実践+発信

モジュール6-4「正しいだけの医療情報はもはや嫌われている」(12/17)市原 真先生講義レポート

2023.2.27

執筆者:中尾 幸代(2022年度選科A/社会人)

12月17日の講義は、モジュール6-4として「ヤンデル先生( @Dr_yandel )」こと市原 真先生(JA北海道厚生連札幌厚生病院 病理診断科 主任部長)に「正しいだけの医療情報はもはや嫌われている」のタイトルでご登壇頂きました。
市原先生は病理医としてご活躍の傍ら、SNSを利用した情報発信に力を入れておられます。
今回のご講義では、SNSにおけるこれまでの背景や現在の活動内容、利用するメディアの特徴、問題点(炎上案件を含めて)などについて、大変熱く内容盛りだくさんで語って頂きました。

サイエンスコミュニケーターは「エクストリーム兼業」

日本ではサイエンスコミュニケーターを専業にしている人はおそらく一人もおらず、みんな何らかの専門性を持っている人が兼業でやっており、これが海外だと病院や科学者が雇ったサイエンスコミュニケーターがいます。
日本でこれが専業に切り替わる日は来ないであろう→本業を持つ人が兼業でやってレベルを高めるということを実践的に目指すしかない、と市原先生は言います。

本日の講義のタイトル
「☆    正しいだけの医療情報はもはや嫌われている    

「☆    」⇒少女漫画とかの煽りになる これをやりたかった
今日の講義の中で1番ここにはまるのは何か?⇒「もはや(手遅れ感)」と「嫌われている(強い言葉)」を入れたかった。これがいわゆる「SNS的な」フレーズの使い方で、ここに本質は何もないが、他の授業と違って「何をやるのだろう?」的になり、このような煽りを使うというのがそもそもSNSの技術なのです。

2011年になぜTwitterで「病理医ヤンデル」という活動をはじめたのか?

もともとは「病理医という社会的に認知度の低い職業を広報しよう」という社会正義によるものだったそうです。
当時と今とでは情報の桁が違うのですが、現在に通用することとして、「ブログを同時に運用していたこと」が挙げられ、サイエンスコミュニケーターをやるなら是非やっていただきたいとのことでした。

SNSで何か素材を拡げることが広報

Twitterは病理医の広報のためにやりたい、SNSはどうやら広報に向いているようだが、SNSをやるということが広報ではなく、病理医についてわかりやすくまとめたものがあり、それを拡散しないと意味がない、Twitterの中に情報を込められたわけではなく(素材ではない)、だから拡散していく素材(コンテンツ)が必要だと考えたそうです。
必要なコンテンツとして以下が挙げられます。

  1. 自分で作れるブログ
  2. 学術講演の資料(自分が講演した時のPPTの資料の一部など)
  3. 「本」←かなり強力だそう

ブログと本は似ているように見えますがまるで違っており、ブログは自分しか目を通さないで世に出すのに対し、本は複数の人の目を通過して世に出ることになります。
「世に出す」と「世に出る」は両方やっていた方がよく、これらのコンテンツを揃えた上でSNSをやらないといけないのです。
以前からコンテンツを自分で作ってからSNSをやっておられましたが、今も医師のアカウントで発信力を持っている人たちというのは、ほぼブログなどのコンテンツを書いておられます。

他のコンテンツは?→「音声コンテンツ」

多数の情報が単片的に入っている世の中で、時系列にそってある程度まとめて相手に届けられるものとして一番強いものは「音」です。
音符1個1個を見ても意味にならないという音楽の理論と一緒で、その繋がりや流れの中で初めて快感になるというのが音のコンテンツで、例えばラジオは好きだと思ってもらえれば、時間の長さに関係なく1セットで聞いてくれます。
最近は芸能人やインフルエンサーたちがストック型の音声メディアであるPodcastを始めていて、その人たちについたファンがある程度独占的にいてくれるコンテンツは強いのです。
これに対し、フロー型のメディアであるTikTokやTwitterは情報が次々と流れていくため弱いのです。
このようなSNSでは情報を断片的に受け取ることになり、セットになった情報は渡しにくいのです。
そこで纏まったものを渡すことになった時に、「ブログ・本・音声」と考えるのはとても大事なことなのです。
音声コンテンツに関わることですが、落語のリズムとかラジオDJのリズムなどを身につけた方がよいでしょうし、書くにしても自分の書いたものをどこかで話す、というのを考えた方がよいです。

市原先生が制作実践してきたコンテンツの一例
「ストック型のコンテンツ」が大事

「情報を伝えるためにブログを書いている、こんなに本を出した」と蓄積する実績という風に感じてもらえるようになります。
中年以降の人には、その人自身が本当に評価されるのはストックされているコンテンツだという考えがあり、その人たちをターゲットにしようと思ったら、「ストック型のコンテンツ」を作らないと全く信用してもらえないのです。
医療に関するサイエンスコミュニケーションというのは若い人に訴求するのも大事ですが、中高年を取りこぼすわけにもいかないので、コンテンツをストックしていかなければならないのです。

良質なコンテンツがあればTwitterで拡散はできる

SNSをやっていない偉い人(大学教授とか学会長など)からよく「SNSをやって欲しい」と市原先生に依頼がくるそうですが、声をかけてくる時はだいたい「Twitterを使ってコンテンツにしたいんだよね」と言ってこられるそうです。
これはSNSをやっていない人やSNSを人にやらせて得をしようとする人に多い間違いで、Twitterはコンテンツではないのです。
「Twitterがコンテンツ」なのではなくて、「コンテンツを作っている状態のTwitterが強い」のです。

現在日本で一番Twitterがうまい人3人挙げるならば、

  • シャープ公式 @SHARP_JP
  • 上野動物園公式 @UenoZooGardens
  • セガ公式 @SEGA_OFFICIAL
    とのことで、コンテンツが充実しているアカウントです。
「ラジオDJ的なTwitter運用」

Twitterは「フロー型のメディア」、情報はどんどん流れていくので、SNSをいくらフォローしていても情報をストックすることはできません。
性質としては聞き流すラジオに似ていますが、ラジオの方がまとめて文脈が入ってくるのでSNSよりラジオの方が強いのでは、と考えます。
現在、市原先生のSNS運用はほぼ「ラジオDJ」に徹しておられるとのことです。
自分でコンテンツを作ることから撤退し、世の中に何かがあったらそれにコメントはするけど、余計なコメンテーターみたいなことはしない、ゲストの話をちゃんと聞く、といったラジオDJ的な運用です。
このようになったきっかけは、病理医が主人公の漫画「フラジャイル」の登場でした。
病理の世界をすごく高精度に描写してくれたコンテンツが出たことで、「自分が作るより強い」と考え、コンテンツの自作をやめたとのことです。

市原先生のような情報のハブのポイントが多い業界は盛り上がり、作る側・受けとる側・その間を担当する側が全部そろっていると情報がよく回ります。
作る側・受け取る側だけでなく、キュレーター、トランスレーター、翻訳者、紹介者など仲介する人が多い業界の方が情報はよく回り、博物館や美術館の学芸員、解説員、動物園の飼育員が描いている絵や紹介文、本屋のPOPなど、そのような存在がある業界は、いろんな人がそのコンテンツを楽しんでいるという感覚があるのです。
奇しくも「フラジャイル」の登場で自らコンテンツを作るのをやめて、市原先生自身が情報のやりとりの真ん中に入ったことで多くの人流ができて、フォロワー数も増えたとのことです。

興味深いコンテンツを外から探してきて、それをSNSで常駐率が高い病理医を名乗っている人間が掛け算したことで、以前よりはるかに盛り上がるようになりました。
その結果芸能界と繋がれるようになりました。
人々のコンテンツの興味がTikTok やYouTubeにいって、YouTuber やVTuberになって・・・となり、今まで雲の上だった芸能人が下に降りてきました。
芸能人の方々はしゃべるのが上手なので、情報を整理してコメントを短く切ってきます。
このような出会いがあったのは、市原先生自身がコンテンツを持っているからではなく、単純に情報のやりとりのハブだったからです。
ここからより実践的な話になります。

社会に対する医療系学会の情報発信

最近医療系学会は患者や社会に対するサイエンスコミュニケーションをちゃんとやらなければいけない状況に追い込まれているのですが(理由については割愛します)、これまでは一般市民に訴求するようなコンテンツが作られていなかったのです。
学会のホームページを見に行くと、全部文字だったり、クリックするとPDFにリンクされていたり・・・コンテンツがないから誰も読まない、「コンテンツとして作る気ゼロ」だったわけです。

人工知能AIと病理医<佐々木美羽さんご提供>

ここでホームページ上の「人工知能AIと病理医」についての市民向けの文章を学生さんがイラストで説明したものを紹介して下さいました。
少し前まではAIは人の仕事を奪うと言われていましたが、実はAIは頼れるロボット犬のような存在で、人間とは違った能力を持っているので、お互いに手綱を引きあいながら無理なところをカバーしあうパートナーのような共生関係である、ということをわかりやすく示したものでした。
このようなわかりやすいコンテンツにしてくれるとSNSでの閲覧数が伸びるのです。
市原先生は、学生さんでコンテンツを作る能力ある人に興味を持ってもらって、何か学会とコラボしてコンテンツを作ってもらえれば、と資料を作り、これまでコンテンツ制作に熱心ではなかった学会の先生方にご理解頂こうと提出されているとのことでした。
また「コンテンツがないのでコンテンツを作りましょう」ということで、Twitterで流すための15分ぐらいの動画を作成し、そのようなコンテンツをきちんと作った方がよいと、学会に助言するのが自分の仕事だとおっしゃいました。

SNSよりまずホームページ

市原先生がコンテンツ作成に関わったホームページについてご紹介頂きました。
https://www.kenko-messe.com/ HANSHIN健康メッセ

その中に、各臓器の顕微鏡像を動かして見ることのできるコンテンツがあるのですが、技術協力をしたシャープがSNSで拡散しました。サイエンスコミュニケーションの話を医者だけでするのは無理で、技術協力をしてもらって、いろんな業界の人にそれぞれツイートしてもらい情報を拡散してもらうことがとても大事で、そんな流れを作っていかないといけないのです。

学会のホームページに必要なコンテンツ
  • 会員向け講習会の情報
  • 学会主導の最新の研究成果→研究成果(論文も)を載せておくと他学会とのコラボのきっかけになることもある
  • 外来で医師が患者さんと話す時に使えるパンフレット→仕事において直で役に立つ
  • 患者・家族・メディア向けにもわかりやすい情報提供
    ⇒メディアが科学的根拠に基づかない記事を書くことが往々にしてありますが、メディアに向けて情報発信することでメディアに信用され、そうするとメディアが学会監修の学術情報に基づいた信頼性の高い記事を書くようになると思われます。

医療系の学会では、これらを美麗なホームページに格納することが大事で、そのためには広報委員会だけが奮闘してもダメで、企画委員会・教育委員会といったところの協力が必要になります。

学会SNSアカウントでの発信

学会アカウントの場合、学会からのメールや学会ホームページなどに載っているものの中からだけツイートをする、学会公式雑誌の更新情報を出すことが必要です。
例えば、例会の情報や論文の情報です。また学会の偉い人がメディアのインタビューを受けたときは、「周りに訴求した」「情報が波及した」ことになるので必ずSNSにその情報をアップします。
素人向けに発信してどうするの?と思われますが、活動が続いていることを発信するのが大切で、「そこに人が集まり盛り上がっている」という空気が生まれます。
ではいろんな人が同時に動かないとその空気が生まれないのか、というとそうではなくて、SNSには本質的に空気を纏う性質があり、例えば学会アカウントが英文雑誌の更新情報を時々ツイートしている、というのがそのアカウントの纏う雰囲気で、そこに信用が増すはずなのです。
医療系の学会では、これらを美麗なホームページに格納することが大事で、そのためには広報委員会だけが奮闘してもダメで、企画委員会・教育委員会といったところの協力が必要になります。

SNSでの炎上対策

市原先生の個人アカウントでは炎上したことがない→ツイートで自分を叩いている人たちを一切引用リツイートで反応しないため拡散されることがなく炎上しないとのことでした。

  • 「受信する側」として訓練する
    Twitterで他の人のツイートを見ていないのに、自分がツイートを作れることはありえない、他の人のツイートを読んでないために、自身のツイートが「それちょっとニュアンス的に危ないよ」というのがわからないのです。SNSは発信で拡散でもなくて、実は受信が一番強いのです。人のために何かを言うためにはたくさん受信した経験がないとダメなのです。
  • Twitterアカウントを作ったときに炎上を防ぐためのテクニック
    フォローバックは絶対する
    フォローバックをすることで、必ず1回は自分の発言でどのような人がやってきたのかというのがなんとなくわかるのです。
    自分に反応した人がどういう客層か?というのを見る訓練をしていたことになります。例えば、女性蔑視発言が多いアカウント10人にフォローされた時があって、それはその界隈でリツイートされたってことになります。ということは、この発言は気付かないうちに若干男性上位的なツイートだったことに気づいたそうです。自分の作った何かが拡散した先でどのような人にうけたか、というのを常にフィードバックしてもらえる環境というのがSNSのいいところなのです。

あやしい医療情報をうっかりつぶやいてしまったインフルエンサーを引用リツイートした医師がいました
「自分が正しい」「ニセ医学を倒した」と主張
これは正義なのだろうか?
それが「公益」につながるのだろうか?
科学の正しい情報を世の中に伝えることを、個人の正義でやっている人はこういうことになってしまうのです。
こと科学・医療の情報に関しては公益に与する、値することをやった方がいいのです。

ここでタイトルに戻って今日の講義を振り返ります。
「正しいだけの医療情報はもはや嫌われている」というタイトルでしたが、
正しいだけの医療情報はもはや「僕に」嫌われている
・・・という話でした。

本日の講義タイトルの意味を振り返る市原先生
SNSを用いた医療情報発信・科学情報発信、これまでの活動の要点

SNSだけでは無理、コンテンツを用意する
⇒自分が広めたいコンテンツが、ホームページなのか、動画なのか、偉い人のしゃべった話なのか、コミュニケーションの場を映した動画なのか・・・ちゃんと選ぶことが大切

音声コンテンツが結構使える
⇒多分これからのサイエンスコミュニケーションの核になる
しゃべるリズムなどを身につける

本を書く
⇒専門書と一般書を両方書いてきたというありがたい機会をもらえた
これらは書き方を変えている
その時によかったのは編集者の目を通じて誘導してくれたこと
これは複数の人でやっているコンテンツだから強い
ターゲットをしぼりつつ、そのターゲットに伝わりやすい言葉を模索できるのが本のメリット

ブログ
⇒毎日正拳突きをすることで、コンテンツをストックできる人間だと世の中に広まっていく
ただし本と違ってチェックが入らないので、甘くなりやすし偏りやすい
ブログをやらないというのはサイエンスコミュニケーションを人間としてはありえない!

大変情報量の多いご講義で、またその後の質疑応答も活発に行われました。
市原先生のお話は、CoSTEP受講生のこれからの情報発信にもよい影響を与えていくことになるでしょう。大変お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

市原先生を囲んでの集合写真