田邊真郷(2024年度本科対話/北大理学院)
気持ち新たに始まったモジュール3の講義シリーズでは、科学技術コミュニケーターとしての活動を実施するために必要な「デザイン」について学びます。
初回となる今回は、「ミニ・パブリックスと参加・熟議のデザイン」と題して、三上直之(みかみ なおゆき)先生(名古屋大学大学院環境学研究科教授)に講義をしていただきました。
三上先生の専門領域は、環境社会学・科学技術社会論と呼ばれる分野です。
環境問題や科学技術にまつわるコミュニケーション・意思決定の社会学的側面に関心を持ち、ミニ・パブリックスのような対話の場を生み出すモデル開発を研究されています。
デザインの必要性、ミニ・パブリックスとは
科学技術コミュニケーションでは多様な話題が扱われます。それらすべてに共通することは、専門家と市民の橋渡しを、市民側の立場に寄り添いながら行うということです。その際、専門家同士が普段している議論をそのまま再現しては意味がありません。情報を工夫して伝え、様々な市民が参加しやすいような場を提供すること、いわゆる「デザイン」が非常に大切です。中でも環境・健康に関わるものには、市民参加が欠かせません。
さて、ミニ・パブリックスとは、そのような — 将来的・公共的な意思決定が求められるような社会的論争のある — 課題について、社会の縮図を作ることで熟議を図る、市民参加の手法の総体をいいます。
講義では、ミニ・パブリックスがどのように構築されるのか、いくつかの事例を通じて紹介されました。まず、ミニ・パブリックスの方法(充たすべき条件)は以下の通りです:
(1)参加人数は十数人~数百人程度。
参加者は、事前の世論調査に回答した人などの中から、無作為に選出されます。また、市民の構成割合をなるべく再現し、属性が偏らないように注意します。
(2)バランスのとれた情報を提供すること。
話題に対し、参加者が事前に持っている情報量、関心の度合いはもちろん差異があります。そのため、なるべく複数の視点から情報提供・資料作成を行う必要があります。伝え方のせいで、参加者が一つの視点・意見に引っ張られてしまうことは避けなければいけません。
(3)ファシリテートされた熟議を行い、意見書を作成すること。
情報提供に基づいて、市民同士で話し合います。長期間にわたって数日、数時間の熟議を行うこともあります。ファシリテーターは議論の適切な進行のために不可欠ですが、意見に対して「評価」をすることは極力しません。最終的には、意見投票・意見書の作成を実施し、行政・専門家に対して政策提言を行います。
(4)結果を解析し、政策決定やさらなるテーマの検討に活用すること。
提出された意見書に対して、行政・専門家はフィードバックを行わなければいけません。提案された政策を実際に施行しないとしても、それらがどの程度実現可能であるかを回答・公表する責任があります。また、意見書からは、さらに熟議するべきテーマが見つかることもあります。
この他、手順・実施内容の違いから、ミニ・パブリックスは細かく分類されます。講義内では、牛のプリオン病検査に関する事例を基に、討論型世論調査(DP = Deliberative Poll)という形態を学びました。この事例では、全く同一のアンケートを全3回(世論調査、情報提供後の熟議前、熟議後)にわたって行い、その回答の推移まで集計したそうです。
さらに、札幌市民にとっては特に親しみのある、「遺伝子組換作物コンセンサス会議」や「さっぽろヒグマ市民会議」についても紹介がありました。特に、前者は国内で参加型テクノロジーアセスメントを実用化できる可能性を見せた、インパクトのあるミニ・パブリックスの事例です。
なお、国際的な事例については三上先生の翻訳された書籍で詳しく紹介されています1)。
気候市民会議、そして気候民主主義へ
最後に紹介された事例は、環境問題の中で最も重大なテーマのひとつである「気候」に関するミニ・パブリックスである気候市民会議(CA = Climate Assenbly)です。これは、2050年の脱炭素社会実現に向けて、2019年頃からヨーロッパで興り、国・自治体レベルで急速に拡大した取り組みです。
三上先生らはこれをいち早く日本国内に取り入れ、2020年、札幌にて初めてのCAを開きました。この事例では、参加する市民が将来像を具体的に想像できるよう、事前にウィッシュリスト(脱炭素社会が実現された場合の事例リスト)を作成し、各項目に希望度合いで点数をつけてもらうという方法がとられました。すぐに政策に取り入れるべき内容・より熟議するべき内容を可視化、区別する上で効果的だと考えられます。
その後、日本でも多くのCAが、各地域に適したテーマを携えて開催されています。中には、行政に限らず研究機関、ひいては市民までもが主体となるものも現れています。
気候変動の問題は「どのような対策がよく働くのか、専門家でさえ断言できない」という曖昧さを孕んでおり、従来の民主主義の手法では議論が停滞していました。これに対し、多様な市民が集まることで実効性のある対策を提言できるミニ・パブリックスは有効な手法であろうと取り入れられたのです。これによって、脱炭素社会への転換が実現され、「気候民主主義」が確立すると期待されています2)。
おわりに
講義の結びに、ミニ・パブリックスの科学技術コミュニケーションへの応用についてもお話しいただきました。目の前の問題や、それに対する意思決定のリスクは単純なものから複雑、不確実、曖昧なものまで様々あります。ミニ・パブリックスはあくまで、専門家だけでは議論の難しい曖昧なリスクに対する手法の一つです。目の前の問題に対し、いかに市民参加の場を「デザイン」するべきかは、(今後の講義で扱われる内容も含めて)たくさんの選択肢を持っておくべきだということに注意しなければいけません。
筆者はそもそも、対話の場作り自体が社会学の一環として研究されているということに驚きました。
こうして色々なノウハウ・テクニックがある種のテクノロジー(科学技術)になり、多くの人が科学技術コミュニケーションに携われるようになるといいな、と思います。また、筆者は対話班に所属しており、サイエンスカフェを絶賛企画中です。今後のモジュール3の講義も通じて、デザインの手法を学びたいと思います。
注・参考文献
- OECD Open Government Unit(著)、日本ミニ・パブリックス研究フォーラム 坂野達郎・篠藤明徳・田村哲樹・ 長野基 ・三上直之・前田洋枝・坂井亮太・竹内彩乃(訳). 2023:『世界に学ぶミニ・パブリックス くじ引きと熟議による民主主義のつくりかた』、学芸出版社
- 三上直之. 2022:『気候民主主義―次世代の政治の動かし方』、岩波書店