中西 咲乃(2026年度選科C受講生)
「科学を伝える」と聞いたとき、まず何を思い浮かべるでしょうか。論文やデータ、写真、グラフなど、科学を正確に伝えるための方法はさまざまです。では、そこに「イラスト」を加えると、何ができるのでしょうか。
今回の講義では、科学技術コミュニケーションの手法の一つである「サイエンスイラストレーション」について、大内田美沙紀先生から学びました。

サイエンスイラストレーションとは、科学や技術に関する情報を、イラストレーションや図などの視覚表現を用いて、分かりやすく伝えるための手法です。単に「科学を絵にする」のではありません。何を伝えたいのか、その本質は何なのかを考え、必要な情報を抽出し、見る人に伝わる形へとデザインしていきます。
大内田先生は、10年以上にわたってサイエンスイラストレーションに携わってこられました。講義では、サイエンスイラストレーションが科学を伝える上でどのような力を持っているのか、そしてその一方で、どのような危険性があるのかについて、具体例を交えながら教えていただきました。
サイエンスイラストレーションができること
①「抽出する」――ものの本質や“らしさ”を捉える
写真は対象を正確に記録できる一方で、情報量が多く、見る人にとって何が重要なのかが分かりにくい場合があります。イラストには、そこから「見せたいもの」「伝えたいこと」を選び出し、そのものの本質や「らしさ」を捉えて表現する力があります。

②「復元する」――存在しないものを描く
今は存在しないものを「復元」することもできます。例えば、化石から絶滅した恐竜の姿や当時の暮らしを想像し、イラストとして表現することができます。直接見ることのできない過去の世界を、科学的な知見をもとに視覚化するのです。
③「翻訳する」――研究を視覚的に表現する
複雑な研究内容や研究者が立てた仮説を、そのまま文章で説明するのは難しいことがあります。そこで、研究の仮説やストーリーをイラストにすることで、情報を視覚的に「翻訳」することができます。複雑な科学的内容を整理し、関係性や流れを一目で捉えられるようにするのです。
④「拡散する」――研究成果をより遠くへ届ける
研究成果をより多くの人に届けることにもつながります。例えば、論文の内容を図でまとめた「グラフィカルアブストラクト(概要図)」があります。これが付いている論文は、そうでない論文と比べて、論文の拡散や引用が増えることが研究からも示されています。科学を分かりやすく視覚化することは、研究成果を「伝わる情報」に変えるだけでなく、その情報がさらに広がっていくきっかけにもなるのです。
⑤「惹きつける」――科学を身近なものにする
イラストには、人を惹きつけ、親しみやすく、とっつきやすいものにする力もあります。
例えば、デフォルメや擬人化などの表現を取り入れることで、科学をより身近に感じてもらうことができます。科学に対して「難しそう」「自分には関係なさそう」と感じている人にも、まず興味を持ってもらうきっかけになります。人はもともと高いビジュアルリテラシー(視覚的情報を解釈して意味を見出す能力)を持っているため、視覚や感性に訴えかけることで、科学の内容を理解してもらいやすくなるそうです。

一方で、サイエンスイラストレーションには危険性も…
科学を分かりやすく伝える力があるからこそ、注意すべき側面もあります。
❶「印象操作」ができてしまう
何を描くか、どの情報を強調するか、どのような構図にするかによって、見る人に与える印象は変わります。科学的な内容を正確に伝えながら、意図しない印象操作が起こらないよう注意が必要です。
❷「誤った情報」も拡散してしまう
分かりやすい表現だからこそ、拡散されやすくなります。そのため、正確性を担保することが重要です。
❸「スタイル」の見極めが難しい
サイエンスイラストレーションには、やさしく抽象化した表現から、リアルで本質的な描写まで、さまざまなスタイルがあります。大切なのは、「誰に、何を伝えるのか」に合わせて、その表現を選ぶことです。
❹「ステレオタイプ」を押し付けてしまう
特に擬人化などの表現では、キャラクターの性別や役割などに固定的なイメージを持たせてしまう可能性があります。親しみやすい表現だからこそ、どのようなイメージを生み出すのかにも注意が必要です。
❺ 科学の進歩に合わせて「更新」が必要
科学は日々進歩し、新たな研究によって知識が更新されることもあります。そのため、一度制作したイラストも、科学の進歩に合わせて更新していく必要があります。
サイエンスイラストレーションとAI
近年、研究成果の発信でも生成AIの活用が広がり、イラストを「描く」ための技術的なハードルは大きく下がってきています。大内田先生は、これからは生成AIも一つのツールとして活用し、私たち人間はクリエイターとして、「描くこと」よりも「設計すること」へ役割の比重を移していくことが重要だとおっしゃいました。また、クリエイター以外としても、「誰に、何を伝えたいのか」を明確にした上で、ハルシネーション(AIが事実ではない情報を、もっともらしく生成してしまう現象)や著作権侵害などのリスクを理解してAIを活用することが求められるそうです。

また、ここで大内田先生は、モジュール1-2で毛利衛先生が語られた「未来智」とのつながりも感じたとおっしゃいました。人間は「生きる喜び」を、その中でもクリエイターは「つくる喜び」を大切にすることで、AIを超えていけるのではないか。サイエンスイラストレーションとAIの関係を考える中で、そんな未来への可能性を感じられたそうです。
サイエンスイラストレーターに求められるもの
最後に、大内田先生が考えるサイエンスイラストレーターに必要な素質について紹介します。
一つ目は、背景にある科学的な知識を自ら収集し、理解する力です。
二つ目は、正確な表現を追求する根気強さです。科学的な正確性を保ちながら、伝わりやすい表現を模索していく必要があります。
そして三つ目は、科学者と円滑にコミュニケーションする力です。研究者との対話を重ね、分からないことを確認しながら研究内容への理解を深め、適切な表現へと修正していきます。
サイエンスイラストレーションは、単に「科学をきれいな絵にする」ことではありません。科学の本質を理解し、必要な情報を選び、見る人に伝わる形へと「翻訳」する営みです。
AIによって「描く」ことそのものが容易になっていく今だからこそ、何を、誰に、どのように伝えるのかを考え、表現を設計する力が、これまで以上に重要になっていくのかもしれません。

大内田先生ありがとうございました。