実践+発信

防災科学のコミュニケーション東京大学地震研究所 大木聖子さんの講義レポート

2013.1.31

 2013年最初のCoSTEP講義は、東京大学地震研究所の大木聖子先生による「災害科学のコミュニケーション」のお話でした。大木先生は地震学者のとして、東北地方太平洋沖地震の後も積極的にアウトリーチ活動を続けています。専門家がどのように人と社会とコミュニケーションをとっていくのかという、科学技術コミュニケーションを学ぶ私たちにとっても大変重要な内容でした。

地震の正体

大木先生は最初に、世界の震源分布の図から「地震は不平等に発生している」ということを示されました。日本の国土は、地球表面上では1 %以下ですが、日本で発生する地震の数はすべての発生数の10 %です。いかに日本という国が特殊な状況にあるか、よくわかりました。

150年前まで、地震は「なまず」が起こしているという信仰がありました。が、現代の地震学ならば、地震の正体は「断層運動」であるということを科学的に説明することができます。この断層運動によって起こる揺れや、津波のメカニズム、マグニチュードや震度の意味など、地震災害ついてわかりやすく解説してくださいました。

災害科学のコミュニケーション

地震発生時に発表されるマグニチュードと震度の違いは、非専門家にはわかりづらく、その情報を読み解いて適切な避難行動をとるのは難しいと大木先生は考えています。そこで、いざという時には「1分以上揺れたら、津波を警戒して高台に避難する」という、体感で判断できる基準を持つことが重要であり、これこそが「災害科学のコミュニケーション」であるというのが、大木先生の強いメッセージです。地震や津波のメカニズムをいかにわかりやすく伝えたとしても、いざという時に逃げられなければ意味がありません。沿岸部に暮らす生活者の視点にたって、科学的知識を掘り下げて伝えなければなりません。「1分以上揺れたら」という相場観を持ってもらうことが重要なのです。また、専門家との対話の結果、「帰宅したら家具を固定する」などの現実のアクションにつながるようなコミュニケーションを、大木先生は目指しています。

3.11時の地殻変動

一昨年の東北地方太平洋沖地震によって大きな地殻変動が起きました。宮城県の牡鹿半島は、地震前に比べて半島が約5.3 m東南東に移動し、約1.2 m沈下しました。このような地震の際に起こる陸の移動、沈降または隆起は、プレート境界との位置関係から説明ができます。房総半島沿岸部を調査すると、地形が段々になっているところがありますが、これは、過去の地震によってくり返し隆起が起こっていたことを示す証拠です。これは、将来発生する地震による影響の予想にも繋がり、たとえば、南海地震が起きた場合は、高知市の地盤は大きく沈降することが想定されます。史実や地形の実例を交えての説明で、現実味をもって今後の地震について考えることができました。

コミュニケーション失敗の事例

大木先生は、災害科学のコミュニケーションの失敗事例として、イタリアの地震学者へ有罪判決が下された事件が挙げました。自身も現地に赴き、研究者や遺族への聞き取り調査を行いました。

2009年、イタリア中部のラクイラ市では群発地震が続いていました。市民の間には「大きな地震が来る」という噂が流布し、不安が広がっていました。専門的知見を求められた地震学の研究者たちは、「群発地震後に大地震が起きるケースは少ない」、「地震の予知はできない」という意見を提出。この意見を受け取った行政の防災担当者は、「地震は起きない」という安全宣言を出しました。ここには、市民に不安を引き起こさせている予知情報を打ち消したいという行政の思惑も働いていました。結果的には、安全宣言の後にマグニチュード6.3の地震が発生し、308人の犠牲者が出てしまいました。安全宣言によって被害を拡大させたとして、研究者および行政担当者の7人には禁錮6年が言い渡されたのです。

この事例から見えてくる重要なポイントは、「信頼関係」であると大木先生はご指摘しました。研究者と行政と市民が、お互いに信頼を築けるようなコミュニケーションを行なっていくことで、地震のような自然災害に対処していくことが重要です。

 大木先生が提唱する「災害科学のコミュニケーション」の考え方は、科学技術コミュニケーションにとっても重要な視点です。わかりやすく伝えることだけに終始するのではなく、災害科学においては、備えを十分に行い、いざという時には適切に避難をして命を守ってもらうための具体的な術を伝えることを目指します。科学技術コミュニケーションにおいても、市民と専門家を橋渡しした先に何を目指すのかを考えることが重要であると感じました。

(2012年度本科受講生 遠藤恭平)