実践+発信

カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ!

2010.9.11

著者:内田麻理香 著

出版社:20050200

刊行年月:2005年2月

定価:1500円


日本の女性たちは、自ら、サイエンス(理科・科学)が苦手であると感じている人が多いのではないだろうか。 本書は、最先端のサイエンスを解説しているわけではない。家事や育児が苦手な研究員Aである著者が、起こしてしまった失敗を逆手にとって、「どうしてこうなるの?」、「この失敗は、別の方法でやってみるとどうなるの?」と、自宅で実験している。そして、家事・育児の裏側を支えているサイエンスや原理について、著者は、科学者として研究生活を送っていた経験を活かして、親しみやすいキャラクターの4コマ漫画やイラストを適度に織り交ぜながら、中学、高校時代の化学、生物、物理、地学の知識を使ってまとめている。その文体は隣にいるママ友達のように柔らかであり、これがサイエンスへの敷居を低くしている。

 

 

一口に、家事・育児といっても、料理、洗濯、掃除を始めとして、食材、調味料、キッチン用品、洗い物、家電製品の使い方、果ては、母乳やつわり、子どもの成長のメカニズムに至るまで、その守備範囲は幅広く、奥深い。 例えば、肉や魚の鮮度の話では、筋肉や血液に含まれる酸素を蓄えるグロビン兄弟の性質の違いから、色で鮮度を見分けられる理由が説明される。この話は、さらに、ポルフィリンという化合物の中心にある金属の違いで、血液・肉の色が赤(中心金属は鉄)、イカ・エビの血液が青(銅)、ホヤの血液が緑(バナジウム)、そして、葉の色が緑(マグネシウム)となることまで広がる。食肉や魚介類の血液の色や葉っぱの色という、一見、共通項のなさそうなものが、実は、どれもが同じ種類の化合物がもとになっていて、その化合物のちょっとした違いが大きな違いになって現れることに驚く。 また、「マイナスイオン効果」を掲げている商品広告に対して、前提の知識として、電気、原子、イオンの話を語り、次に、マイナスイオンの実体、発生方法や測定方法について調べている。結局のところ、マイナスイオンは、その実体も測定方法もメカニズムも、よくわからない「アヤシサ満点」の科学のようである。しかし、ここで著者は「一般的に『エセ科学』と『本物の科学』の境目は見えにくい場合が多い」ため、今後の研究の進展を期待したいと締めくくるのである。過去に、天動説が信じられていた時代に地動説を唱えたコペルニクスの例もあることを考えると、この締めくくりは、著者の科学者ならではの態度であろう。

 

 

このように、サイエンス的な視点を家事に取り込んで原理・原則を理解すると、単なるルーチンワークである家事が創意工夫できる格好のフィールドになることに気づく。学校で習った「勉強のための科学」が、知っておくと楽しい「生きた科学」へと発想が転換されているのである。 「自分は、家事や育児に向いていないわ!」、あるいは「家事・育児が生きがいよ!」、さらには「少しでも家事・育児を楽にしたいの!」と思っている女性たちに、そして、そんな奥様たちにちょっとした小技を教えたい男性諸氏に、あとがきに記された著者の言葉を贈ろう。「家事の科学的な根拠を知ると、そのひと手間がおっくうでなくなり、むしろ楽しい。育児だって、最新の科学の中に親心をほっとさせるような材料がいっぱい。」なのである。 そんなコペルニクス的転換を、本書で味わってみてはどうだろう?

 

 

野地(片桐) 実穂(2010年度CoSTEP選科生、横浜市)