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演劇と対話で考える、ゲノム編集技術の利用科学討論劇「二重らせんは未来をつむげるか」参加レポート

2018.2.23

鈴木夢乃(本科 ライティング・編集実習)

雪まつりの準備が進む大通公園を西へ、白い息を吐きながら歩いていくと、つきあたりに古めかしい洋風の建物が見えてきます。札幌市資料館です。2018年1月28日、その札幌市資料館1階「刑事法廷展示室」にて、科学討論劇「二重らせんは未来をつむげるかが開催されました。氷点下の寒い中、会場には用意していた椅子を超えるほどの人が観劇に来ていました。

劇の舞台は少し未来の裁判室。ヒト受精卵へのゲノム編集技術の利用を定めた「遺伝性疾患予防法」が施行された25年後、同法に規定されている「ゲノム編集技術の利用を見直すための市民法廷」が実施されることになりました。利用を肯定する側と否定する側の証人が、市民陪審である観客へと語りかけます。40分ほどの法廷の論議が終わると、審議の時間として、観客が1時間意見を交換するワークショップがありました。意見交換は班に分かれて行われ、その結果によって劇のエピローグが変わります。結果「技術の使用を停止する」という否定側の意見が多数派となりました。舞台は法廷に戻り、裁判官が市民陪審の結論を踏まえて「停止」の判決を下し、終幕となりました。

今回の討論劇は、演劇の内容自体だけでなく、ワークショップも重要な要素になっていました。このワークショップでは、初めにゲノム編集技術の使用の是非に関して、自分の意見を班員に伝え、議論の時間を経た後、もう一度意見を発表しあいます。すると、議論の前後で意見が変わった方も少なからず出てきました。同じ劇を見ても、立場や経験の違いによって感じ方は異なります。そうした多様な人々で議論しあうことで、参加者の心にも変化が生じたのです。ワークショップの時間だけでは話し足りない人も多かったようで、公演後に開かれた懇親会でも参加者たちが感想を話し合い、盛り上がっていました。「こうした問題を、一人で考えることはあっても、人と話す機会はなかなかないから嬉しい」という声も聞こえました。

 

これほど論議が発展したのは、劇中で語られた肯定側と否定側の主張が、どちらも納得のいくものに描かれていたからでしょう。脚本を担当した一人である中角さんは次のように語ってくれました。「肯定側と否定側の主張を同じ重さにするのが難しかったです。肯定側は説得しようとする立場なので論理的になるのに対して、否定側は被害者の立場なので感情的になってしまいます。だから、肯定側の主張は論理にプラスしてキャラクターの感情を入れるようにしましたし、否定側の主張は感情だけでない裏付けを加えるのに苦労しました。肯定側・否定側のどちらにも違う価値観があるのですが、その価値観の置きどころが難しかったです。」

肯定側の証人役は、ゲノム編集の研究者という設定になっていました。この役を演じた小川さんは「最初はこの研究者って、研究の発展のことだけ考えているすごく悪い研究者のイメージなのかな、と思ってたんですけど、台詞をちゃんと読んでみたら、人間全体のことを一生懸命に考えている良い研究者なんだな、と思うようになりました。」と語ってくれました。実際、最初は肯定側の役を、論理一徹の冷徹キャラとして設定していたのですが、それだと票が集まりにくく、公平性が保てないという理由から変更になったそうです。

今回の劇のように、科学技術について市民に多面的に理解してもらうため、科学技術に関わる内容を表現した演劇を「科学技術演劇」といい、近年取り組みが日本各地で行われています。しかし、魅力的な科学技術演劇を製作するには多くの障壁があります。演劇に携わる人々と、科学技術について伝えたい人々とでは、お互いの分野に対しての造詣が深くないため、同じ方向を向いて作り上げていくことが困難を極めるからです。そこで科学技術コミュニケーションの出番です。今回は、科学技術コミュニケーターの卵であるCoSTEP本科受講生・対話の場創造実習メンバーが、演劇の脚本・演出を務めました。彼らはCoSTEPでの学びを活かして、科学技術の詳しい描写や、市民に広く伝える「場」を創り出すことができます。しかしストーリーを組み立て、キャラクターを作る経験はないため、演劇をつくる難しさに直面しました。

「科学技術でこういう問題が起こるよ」と伝えるだけなら、わざわざ演劇にする必要はありません。では、なぜ演劇を用いるのか。それは、「リアリティー」を伝えられるからです。物語があると、実際に問題がどう起こっているのか、生々しく感じることができるのです。しかし、単に演劇をすればリアリティーを感じられるというわけではありません。企画が立ち上がってから、メンバー内での議論や様々な文献資料での調査に加え、遺伝子治療の専門家や遺伝病の当事者の方へのヒアリングなども行って、少しづつリアルなキャラクター像を作り上げていきました。そのような地道な努力の甲斐あって、本番では、観客が登場人物に感情移入して、自分の事のように感じられる演劇となりました。しかし、まだまだ彼らの中で改善の余地はあると感じているようです。

新しい技術が生まれたとき、実用化するのか、実用化するならばどのような規制を設けるべきなのか、というような議論は、科学の発展の過程で繰り返されてきました。今回のゲノム編集技術の利用についても、おそらく全員が納得するような答えは存在しないでしょう。だからこそ、ひとりひとり時間をかけて答えを考え出していくことが、後悔のない選択をする礎になります。今回の演劇とワークショップでは、リアリティのある登場人物の言葉を聞き、多様な参加者と意見交換することができました。私も参加したことによって、ほんの少し、よりよい未来を紡げたように思いました。

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