前田裕斗(2017年度 本科/学生)
近い将来、人間社会に大きな影響を及ぼすと言われているにもかかわらず、取っつきづらく思われている科学技術の話題の一つに、人工知能(AI)があります。今回の講師は、長年モバイル・VR・ロボット製品といった様々な分野で開発・デザインを続けられ、2016年にAIに関する著作を出版された児玉哲彦先生です。研究機関と市民との間にある大きなギャップを越えるコミュニケーションには何が求められるのか、科学技術を社会に届けるために必要なものについてお話しいただきました。
理解をすすめる仕掛けとしての「物語」
児玉先生の著書『人工知能は私たちを滅ぼすのか―計算機が神になる100年の物語』は、Amazonでの理工学書の分野の中でベストセラーにもなりました。実は、様々な仕掛けが施されています。その一つに、本書が物語として進んでいくことが挙げられます。AIについて理解を深めるためには、まずは開発の流れを理解することが重要だと考えた先生は、2030年を舞台に女子大生を主役として、生活に結びついた技術開発史を振り返らせます。実は、AIについての概念はコンピューターと同時に発明されており、本を読み進めていく中で読者はコンピューター、インターネット、スマートフォン、そしてAIに至るまでの一連の技術開発の流れが必然であることを理解していきます。さらに、技術の開発によるその中の変化を、キリスト教の聖書に出てくる寓話と照らし合わせることで、象徴的に伝えているのです。
サイエンスコミュニケーションとデザイン
このような工夫によりAIを市民に伝える先生は、サイエンスコミュニケーションにはデザインが何よりも重要であると言います。ターゲットとして、これから社会に出ていく学生を設定する。注意を惹くようなタイトルや表紙のデザインを与える。興味を持続するために同世代の大学生を描き、大きな謎をストーリーの中に仕込む。結論として考えさせる内容を持ってくることで、単なる読書体験に留まらせない。様々な業界で開発・デザインの仕事を行ってきた中で培われたデザインの手法。本の説明を通して、我々はデザインとはプロダクトを作る時だけではなく、コミュニケーションにも転用可能であることを学びました。
トレーニングの必要性
しかしながら一方で、このデザイン的な思考・手法はただ単に学ぶだけでは無意味であると先生は言います。ただ学ぶだけではなく、実際に体を動かしたモノづくりや、コミュニケーションの実践といった、トレーニングが不可欠なのです。これによりデザインの暗黙知的な部分が身に付き、より良いコミュニケーションへとつながると教えていただきました。
様々な場に立つコミュニケーターへ
この話はAIについてだけではなく、他の科学技術と社会実装との間のギャップにも深くかかわってきます。市民へと届ける役割が足りていない日本の現状において、サイエンスコミュニケーターが肩書きや区分けにこだわらずに様々な場に立つことの必要性もまた、先生に教わったことの一つです。今後、科学と市民との間に立ち届けていく役割を果たさねばならない我々にとって、ヒントが満載の講義でした。