実践+発信

「札幌可視化プロジェクト」実習レポート:アーティスト地域をどう可視化するのか

2017.12.14

文責:越後谷駿

「札幌可視化プロジェクト」公開実習として、「アーティストは地域をどう可視化するのか」が2017年10月31日に行われました。彫刻家の阿部乳坊さんをお招きし、作品を通した地域の可視化について話してくださいました。

地域の人を巻き込んだ《差室》 (2013) の制作

阿部さんは2013年に福島県福島市土湯温泉町で行われた「アラフドアートアニュアル 2013」という芸術祭において、茶室で市民が科学技術について語り合う「差の湯の会」で使用する《差室》の制作を行いました。これをきっかけに地域に合わせた作品を作るようになりました。

阿部さんがこの作品制作で挑戦したことは、地元の人達の力をどれだけ引き出せるか、ということです。そこでインターネットで調べずに《差室》を制作することにしました。通りがかる地元の人々に声をかけられたら、自分がやりたいことを話します。最初はこのような会話で終わってしまいますが、二回目からは詳しい話をして、地元の方が建て方を説明してくれます。そして地元の方が図面まで引いてきてくれたそうです。このように地元の力を引き出していきます。また材料についても、地元の人から「昔、小屋を建てようとして挫折をした人がいて、あの山の裏の倉庫に材料が眠っているかもしれない」と聞き、地域の人に連れられて材料を得ました。また、屋根についても、地元の人の竹藪を使用し《差室》は完成しました。

阿部さんはこの作品を制作するなかで、考えたことを次のように話します。「どうしたら震災の当事者の気持ちになれるだろうと思ったときに、自分は震災を経験していないから無理だなと思ったんです。でも、あの人たちを僕の視点に置くことはできる。逆に巻き込むということ。そうすると彼らのほうから震災のことについて話してくれるんです。自分が内とか外とかじゃなくて、一度視点を同じくする。こういう考えが制作しながら芽生えてきた。」と話します。

福島県福島市土湯温泉町に作られた《差室》(2013)

KAMIKOANIプロジェクト 地域の暮らしの可視化

2012年より秋田県上小阿仁村八木沢集落で開催されている「KAMIKOANI プロジェクト」というアートプロジェクトにおいて、阿部さんは2013年から作品を出展しています。阿部さんはそのアートプロジェクトにおいて、地域の無くなりつつある文化や、上小阿仁八木沢集落には「マタギ」という、山から命をいただいて生活を営む人たちがいます。阿部さんは、今はほとんどいなくなってしまったマタギの文化を彫刻で残そうと試みました。そこでできた作品がマタギという人間と、クマという自然が廃屋の上で命のバランスを取っている《冬山》(2013)という作品です。

《冬山》の制作を通して阿部さんが目指すものを、以下のように語ってくれました。「今、職業というか生き方というのは、言葉では伝えられるけど、実感としては持てない感じになっているのかなあって。ある意味僕がやっているお仕事っていうのは目に見えないとかなくなってしまったものをどう形にするか。もちろん、それを見るためには想像力や知識がないと深くは見れないんだけど、ぱっと見たときにわかるようなものをいつも目指している。」

KAMIKOANIプロジェクト2013 《冬山》(2013)

2015年には、その土地の生活の中心である雪のイメージ、地元の人が感じる春の訪れの可視化を試みました。地元の人の春のイメージを聞き取り、木の周りから雪が解けていく「雪根開き」という地元の人にしかわからない初春の現象からインスピレーションを受け作品を制作しました。この作品の制作の際、まず木の植林を試みましたが、最終的に地元の方の意見に従い植林を諦め、木を切ることになったそうです。いつもは木彫を制作している阿部さんが、その時初めて木を切ることに罪悪感を覚えたそうです。周りの人から「この木、生きているんだろ」と言われた際、阿部さんは以下のように感じたと話します。「身の回りの木でできたものは、自分たちが知らないだけで、もともとは生きていた。生きている木を切ることで地元の林業の人の気持ちにちょっとでも近づけた。」

 

《YUKINEHIRAKI》(2015)

Joy Division Project 分けることを楽しむ

また阿部さんが現在、他の人と作品を制作している「Joy Division Project」を紹介してくれました。神奈川県真鶴町で2014年より開催されている地域芸術祭「真鶴まちなーれ」の作品として制作された《海の底に手を伸ばす、見えないものに触れるために》(2016)は、当時北海道大学で海洋学を研究していた研究者の伊藤昌稚さんとともに制作した作品です。この作品はコラボレーションとしての「×(かける)」ではなく、「÷(わる)」である、と阿部さんは強調します。「自分みたいな人と作品を作る時、コラボレーションして何とかなる、ではなくて責任取りたいなって思ったんです。俺の作品に入ってきてください、そして割ってくださいっていうようなやり方」をしたかったと言います。

タイトルも「阿部乳坊÷伊藤昌稚」が入っており、伊藤さんの仕事はどういうことなのかを話すことからこのプロジェクトは始まりました。海洋研究はどのようにお金を取っているのか、最終的にどうしていきたいのかという話から、阿部さんは人間の欲望が見えてきたと話します。「海の中に手を突っ込んでかき回したいとか、知りたいとか、海洋資源やりたいとか…、その有様をいい悪いではなく形として作ったらこうなるんじゃないかと思って、船から人間が欲望を表すように手を伸ばす。見えないけれど手探りで求めている人間のあり様」を作品にしました。

《海の底に手を伸ばす、見えないものに触れるために》(2016)阿部乳坊÷伊藤昌稚(海洋学者)

地元の人を巻き込み、同じ目線で対話をすることで見えないものを可視化する事例を紹介してくださいました。阿部さんは来年夏に北海道大学で作品を制作する予定です。今回は本当にありがとうございました。


(参加したCoSTEP関係者と阿部さん(右から3番目))