実践+発信

つくられた縄文時代 日本文化の原像を探る

2018.8.8

著者:山田康弘

出版社:新潮社

刊行年月:2015年11月

定価:1404円


この本は「縄文時代とは何か」をテーマにしている。と言っても、教科書や参考書ではない。著者の狙いは、縄文時代に関する研究や人々が抱いてきた縄文時代のイメージを振り返ることで、縄文時代という概念そのものを見つめなおすことにある。その中で見えてくるのは縄文時代の奥深さと、当然とされている物事を見つめなおすことの重要性だ。

 

この本を読んで何より驚くのは、冒頭で明かされる事実だ。それは縄文時代(縄文文化が続いた時期)の定義や内容について、研究者の間で議論が続いている、というものだ。なんと、縄文時代はいつからいつまで続いたか、縄文文化はどこまで広がっていたかという簡単な質問にさえ、研究者ははっきりと答えられないという。

 

その一例として縄文時代はいつから始まったか、という課題が挙げられている。現在、この疑問に対して、主に三つの説があるという。一つ目は土器の出現した時点という説。二つ目は土器が普及し始める段階とする説。この二つは、土器のおかげで人間の利用できるもの(植物など)が大きく増えたのだから、土器を重視すべきだという考えと言える。三つ目は住まいや食べ物を確保する方法が確立してくる段階という説だ。これは土器だけでなく生活全体を評価すべきという意見である。

実はこの課題の背後には、人間の生活を変化させるポイントは何かという、より大きな課題がある。それを踏まえて見ると、先ほどの三つの説はどれも妥当、言ってしまえばすべて正解だということが分かる。縄文時代はいつから始まったかという単純な疑問一つをめぐ って、複数の正解が出てくる。考古学研究の世界は想像以上に複雑、かつ面白い。

ところで、なぜ著者はこのようなテーマに挑んだのだろうか。その背景にあるのは、著者の考古学者としての真摯な姿勢だ。

国立歴史民俗博物館の職員である著者は、当博物館の展示リニューアルにあたり、テーマの一つである「多様な縄文列島」を担当している。その仕事にあたって、著者は「縄文時代とは何か」という根本的な問題をめぐる調査を始める―その結果がこの本だ。著者はこの本を通じて、普段何気なく使われる縄文時代という概念の曖昧な点や、縄文時代に対する多様な捉え方を次々に明らかにしていく。そこには考古学者としての、博物館職員としての責任感が見て取れる。

当然とされる物事を見つめなおす著者の姿勢は、他の学問分野や日常生活においても重要だと私は考える。普段深く考えることなく使っている言葉や概念には、私たちの知らない奥深さが潜んでいるはずだ。今一度、自分の周りを見てみよう。当然のものと受け止めている物事に目を向けてみよう。そこには曖昧なところ、意見の分かれるところがあるかもしれない。それに気づけたならば、複雑な、だからこそ面白い世界を垣間見ることができるだろう。この本が縄文時代の捉え方の多様性を示し、私たちを驚かせてくれたように。

神田いずみ(CoSTEP14期本科ライティング)