著者:盛口 満 著
出版社:20071000
刊行年月:2007年10月
定価:1600円
卵と聞いて連想するのは何だろう。「卵焼き」「茶碗蒸し」「オムレツ」・・・。食品としての卵を連想する人も多いのではないだろうか。本書で扱う卵は、ニワトリの卵に限らない。昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類を幅広く扱っている。そのため、一冊を通してみると卵はそもそも食品である以前に「命のカプセル」であるということに気づかされる。
本書では、長年高校や大学で生物を教えてきた著者「ゲッチョ先生」が、卵を切り口に生き物の不思議に迫る。実際の生物の授業をもとに、「鳥の卵に色や柄が付いている理由は」「タラコには何粒の卵が入っているの」など、先生と生徒が卵をめぐって様々な謎を解明していく。読み終えて、「こんな先生に生物を教わりたかった」と素直に思えた。自ら学びたくなるような授業の数々がこの1冊に収められている。
必ずしも生物学を好きではない生徒たちを相手に、ゲッチョ先生はまず彼らに興味を持ってもらうことから始める。例えば、エミューの卵を見せて驚かせたり、ダチョウの卵をゆでて生徒たちに味見させたりするところは、普通の生物の授業ではなかなかない。味わい、匂いをかぎ、手に持ってみる。まさに五感を使った授業の数々。おそらく生徒たちは授業の一つ一つを忘れないだろう。
高度な解析機器が次々登場し、異国の研究者とでも顔を合わせることなくメールでやり取りができる時代に、ゲッチョ先生はあくまで身の回りのものから考え始め、周囲の人々に聞き込みをし、どんなに些細な生徒の意見感想にも耳を傾け、思いついたことはまず実験してみる。これは科学者の本来あるべき姿ではないだろうか。
あとがきにあったゲッチョ先生のエピソードに、彼の授業の成果を読み取ることができる。
「世界最大の鳥の卵の大きさはどの位だったんだろう」。ゲッチョ先生はふと思いつき、文献をあたった。そしてニワトリの卵183個分であることを突き止める。生徒にその大きさを実感させるため、ゲッチョ先生は183個ものニワトリの卵をゆでてみせた。授業が終わって参加者にニワトリの卵を1つずつ分けたところ、1人の女の子が卵を食べずに大切に机の中で保管していたという。もちろん卵は腐ってしまい、泣く泣く捨てたそうだ。女の子は、何の変哲もないニワトリの卵に太古の巨鳥の姿を見たのではないだろうか。
日常ありふれている「卵」だが、ゲッチョ先生の目を通して見てみると、卵をきっかけに様々な探検に出かけることができる。理科離れや詰め込み教育が近年問題になっているが、その打開策がこの本にはあるのではないか。この本を読めば、昔少年少女だった頃のワクワク感がよみがえること請け合い。科学技術コミュニケーターを目指す方々はもちろんのこと、教育者や保護者の方々にもお薦めの一冊だ。
佐藤洋子(2009年度CoSTEP選科生,川崎市)