実践+発信

映像を作るということ、そして科学を伝えるということ

2011.3.31

科学“コミュニケーション”と聞くと、サイエンスカフェのように直接的に科学を市民に伝える風景がイメージされやすいのですが、実は“映像”というのも科学コミュニケーションにおいて大変有効な手段です。私はこの1年間、「日本の惑星探査の意義を人々に伝える」ことを目的とした映像制作に力を注ぎました。テーマは2010年5月に打ち上げられた日本の金星探査機あかつき。あかつきには5台のカメラが搭載されていますが、そのうち3台のカメラの開発に北大の研究者が関わっています。私はその中で福原哲哉さん(北海道大学大学院理学研究院 宇宙理学専攻 博士研究員)を主人公にしたドキュメント番組を作りました。 実際に映像制作に触れてみて感じたことは、私たちが何気なく観ているドキュメント番組(NHKスペシャルなど)を作ることがどれほど“すごい”ことか、ということです。それらの番組制作の背景に膨大な量の取材や、芸術的とも言える撮影テクニック、わずか数秒のカットを1つ1つつないでいくきめ細かい編集作業が存在することがCoSTEPを修了した今、わかるようになりました。 私は実習での映像づくりを進めるため、半年以上かけて福原さんをはじめとする北大の研究者を取材しました。金星への軌道投入直前の11月にはJAXA相模原を訪れ、1日がかりでインタビューをしました。素材を集めるためにはどのようなストーリーならばわかり易く、そして面白く伝えられるか、全体の設計図ともいうべき映像構成が必要です。その構成をもとに何度も試行錯誤を繰り返しながら数秒単位の映像カットをつなぎ、ストーリーを再構成していきます。1ヶ月に及ぶ編集作業の末ようやく1つの映像作品が完成しました。大変息の長い作業ですが、完成したときの喜びはなにものにも勝るものがあります。CoSTEPの実習内容は極めて本格的で、数々の貴重な体験ができます。科学という切り口でさまざまなスキルを身につけたい方だけでなく、自分の世界を広げたいという方にもぜひお勧めです。 科学技術コミュニケーターは人々に科学をわかりやすく伝えることが、その役割だと言われます。しかし、単にわかりやすければいいというものではありません。ここに科学技術コミュニケーションの難しさの本質があると私は考えます。もちろんやさしい言葉で子どもたちに科学を解説し、興味をもってもらうことは非常に大切です。しかし、専門家に代わって科学を伝える際、わかりやすさや面白さを追求するあまり、本来専門家が伝えたいメッセージを歪めてしまうということが起こりうるのです。私自身も、実際に映像を制作する過程で取材した科学者の方から「この部分は事実と違う」という指摘を受けた箇所がいくつもありました。この点は、私個人に限った問題ではなく、新聞やテレビもしかり、編集という作業が加えられた時点で“100パーセントの真実”を伝えることは極めて困難だという、重要な問題です。編集者の「これを伝えたい」という意思が介入するためです。 わかりにくい部分を排除して、「だから原発は安全だ」とか「遺伝子組み換え食品は問題ない」という白か黒かのメッセージを伝えるのは簡単です。しかし、科学における本当の問題はいつもグレイゾーンにあります。福島県の原発事故のケースが顕著ですが、専門家の意見および伝え手(メディアなど)の意見、市民の期待する答え、さまざまな立場があり、不確実な情報が飛び交うなか、科学技術コミュニケーターは誰のために何を伝えていくべきなのか。いまだに答えは出ていません。むしろCoSTEPに入る前よりわからなくなったのも事実です。それでも私は考え続けようと思います。そしてこれからもいろいろな方法で人々に科学を伝えていこうと思います。そうするなかで自分なりの答えに近づいていきたいのです。みなさんもぜひCoSTEPを通じて“科学の在り方”を考えてみてください。

石井 伸彦
北海道大学大学院工学院修士課程