたずらに混乱させるだけではないのか」
HWさん「避難所の人々に伝えて、早く退避させることができたのは、今回出演していた科学者たちの功績ということになるのでしょうか?」
YHさん「当然、功績だろう。伝えなければさらに被爆していたはずだ。」
HWさん「なぜ初めて会った科学者の意見をすぐに信じるのか。こうした活動が風評被害を呼ぶ可能性はないのか」
MUさん「最後に出てきた、科学者たちが合作したという放射能汚染地図に、地名や県境、原発の位置などの情報が無いことに非常に違和感を感じた。エンディングとはいえ、最低限の情報はのせるべきで、科学的配慮が感じられない」
EHさん「地図も分かりにくいが、一番最後の科学者たちの討論が非常に尻すぼみで、何が言いたいのかよく分からなかった。もっと科学的に分かった事実について、制作者の立ち位置を明確にして、はっきりとしたメッセージを出すべき」
■被災者の心情の描き方
アンケートで最も印象に残ったシーンを聞いたところ、シベリア抑留から帰還した養鶏家が、手塩にかけて育てた3万羽のニワトリが全て餓死していた無残なシーンを上げる人が半数でした。
他にも、被災者たちの「原発のせいで前へ進めない」「原発や東電が憎い、電気が無い暮らしでもいいから原発は欲しくない」といった被災者の言葉や、「ただ悔しいだけです。普通にここで農業やって子供育てて、幼稚園に入れて、普通の環境で…(暮らしたかっただけなのに)。」と頭を抱えて涙を流す若者。そして避難区域の自宅に残るペットに餌をやりに来た夫婦。自宅を後にする飼い主の車を追いかけて、必死に駆け寄ってくる犬など、心を揺り動かすようなシーンがたくさんありました。
JHさん「犬が飼い主を追いかけてくるシーンが印象に残った。全体に、子供を持っている親が見たら、どうしてくれるのかと感じるだろう。国や東電に腹が立った。農家が将来を不安に思う気持ちは痛いほど分かるが、不謹慎ながら自分たちじゃなくて良かったという思いも胸をよぎる。複雑である」
HWさん「無理に出演者に言わせているような感じは全然しなくて、自然なインタビューだと思った。ドキュメンタリーでよくある泣かせの演出は好きじゃないが、今回見た映像はしっくりきた」
EHさん「被災者の気持ちが胸に迫ってきた。しかし、科学的事実を番組のメインにすえるのか、こうした被災者の感情にフォーカスするのか、番組が訴えたいことを絞り込んでほしかった。タイトルからすれば、被災者の心情を描くのは抑制する方法もあった(他の番組やニュースで放映することも可能?)」
以上、ディスカッションの報告でした。これからもできれば月に一度、この演習を開きたいと思います。この演習では、以下のような点に着目して、自由な雰囲気で議論していきたいと考えています。
・メディアはどのように情報を分かりやすく加工しているのか
・プロの撮影、編集技術の特徴
・漫然と情報を受け取るのではなく、健全な批判的精神をもつ
・過剰な演出や、不確かな情報の見分け方など、メディアリテラシーについて
・人の感情を強く動かす作品の力はどこにあるのか