実践+発信

植物たちの静かな戦い 化学物質があやつる生存競争

2018.8.7

著者:藤井義晴

出版社:化学同人

刊行年月日:2016年8月20日

定価:1,600円


こんな光景を見たことはないだろうか?膝上ほどの雑草が生い茂る公園。そこにぽつりと木が1本。「なぜか」その木の下には雑草がほとんど茂っていない…。

見たことがないと答える人。いや、注意して視ていなかっただけで、誰でも一度は見たことがあるはずだ。この本を読んだあなたは、そんな光景がもっとたくさん目に入り、目の裏に焼き付くようになる。「なぜ」を持って自然を眺めるのがもっと楽しくなる。

その孤独な木はクルミかもしれない。クルミの葉や果実に含まれている化学物質は、地面に落ちると土の中の微生物によって強力な殺草作用がある物質に変化する。なので、クルミの木の下にはほとんど雑草が生えない。植物は動けないからこそ、化学物質という強力な武器を作って「静かに戦っている」のだ。この現象は他感作用(アレロパシー)と呼ばれ、多くの植物で見つかっている。

本書の著者である藤井氏はアレロパシー研究の第一人者だ。雑草や害虫の防除のため、この植物の武器を利用した農薬開発に貢献しつづけている。本書では、上記のクルミをはじめとするアレロパシーを起こす植物と、その植物の武器である個性的な化学物質がたくさん紹介されている。

藤井氏のアレロパシーとの出会いは高校生時代までさかのぼるそうだ。セイタカアワダチソウのみが繁っている不思議な光景。原因はその植物が出す化学物質のせいだと知った。その光景に強い「なぜ」を持った分、原因を知ったときに強く魅了されたのだろう。著者は運命的な出会いから50年以上もアレロパシーの世界にどっぷり浸かっている。

しかし、「なぜ」の視点は科学者だけのものではないだろう。どんな人であっても「なぜ?」と自然を眺めることで、風景がもっと面白く思えるはずだ。本書には、多数の化学構造式や専門用語も並んでいる。だが、それらすべてを理解せずとも、きっと身近な植物の見方が変わるだろう。本書の中には、「なぜ」と思わざるを得ない、静かで見えざる壮大な植物の戦いの光景が広がっている。

小池優(CoSTEP14期本科ライティング)