実践+発信

2012年度の授業がスタート。NHK・Eテレ番組「すイエサー」プロデューサー,村松秀さんの講義から。

2012.5.18

5月12日(土),CoSTEPの新年度の授業がスタートしました。キックオフの講義は,例年,一般市民の方々にも公開しています。今年は,村松秀氏 (NHK エデュケーショナル 科学健康部 シニアプロデューサー)をお迎えし「科学(?)エンタメ番組:すイエんサーと科学コミュニケーション」というテーマで講義をしていただきました。

この日の最高気温はなんと9℃(最低は4.6℃),小雨まじりの寒い北海道大学札幌キャンパスです。それでも,会場となった理学部大講堂には,受講生のほか一般市民も含め,約150人の方々が集まり,村松氏の講義に熱心に耳を傾けました。

硬派科学番組からエンターテインメントまで

村松氏は,論文捏造に関する取材をまとめ,著書『論文捏造』(中央公論新社)で科学ジャーナリスト大賞2007を受賞しました。また,NHK スペシャル「生殖異変」(放送文化基金賞本賞・地球環境映像祭大賞・科学技術映像祭内閣総理大臣賞)の制作を担当するなど,科学系番組の制作に携わってこられました。このような正統派の堅い番組から,すイエんサーのようなエンターテインメント性のある番組まで幅広くプロデュースしてきた村松氏です。敏腕プロデューサーの話に,受講生も一般参加者も引き込まれてゆきました。

すイエんサーのつくりかた

すイエんサーの収録は,いわゆるスタジオである必要はなくて,ベンチ一つ置ける場所さえ確保できれば,どこでもOKだといいます。メインの道具は,固定された小型カメラとスケッチブック。カメラが固定されているから出演者たちは自ら動いてアピールするしかありません。科学という言葉は使わずに,わざとチープなイメージを作り上げる…これまでの科学番組=ハイテク番組らしさを無くすことにトライしたそうです。

さらに驚いたことに,台本も打ち合わせも一切無し。出演者(すイエんサーガールズ)に,日常生活で抱く素朴な疑問の解決に体当たりで挑ませ,ガチで探求させる。村松氏はそのプロセスを「ぐるぐる思考」と表現していました。ムダもたくさんあるかもしれないけれど,自分の頭と体で考え抜いて,発見するって素晴らしい,その喜びをダイレクトに視聴者に伝える。つまり結果としての情報(疑問の答え)を見せたいのではなくて,ぐるぐる考えているプロセスをリアルに見せることが,番組のコンセプトだといいます。なるほど,少し回り道かもしれませんが「疑う力」「想像する力」「考える力」を育むためには「ぐるぐる思考」が王道なのかもしれない,と参加者一同ガッテンしました。

村松氏の問いかけとは

番組制作の背景には,村松氏の「科学」に対する問いかけがあります。ともすれば,結果だけが科学的な成果として伝えられがちで,そういう雰囲気が科学論文のねつ造に繫がっていったのではないか。「わかる」ことが大事にされる一方で,「わからないこと」は扱いにくいため,わからない状態を倫理的に飛び越えてしまったのがねつ造の本質ではないか。村松氏は,こう疑問をなげかけます。だからこそ,探求する姿に光をあてる。探求しているプロセスこそが科学の営みだからです。すイエんサーガールズが体当たりで挑んでいるのは「プチ・科学研究」とも言うべきものなのです。なぜ「ぐるぐる思考」なのか,二度目のガッテンです。偉大な研究者たちだって,失敗から新しい研究の種を生み出し,世紀の発見に繫げていったのです。

杉山代表による,はじめよう! 科学技術コミュニケーション

開講プログラム2日目にあたる13日(日)の午前には,杉山滋郎教授(CoSTEP代表)による講義「はじめよう! 科学技術コミュニケーション」がありました。「科学技術コミュニケーション」とはいったい何なのか? を原点に戻って考えるとともに,科学技術コミュニケーションという分野での基本的な考え方,概念などについて解説していく,という授業です。

日本で「科学技術コミュニケーション」が盛んになったのは,2005年ころからです。科学技術が社会の中に受入れられるよう,国民にもっと科学のことを知ってもらおうという,それまでの「理解増進」の取組みに限界が見えてきました。それに替わって登場したのが「科学技術コミュニケーション」で,国民の科学技術への関心や期待が下がってきた背景にまでさかのぼり,科学技術を社会の中でどう活用していくのがいいか,市民もまじえて考えていこうとしたのです。そこでは,専門家と市民との間の「双方向的なコミュニケーション」が重視されるようになりました。

話が進むにつれ,1950年代の旧ソ連によるスプートニク計画や,1980年代の日本における丸山ワクチン問題も登場しました。具体的な事例に即して,科学技術コミュニケーションの本質を考えていく授業でした。

「安全」と「安心」とは何か

杉山代表は最後に,「安全」と「安心」についてもよく考えてみよう,と提起しました。安心とは,ほんとうに「単に主観的なもの」なのか,「安全を担保するための仕組み」という客観的なものに裏づけられてこその「安心」ではないのか,というのです。また,科学技術の進歩によって人間が「過剰な豊かさ」を体験してしまい,そのあげくに絶対安全を希求するようになっているのではないか,とも指摘しました。

利害の異なる人々が複雑に絡み合う社会の中で,私たちは「科学技術」とどのようにつきあっていけばいいのでしょうか。科学技術コミュニケーションは,こうした問いに真正面から向き合わねばならない,そう気づかされる授業でした。

 

オープニング・ワークショップ

同じく13日午後にはオープニング・ワークショップが行われ,本科生・選科生合わせ48名が参加しました。ふだんの授業ではほとんど顔をあわせることがない,異なるコースの受講生たちが一堂に会する貴重な機会です。

「このチームで何ができるか?」というお題のもと,8つのグループが,それぞれメンバーの個性をうまく活かした科学技術コミュニケーション活動を企画・立案しました。1時間30分のグループワークののちに生まれた企画(タイトル)は以下のとおりです。

・水で生きている

・体験型ZOO「CoSTEP動物園」

・あなたの登山は大丈夫?

・金環日食を楽しむイベント「AMATERASU」

・クチバシから進化のナゾを解け!!

・サイエンス居酒屋「すイメンずが行く」

・「あなたの安心の決め方」お任せ下さい

・GPSで探し出せ!!春の恵み

企画プレゼンは大いに盛り上がり,一年間の学びのスタートにふさわしい2日間でした。