実践+発信

85サイエンスカフェ札幌「ラベルのない細胞から見る食肉」を開催しました

2015.12.19

 第85回サイエンス・カフェ札幌(以下、カフェ)では、動物細胞から食肉がどのように形成されるのか知ることを通して、食肉を見つめ直すことを目指しました。ゲストに北海道大学農学研究院で食肉科学を研究されている西邑隆徳教授をお迎えし、北大CoSTEP受講生が主体となって企画しました。

池 晃祐・北海道大学農学院修士1年 / CoSTEP 11期生 対話の場の創造実習

ラベルばかりに気を取られてはいませんか?

オープニングの司会は平山悟史さん(生命科学院博士2年)が務めました。「最近お肉を食べたのはいつですか?」「普段どこでお肉を買いますか?」「お肉を買う時に重視している点はどこですか?」それぞれの質問の選択肢に挙がる会場の手から、普段私たちが食肉のどこを見ていたかが共有できました。そして私たちはラベルばかり見て食肉それ自体を見ていないのではないでしょうかという疑問を投げかけました。会場スタッフが各自の体に貼っていたラベルをべりっと剥がし、西邑先生とのカフェがスタートしました。

私たちは何を食べているの?

いよいよゲストの西邑先生が登場。聞き手は三浦ちはやさん(CoSTEP11期生)。動物の骨格筋である食肉の70%は水で出来ています。なぜこれほど多くの水が含まれているのでしょうか?それは骨格筋が細胞で出来ているからです。骨格筋の中では細胞が融合して筋(すじ)状の大きな細胞となり、さらにこの大きな細胞が組織を形成しています。お肉を食べるということは、筋細胞やその他の細胞や組織を食べるということになります。先生の接しやすく愛嬌あふれるキャラクターと語り口に会場は熱心に聞き入っていました。

パンフレットの「赤い糸」

カフェのパンフレットには一本の赤い糸が入っていました。この糸の太さは筋繊維一本分とほぼ同じもので、大きい筋繊維ならばヒトの肉眼でも見ることができるそうです。実はこの糸、身近なもので筋繊維を例えると分かりやすいものとして先生自身が調べてくださったものでした。

細胞たちが使う「言葉」に耳をすます

霜降り肉はどのようにしてできるのでしょうか。食肉の赤と白はそれぞれ筋組織と脂肪組織の量によって決まります。先生は骨格筋という限られた空間では赤組(筋細胞)と白組(脂肪細胞)が陣取り合戦をしているのではないかとお話します。人間のお腹でも同じことが起こっているという言葉に会場から笑いと嘆息が漏れました。筋組織と脂肪組織のバランスはこれらが発する「言葉」によって決まり、骨格筋内の「コミュニケーション」によって肉の味や香りや色調などが決まるようです。先生自身は細胞たちが使う「言葉」に関心を持って研究されています。

最後に―脂肪注入肉のどこが問題なのか?

脂肪注入肉のお話を最後にしていただきました。脂肪注入肉とはピケ(piquer)と呼ばれるフランス料理の伝統的な手法で作られた食肉です。赤身肉に人工的に脂肪を注入して下ごしらえするため、低コストで食感の良いお肉を作ることができます。しかし脂肪注入肉と聞くと私たちは少し違ったイメージで受け止めてしまいがちです。「脂肪注入肉のどこが問題か?」という問いかけに会場からは「なんとなくいや」「偽装じゃないか」という声が上がりました。どこが問題なのか各人に考えてほしいという問題提起で先生のお話が終わりました。

食肉が形作られる様子をイメージした「レゴ肉」

筋細胞と脂肪細胞が組織を作り、さらにそれが集まって骨格筋を作る―私たちはこの過程をレゴブロックが組み立てられる過程に見立てたコマ撮り映像を作製し、上映しました。筋細胞を赤ブロック、脂肪細胞を白ブロックで表現し、散り散りだったブロックが一つの塊を作る様子を示しました。わずか数秒の映像でしたが「食肉が形作られる」イメージを会場と共有できたのではないでしょうか。

レゴ肉の映像が見たい方はこちら

「おいしいお肉」とは?

会場から出てきた質問を西邑先生に投げかけるのは石宮聡美さん(生命科学院修士1年)。「おいしいお肉とはなんですか?」という質問が複数ありました。お肉のおいしさを決めるのはお肉ではなく食べる人自身だと西邑先生は語ります。お肉のおいしさの違いはソムリエや機械によって調査されてはいますが、調査の結果「おいしい」とされたお肉を私たちが実際に「おいしい」と感じる保証はありません。私たち自身が色々なお肉を食べて、世間の言う事に惑わされず自分の好みのお肉を見つけることが大事だそうです。

剥がしたラベルを貼り直すとしたら?

カフェの最後は「冒頭で剥がしたラベルを新たに貼り直すとしたら、どのような情報を加えますか?」というワークを会場全体で行いました。客席をいくつかのグループに分けて、各グループにCoSTEP受講生がファシリテーターとして入り、お互いの意見交換が行われました。

「コミュニケーション豊かな肉」「赤身と白身の割合(%)」「霜降りがいいです」「味は自分次第」「自分にとって特別な肉と出会えますように」といった意見がでました。

「とても身近な食材である食肉を私たちはどれだけ知っているのでしょうか?」

―そんな疑問から始まった今回のカフェは食肉それ自体を見つめ、食肉に関係する対話の場の基礎になってもらうことを願って企画しました。もしカフェを通して食肉が一層わからなくなってしまっても、それは食肉の深みに一歩近づいたことだと私たちは考えています。そして食肉を買う時や食べる時、今まで以上に食肉それ自体を「見てしまう」ようになれば私たちのカフェは大成功です。最後になりましたが、ゲストの西邑隆徳先生、カフェのポスター制作だけでなく企画にも貴重な意見をくださった松尾知晃さん(農学院修士1年)、先生の素敵な写真を撮ってくださった森綾音さん(農学院修士1年)、ファシリテーターの池田陽さん(農学院修士1年)、大坂義臣さん(社会人・文学研究科修士1年)、小倉麻梨子さん(総合化学院博士1年)、酒井郁哉さん(総合化学院修士1年)、佐々木学さん(社会人)、佐々木萌子さん(薬学部薬学科5年)、中村俊介さん(農学院修士1年)、村山一将さん(社会人)、CoSTEPの先生方、そして当日ご来場いただきました参加者の皆様へこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。