三上 博光(2018年度 選科B/社会人)
今回は、四ノ宮成祥先生(防衛医科大学校医学教育部 教授)から、「生命科学研究におけるデュアルユース問題」をテーマに講義をしていただきました。先生の講義は、「科学者は自身の発見・発明にどこまで責任を持つべきなのか」という問いかけで始まりました。
デュアルユース問題とは
デュアルユース(以下、DUと略)という言葉はもともと、「平和利用を目的とした行われた研究が軍事へ転用される」ことを指していました。転じて今では、広く「研究内容が悪用・誤用される」ことも含みます。生命科学でのDU性とは、「本来の目的や適切な利用法によって得られる産業振興や社会の福祉向上」の一方で、「意図的な悪用、誤用によってもたらされる生物兵器、バイオテロ、環境破壊」という、利用の両義性を指しています。後者をDU問題とよびます。
生命科学研究の動向とその恩恵
生命科学研究の進歩はめざましく、とくに「合成生物学」の発展は飛躍的です。公衆衛生上の成功例のひとつに、ポリオワクチンがあります。長年にわたり多くの国の子供たちがポリオ(小児麻痺)に苦しんできましたが、WHOとUNICEFはこのポリオワクチン接種を積極的に進め、ポリオ汚染国の数を1988年から2004年にかけて劇的に減らしました。
生命科学研究に伴う懸念と価値観の変化
生命科学の進歩が社会に恩恵を与える反面、潜在的な危険もあります。米国では、新聞・雑誌が、ウイルスの遺伝子操作における予期せざる結果への懸念や、生物兵器へ使われる危険を指摘(2001年)。さらには、炭疽菌テロ(2001年)、研究者が病原体管理の不備(2003年)やインフルエンザウイルスの不法輸入(2004年)で逮捕されるなど、事件が続いたことで、米国人の価値観は「自由な研究活動」重視から「安全保障」重視へと変化しました。
生命科学研究活動の自由と安全保障との両立
全米科学アカデミーは、生命科学における研究活動の自由と安全保障とを両立させる観点から「フィンク・レポート(Fink Report)」を発表しました(2004年)。このレポートは、生物兵器の凶悪化が問題となる7つの研究カテゴリーを指摘するとともに、研究の誤用・悪用を防止するための7つの禁止項目を提言しています。また、米国保健福祉省は鳥インフルエンザ研究課題に対するDUリスク審査基準を提案しました(2013年)。日本でも日本学術会議から、科学技術のDU問題に関する検討(2012年報告)、科学者の行動規範改訂版(2013年声明)、病原体研究に関するDU問題(2014年提言)が発表されています。
ゲノム編集が投げかける公共倫理と政策課題
ここ数年で急速な成長を遂げているゲノム編集技術は、絶滅種の復活をも可能にする一方で、DUへの課題対応や倫理的側面は後追いになっているといいます。倫理的側面からいえば、ゲノム編集に関係する研究者だけではなく、環境倫理、動物倫理、世代間倫理、工学倫理、生命倫理など、多方面の分野間での議論が欠かせません。ゲノム編集をめぐる公共倫理とガバナンスが求められています。
今回の講義をとおして、最先端の生命科学における研究活動の自由、公共倫理、ガバナンスの必要性を理解することができました。同時に、研究情報の規制、研究者の自主管理、科学技術コミュニケーション活動はどうあるべきなのかなど、とても難しい課題があることも理解しました。
四ノ宮先生ありがとうございました。
(講義後には四ノ宮先生をかこんで勉強会を開催しました)