今回のゲストは愛甲哲也さん(北海道大学 大学院農学研究院 准教授)です。ご自身の研究テーマである、大雪山や知床などの自然保護地域の管理の観点から、北海道の150年の歴史について話しました。聞き手は、CoSTEPの早岡英介(特任准教授)です。
ゲストの愛甲哲也さん(右)と聞き手の早岡英介(左)
イベント開始前には、北海道にしかいない野生動物と、アイヌ神謡集(知里幸恵1920)の序文、そしてアイヌ・アート・プロジェクトの結城幸司さんと短編映画「七五郎沢の狐」(監督・脚本 すぎはらちゅん 版画・原案 結城幸司)を紹介する映像を上映しました。
この映像の制作にあたり、㈱ニューピークフィルムより北海道の野生動物や空撮など映像素材を提供していただきました。また結城さんより映画「七五郎沢の狐」の一部紹介に関して許可をいただきました。
サイエンス・カフェ札幌「ひとと自然の150年 〜北海道 映像でつなぐ記憶」OP映像(5:01)
北海道 自然の特徴
最初に、北海道の特徴的な自然が紹介されました。北海道は氷河期には、大陸と地続きの半島でした。そのため、北海道と本州では動植物の分布が異なります。ヒグマやナキウサギのような北方圏に住む動物は北海道にしかいません。
この特徴ある生態系は、イギリス人博物学者のトーマス・ブラキストン(Thomas Wright Blakiston 1832-1891)が提唱した、津軽海峡を横切る動植物分布の境界を示すブラキストン線にも表れています。今回のカフェでは、北大植物園に収蔵(非公開)されている貴重な標本が動画で紹介されました。これは実際にブラキストンによって100年以上前に収集されたものです。
開発と保護 せめぎあい
次に、北海道と命名されてから150年の歴史を、自然開発と保護の観点から通観しました。明治以降の北海道の歴史は開発の歴史でもあります。欧米式の農業が導入され開拓が進みました。湿原の干拓も進み、現在残っている湿原は当時の10%ほどしかありません。北海道に住んでいたエゾオオカミは、「害獣」として駆除されていき、明治の半ばには絶滅しました。その一方で、当時から収奪的な開発に懸念が示され、自然保護の重要性も訴えられていた事実を愛甲さんは指摘しました。
1931年に国立公園法が制定されました。北海道においては1934年に、阿寒国立公園(現、阿寒摩周国立公園)と大雪山国立公園が指定を受けました。現在北海道には、先の二つに加え、支笏洞爺国立公園(1949年)、知床国立公園(1964年)、利尻礼文サロベツ国立公園(1974年)、釧路湿原国立公園(1987年)の6つの国立公園があります。
戦前は、名所・旧跡、地形の面白さなどで選ばれた国立公園も、戦後は自然性の高い生態系の存在、生物の生息地の保全状況、生物多様性や環境文化などを重視するようになってきました。このことは、自然に対する私たちの見方や関わり方が、この150年で少しずつ変わっていったことを示しています。
アイヌ 神話にみる世界観
「北海道」と命名される以前から、自然と共存しながら狩猟,採集生活を送ってきた先住民族アイヌの自然観は、北海道における人と自然との関係を考える上で欠かせません。本州では1000から2000年以上の時間をかけて各地の「風土」が培われてきましたが,北海道はわずか150年で急速な近代化が進みました。しかし、その矛盾はとりわけ生活の場を奪われるという形でアイヌ民族に押し付けられました。
今回のカフェでは、アイヌの伝統文化の継承と現代アートの融合を目指して活動している、アイヌ・アート・プロジェクト代表の結城幸司さんのインタビュー映像と、版画作品が紹介され、結城さんが版画と原案を手がけた短編映画「七五郎沢の狐」(2015)も一部上映されました。
インタビュー取材には、愛甲さんとCoSTEP受講生も同行しました。カフェで上映した動画を、結城さんの許可を得て、以下に公開します。
アイヌ民族の結城幸司さん(アイヌ・アート・プロジェクト代表)
北海道 ひとと自然の150年に寄せて〜結城幸司氏 インタビュー(7:37)
アイヌ民族の自然信仰や神話について来場者に知ってもらうことで、アイヌ民族の世界観から生まれた北海道の文化体系をどのようにシェアし未来に引き継いでいくかを、来場者とともに考えました。
ヒグマ 出没と駆除の連鎖を防ぐには
次に、北海道の野生動物と人間との関係について考えていきました。ヒグマのパートでは早岡が、今年のゴールデンウィークに知床岬のヒグマボートクルーズに訪れた際の動画が紹介されました。2018年は利尻島にヒグマが上陸し、札幌市南区に野生のヒグマが現れるなど、人間とヒグマの距離感が特に社会問題になっています。愛甲さんは、ヒグマが人間の生活域に現れることには、ひとの側にも不適切な問題行動があると述べました。
シマフクロウ ”見せる保護”はあり得るか
シマフクロウは、かつては北海道に広く生息し、アイヌから集落の守り神とされてきました。しかし、自然開発で繁殖に必要な大木が切り倒されることでその数を減らし、現在の個体数は165羽ほどと推測され、絶滅危惧種、国内希少野生動植物種に指定されています。このいまだ絶滅の危機にあるシマフクロウを「あえて人に見せる」ことで保護の機運を作り出すことは可能なのでしょうか。
こうした問題を解決するための取り組みとして北海学園大学の早矢仕有子さんと愛甲さんが進めているネットワークカメラによるシマフクロウの繁殖素の見守りについてお話がありました。
質問時間には、こうしたシマフクロウの保護や野生動物との共生について、来場者から活発な質問や意見が寄せられました。
最後に愛甲さんは、これからのひとと自然の関係について、専門家による科学データの蓄積、市民とともに協働する仕組みづくりを通して、150年にわたる経験に基づく人と野生動物の関係の再構築が必要ではないかとまとめました。またそこには、生態学などの科学的知見はもちろん、これからは先住民による文化的な視点も重要になってくるでしょう。愛甲さん、そしてご来場の皆様、ありがとうございました。
本イベントの実施にあたり、㈱ニューピークフィルムと阿寒湖観光協会より、映像素材を提供していただくなど多大なご支援をいただきました。ここに記して深く感謝申し上げます。
また結城幸司さんには、短編映画「七五郎沢の狐」(監督・脚本 すぎはらちゅん 版画・原案 結城幸司)の映像を一部、ご提供をいただきました。ありがとうございました。