実践+発信

100歳の美しい

2010.12.9

著者:デビット・スノウドン 著

出版社:20040600

刊行年月:2004年6月

定価:1600円


 「アルツハイマー病の研究」と聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは、白衣を着て試験管を振る研究者の姿ではないだろうか。しかし、「生きている人」に真正面から向き合いながら行う研究もある。本書は修道女を対象に人間の生活に焦点をあて、アルツハイマー病を研究している「ナン(=修道女)・スタディ」。その1986年の立ち上げから現在にいたるまでをまとめた本である。

 

 

 疫学研究者であるデヴィッド・スノウドン博士は、あるきっかけからノートルダム教育修道女会の修道院を訪ね、修道院のシスターたちを対象に老化に関わる研究を行うことを思い立つ。修道女は、修道院に終生所属するため、追跡する集団の食事や生活レベルも同等で、修道院には彼女たちが初誓願を立てた時の記録など過去の記録も保管されている。そのため、生活習慣の影響を考えずに、学歴といった教育レベルとアルツハイマー病との関連を追うことが可能になるからだ。さらに「ナン・スタディ」は、修道女たちの脳機能や記憶力を実際にテストし、亡くなってからは脳を解剖させていただくことで、アルツハイマー病の原因を解明していこうという研究である。

 

 

 このような集団を対象とし、病気やけがの発生に関する研究を行う学問を「疫学」という。日本ではあまり馴染みのない研究かもしれないが、日本はもちろん、欧米では多くの疫学研究が行われている。疫学研究は実験室で行う研究とは異なり人間の集団を対象とするため、数百、時には数万という人たちからデータの提供を受け、さらに病気の発生や死亡を追跡する、数年、長いものでは数十年も続く息の長い研究である。

 

 

 さて、試験的研究を開始した博士であるが、当初はどのように研究を進めていくべきか考えあぐねていた。しかし、ある出会いが、この「ナン・スタディ」の方向を決定づける。スノウドン博士は試験的研究の結果をある学会で発表するのだが、その時彼の発表を見て、あるアルツハイマー病の研究者が助言を与えてくれた。それは被験者の死後、脳を解剖するということである。このアイデアが実行され、「ナン・スタディ」は世界に名だたる研究となっていく。本書は「ナン・スタディ」という疫学研究から得た知見を単に紹介するだけの本ではなく、デヴィッド・スノウドン博士というひとりの研究者の、研究者としてのあゆみを語る本でもあるのだ。

 

 

 また、修道女たちとスノウドン博士との交流や修道女たちの人生についても、本書は多くを割いている。ともすれば単に「研究対象者」として接してしまいがちであるが、本書では修道女たちの人生がいきいきと描かれている。博士は修道女たちを「自分のもうひとつの家族」というように、彼女たちとの交流が博士に研究のアイデアを与え、人生観にも影響を与えたのではと思わずにはいられない。

 

 

 本書を読むことで、修道女たちの人生や数々の研究成果から「どう老いるか」と考えを巡らすことができる。しかしそれだけではなく、華々しく取り上げられるバイオサイエンス研究の裏に隠れてしまう、地道な疫学研究のエキサイティングな一面を感じていただきたい。まさに自分の人生をかけたプロジェクトに出会える幸運と、自分の人生に深みを与えてくれるような人たちの、両方に出会えた著者が羨ましい。

 

 

柿崎真沙子(2010年度CoSTEP選科生、宮城県)