唐橋あかり(2022年度 本科/社会人)
6月25日から講義はモジュール2に入りました。このモジュールでは、科学技術コミュニケーターとして必要な表現とコミュニケーションの具体的な手法について学びます。今回はモジュール2の第1回目として、過去のCoSTEPの実習事例から様々な手法を知り、実践と学習を繰り返して科学技術コミュニケーターとしての学びを深めていくことについて考える講義です。講義は前半を福浦先生から、後半を梶井先生からご説明いただきました。
1.科学技術コミュニケーターとして「自分の言葉で伝える」ための手法
まず、個別の実習事例を知るにあたり、「実践とは、“中身、対象、器(伝え方)”」という奥本先生の格言!が紹介されました。それぞれの要素は科学技術コミュニケーションの以下の要素を表しています
- 中身=コミュニケーションの内容・テーマ・目的
- 対象=コミュニケーションの相手(の立場や属性)
- 器=コミュニケーションの手法・伝え方
モジュール2のテーマである「手法」は科学技術コミュニケーションの構成要素の一つです。
まず、この3つの要素の関係性を捉えるためのヒントとして「メディアミックス」の概念について学びました。
「メディアミックス」とは、ある一つの作品を原作として、それが別の媒体(メディア)で展開されることです。講義では『ゲゲゲの鬼太郎』がメディアミックスの事例として示されました。
『ゲゲゲの鬼太郎』は水木しげるの漫画作品ですが、連載から半世紀以上たった今も漫画という器を飛び出して様々なメディアで楽しまれている作品です。例えば、対象に合わせた器としては、アニメ(子供向け)や舞台(大人向け)で上映されています。その他にも、地域のイメージ作り(中身)のために妖怪のブロンズ像が立ち並ぶ水木しげるロード(器)が誕生したり、どんなモチーフや内容も受け入れる懐の深いLINEスタンプ(器)でも『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがコミュニケーションのツールとして活用されています。
このメディアミックスという概念は本来、原作への入り口を複数持つことでより多くの人に認識されることにより収益の機会を増やすことを目的としたものです。
科学技術コミュニケーションにおいても、サイエンスカフェやライティングなどのように多種多様な手法があり、どの手法を選択するかによって、受け手への影響や印象は大きく異なるものとなるでしょう。メディアミックスは、科学技術コミュニケーションと親和性の高い概念だと感じました。
2.CoSTEPの実習事例の紹介
続いて、各実習担当の先生方による過去のCoSTEPの実習事例の紹介です。以下にモジュール2のテーマである器(=手法)と中身、対象の関係ごとに事例を整理しました。
中身から「器」を決める
【対話の場の創造実習】
古澤先生イチ押しの「ザリガニ」を知ってもらうことを目的として、数多くのアイデアからギリギリまで手法の検討を重ねてサイエンスカフェを実施
【選科B】
成果物としてサイエンスエッセイを作成したため、エッセイという文章の性質に合わせて文庫本の仕様で製本
対象から「器」を決める
【SD実習】
SDGsについて詳しくない人に対して、SDGsを自分事として捉えてもらうために、複数のメディア(サイエンスカフェ、冊子、展示)を用いて発信
【グラフィックデザイン実習】
CoSTEPの一年間の学びを発表する修了成果発表会での報告のため、チラシやトランクキットなどのコンテンツ作成の内容を雑多な記事を束ねた雑誌という形態でとりまとめ
「器」から中身を決める
【ライティング実習】
サイエンス・フィクションの視点から未来を予測・議論するSFプロトタイピングという手法を使い、科学技術コミュニケーションについての物語を作成
【選科A】
Zoomの投票機能を使ってのオンラインイベントのため、参加者が確実に投票機能を使うような参加者を巻き込むワークショップをデザイン
先生方の熱い解説に、これからの実習・演習への期待が高まったところで、前半終了です。
科学技術コミュニケーションは、何らかの中身(目的)や対象のために、器(手法)を選択することが多いのではと思いますが、CoSTEPは学びの実践の場。まずは手法の特徴を知るためにも、器ありきでも数多くの手法を経験することが一番だと感じました。
この実践の大切さは、次の梶井先生の講義でも語られています。
3.実践と学習を両輪で回すこと(梶井先生)
講義の後半は梶井先生にバトンタッチとなり、これまでの先生の経歴と経験をもとに、経験を基点にして学びを深める「経験学習モデル」の意義について、科学技術コミュニケーションの基本的な手法のひとつであるサイエンスカフェを例に考えを深めました。
経験学習モデルとは、具体的な経験をもとに内省し、概念化した内容を実践し、新たな経験を得るサイクルを繰り返すことで、学びを深めていくプロセスです。
梶井先生は未来科学館時代のサイエンスショーなどの実践と振り返りの繰り返しや、過去のCoSTEPで実施したサイエンスカフェからの学びがあったからこそ、コロナ禍での変化に対応し、サイエンスカフェのオンライン化という新たな手法を生み出すことができたと語りました。
モジュール1-1の講義においても、科学技術コミュニケーションの明確な定義はなく、本プログラムの学びを通じて、受講生自身でそれぞれの科学技術コミュニケーションを作り上げていくことが大きな課題として投げかけられました。
科学技術コミュニケーションは、科学技術の進歩や社会の変化に応じたその時の最善・最適はあるかもしれませんが、普遍的な正解はないということができます。そして、ゴールがないからこそ、学び続けることができるともいえると思います。
梶井先生は科学技術コミュニケーションの強みを、以下の3つにまとめています。
- 実践するから自分ごとにできる
- 学習するから俯瞰的に見られる
- 自分はもちろん他人とも繋がる
この強みは、1と2で経験学習モデルとなり、3で個々の経験を持ち寄って学びを深めることができるということです。これはまさに先ほどの例で示された、コロナ禍でのサイエンスカフェのオンライン化の事例にも当てはまります。
最後に梶井先生は「実践と学習を両輪で回すこと」の意義を、答えのない科学技術コミュニケーションを仲間と共に一緒に作っていくことが現時点での答えであるとして、講義を締めくくりました。
4.講義の感想
講義では科学技術コミュニケーションの様々な手法を使った事例が紹介されました。科学技術コミュニケーションに終わりはない、唯一の正解はないということは、これらの手法も未完成な部分を含むということであると思います。このことを難しさと捉えることもできますが、経験学習により新しい手法を作っていく楽しさもあるはずです。
1年間という短い期間ですが、本プログラムを実践の場として、共に学ぶ18期メンバー達と科学技術コミュニケーションのより深い理解へ繋げたいと、思いを新たにした講義でした。