著者:井上栄 著
出版社:中央公論社
刊行年月:2006年12月
定価:740円
2009年春、豚由来の新型インフルエンザ(H1N1)が、メキシコから世界中へと広がり始めた。日本国内には、5月ごろから感染者が出現、拡大。夏でも増加、秋冬には流行期に入った。私たちは、当初、国際空港での検疫結果に一喜一憂するなど、このニュースに翻弄された。
そもそも、私たちは、感染症などの生命にかかわる重要な情報に対して、無防備にさらされているだけでいいのだろうか。「基本的な考え方や予防法」を、身につけておく必要があるのではないか。それがわかっていれば、今後、何が起こってきても、ひとまず大切なところはキチンと考えることができ、最善の行動をとることができる、というような考え方であり、方法だ。そのようなものがあれば知りたいものだ。 この本は、そこに焦点を当てている。著者は「はじめに」で、「本書では、この情報過多の現代、私たちが感染症をどう理解し、対処するか、社会としてどのような予防対策をとるべきか、を考えてみたい」と述べている。 そして、「恐ろしい感染症はたくさんあるが、それが身近で起こるものかどうかを見きわめておくことが重要である」とし、「感染症の対策には、病原体伝播経路を知っておかなければならない。それがわかっていれば、病原体が見えなくても的確な対策ができる」として、具体的な事例を交えて解説している。
たとえば、歴史上の事例から、19世紀のイギリスでコレラが流行した時のこと。当時はまだ、病原体(コレラ菌)については知られていなかったが、医師のジョン・スノーは、地域での病気の広がり方を調査し、水が病気を運んでいることを突き止めた話。スノーの地道な調査と苦労が、興味深く書かれていて、彼の数々のヒラメキに、私は読んでいて感嘆した。
他には、2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で発生した時のこと。香港の36階建ての建物で広がった経緯を示し、そうなった建物の構造上の理由を、疫学調査結果から実に明快に示している。さらに、日本にはなぜ、SARSが広がらなかったのか、その理由を著者の見解で述べている。
現在の日本の課題としては、衛生環境を整備しても伝播を抑えられない伝染病は、咳でうつる(新型)インフルエンザと性交でうつるエイズだとし、それらの対処法を示している。 これらを、人間の立場からだけではなく、ウイルスの立場からも示していて、なるほどと納得がいく。他にも、マスクの効果や、発音と感染のしやすさ、日本古来の生活様式が実は感染症対策にとって非常に有効であることなど、歴史や雑学、著者の研究を交えながら、興味深く記されている。 読み終えた後、この本で示されている基本的な考え方や予防方法を理解し、実践することが、感染症をいたずらに恐れず、不安にあおられずに防ぐ方法なのだと思った。是非、多くの方に読んでいただきたい。いや、今後の感染症を防ぐために、読む必要がある本だとさえ思う。
中谷素子(2009年度CoSTEP選科生、大阪府)